38 ディアナは証言する
一万数千の魔物との戦いは、人間側の大勝利で終わった。
ディアナの精霊魔法によってほとんどの兵士や冒険者、騎士や騎士が乗っていた馬のケガは癒やされて、彼らはお互いの無事を喜び合った。
その魔法発動の前にすでに死亡してしまった者も数名いたが、一万以上の魔物と戦ったことを考えれば、圧倒的に少ない犠牲で済んだのは奇跡としか言いようがない。
魔人はどこかに逃げてしまったが、手下の魔物はすべて討伐できたので、当分の間は魔人も鳴りを潜めることだろう。
落ち着いてから改めて魔人追討の兵を出すことになるだろうが、今は勝利を祝う時だ。
その兵士や騎士、冒険者たちは、今回の総大将であるアルファーノ公爵と騎士団総長のオスカルの元に集結してきた。
皆は先程の魔法がアルファーノ公爵の横にいる仮面を付けた女性によるものだと薄々思い始めている。
アルファーノ公爵も娘を自慢したい気持ちでいっぱいだったが、ディアナに目をやると彼女は首を横に振った。
「お父様。聖女の発表は、念の為お姉様と殿下の結婚式が終わってからです」
姉のアンナが自殺してしまうのは、オルゴールの呪いによる嘘の未来であると思われるが、本当に嘘なのかどうかの確証はない。
姉の命が掛かっているわけだから、ここは慎重にいくつもりだ。
「そうであったな」
集まってきた者たちはアルファーノ公爵の言葉を待っているので何かを言わなければならないが、ディアナが聖女である事は言えなくなってしまった。
公爵は皆に向き直り、言葉をひねり出して語りかける。
「皆、よくやってくれた! 最後は天の助けにより魔物を一掃することが出来た。『天は自ら助くる者を助く』という言葉がある通り、これはひとえに皆が勇敢に戦ったおかげである!」
戸惑っている者も多いようだ。
勝てたのは自分たちの力ではなく聖女のおかげだと思い、新たな聖女の誕生を祝おうと思っていたようだ。
「天の助けだって?」
「あれは聖女の魔法じゃなかったのか?」
「何か隠したい理由があるんだろ?」
「まあ、いいじゃないか。俺達が勝ったということで」
公爵は皆の気持ちがまとまってきたのを見て、言葉を足した。
「今日は、ここにいる皆が英雄だ!」
「「お、オー!」」
「今日は私が皆に酒を奢ろう! 冒険者たちは冒険者ギルドに酒を差し入れておく! 兵士や騎士たちは王宮で勝利の美酒を味わってほしい!」
それを聞いた皆は、聖女の事はひとまず忘れて歓声を上げた。
「「「いいぞー! ただ酒だー!」」」
すると、閉じられていた王都の門が開かれた。
「さあ、凱旋だ! 皆、胸を張って王都に帰ろう!」
「「「「オーーー!」」」」
最後には皆の気持ちが揃って、勝利を祝う雄叫びとなった。
冒険者たちは自分の武勇談を仲間と話しながら帰り始め、兵士や騎士たちは隊列を組んで王都に向かって戻り始める。
ディアナはレイナの事が気になって、レイナが魔人を追って走り去った方向を見るが、まだ帰って来ないようだ。
「さあ、私達も王都へ戻ろう。レイナさんならきっと大丈夫だ」
と、エドモンド。
「そうね……」
兵士や冒険者たちが王都へ凱旋すると、勝利を聞いて集まった市民たちの拍手喝采で迎えられた。
「お父様たちは、この後はどうするのです?」
ディアナが聞いた。
「まずは、陛下に勝利の報告だな」
宮殿では王様が勝利の報告を待っているに違いない。
しかし、そこにはバルサノ公爵もいるはずだ。
「バルサノ公爵の件は?」
「そうだな。次はバルサノをどうするかだが……」
「陛下に、バルサノの罪をそのまま伝えればよろしいのでは?」
「問題は、陛下がバルサノに負い目があるという事だよ」
オスカルが言った。
「負い目が?」
「財政難を、バルサノの資金援助で度々乗り切ってきたんだ」
「そういう事でしたか」
ディアナは国王がバルサノ公爵の肩を持つような決定をしてきたことに疑問を抱いていたが、これでうなずけた。
「だが、今回の勝利の報酬と引き換えにすれば、バルサノを糾弾することを許していただけるにちがいない」
と、父親。
「なるほど。それならいけそうですね」
オスカルが大きく頷いた。
オスカルもどうやってバルサノを追い詰めるのか、考えあぐねていたようだ。
「ディアナも、陛下の前で証言してくれるか?」
父親が聞いた。
「もちろんです」
「しかし。ディアナの証言以外にも、もう少し証拠があれば確実に断罪できるのだがな」
「証人ならいます。夕べ私たちが帰るときに、ジェラルドとバルサノ家の兵士長タッソに襲われたのはご存知ですよね? 彼らに証言させましょう」
「返り討ちにしたのではなかったのか?」
「実は、捕まえてあります。というのも、ジェラルドが白状したところによると、バルサノに私の情報を流したのが秘書のコルティだそうです。父上が演技がお下手そうなので、コルティに嘘の情報を流す際に気づかれないように全てをお伝え出来ませんでした」
「そういう事だったのか」
昨晩、結果的に嘘をついてしまったことになるソフィアが公爵に謝る。
「申し訳ありません」
「よい。私はたしかに演技が下手だからな。では、コルティの処分は後でするとして、彼らを陛下の前に連れ出して罪を白状させるか。しかし、バルサノの事だ、うまく言い逃れるかも知れないな」
「それでは、そのジェラルドとタッソがディアナを襲った事について、私からも証言しましょう」
エドモンドが言った。
「なるほど。エドモンド殿下の証言なら陛下も無下にはできまい」
「では、私達はジェラルドたちを連れてきます」
と、ディアナ。
「それなら、私は先に王宮に戻っているから、皆は後からオスカルとともに王宮に来てくれ。オスカルが一緒にいれば皆が宮殿にすんなり入れるはずだ」
「わかりました」
そこで公爵とディアナたちは、だいたいの時間を示し合わせて、その場で分かれた。
アルファーノ公爵は部下の隊長たちとともに王宮へ帰還し、ディアナたちは隠れ家に向かった。
アルファーノ公爵は王宮に入り、控えの間で王宮の使用人たちに鎧に付いた魔物の血などを落としてもらう。
凱旋報告なので王様の前にそのまま行っても良かったのだが、ディアナたちが来るまでの時間調整の意味もあった。
公爵が身なりを整えて謁見の間に行くと、王様や大臣たちが揃って待っていた。
もちろん、バルサノ公爵もいる。
そこにオスカルも少し遅れて入って来るが、オスカルは父親に頷いて合図を送ると謁見室のドアの近くに控えた。
ドアの外にディアナたちを待たせているのだろう。
アルファーノ公爵が前に進み出る。
「陛下。王都に迫っていた魔物ども一万匹、そしてさらに後から現れた数千匹を全てせん滅してまいりました」
「よくやった。それで、こちらの被害は?」
「残念ながら五名の兵が死亡しましたが、結果はこちらの大勝利です!」
「なんと。一万以上の魔物に対しわずか五名の犠牲で済んだのか。これは奇跡としか言いようがない。流石はアルファーノ。大儀であった。褒美を取らせたいが、何を望む?」
王様の横の方で報告を聞いているバルサノ公爵は、悔しそうな顔をしている。
「それでしたら、聞いていただきたいことが」
「なんだね?」
「実は我が娘ディアナの事にございます」
「ディアナか。たしか、修道院に行く途中に魔物に襲われたとか。残念なことだ」
「実は娘は生き延びておりました」
バルサノ公爵の目が険しくなる。
修道院に行く途中の魔物の襲撃の際はディアナは気を失っていて、タッソたちがわざと魔物を呼んだことまでは気づかれていないはずだから、それについては言い逃れるのはそれほど難しくはない。
問題は、昨晩の闇討ちをどうやって白を切るか、そしてできればバルサノにとって有利にな方向にもっていくにはどうすればいいか、という事を考えている様だ。
「生きておったか。それはめでたいではないか」
「娘は昨夜この王都へやっと帰還することが出来ました。ところが娘は、帰還早々刺客に襲われました。その刺客はバルサノ家のジェラルドに率いられた兵士長とその部下だったそうです」
「なんと。それはまことか?」
王様は驚いてバルサノ公爵を見る。
「何かの間違いにございます」
バルサノ公爵は王様にそう言って、今度はアルファーノ公爵に向き直る。
「アルファーノ殿。そう言うのなら、何か証拠があるのか?」
「娘の証言では足りないかな?」
「アルファーノ殿の身内の証言では足りないな」
「それでは、昨夜娘を襲った者たちでは?」
「そんな者がいるとしたら会ってみたい。ああ、もちろん生きて話せる状態でなければ証人とは言えないぞ。死体ではどこかで拾って来たのかもしないからな」
どうやら、タッソたちが返り討ちにあったことが、ちゃんとコルティから伝わっているようだ。
そしてバルサノは、ジェラルドたちの遺体を探させたが見つからなかったことから、今ここにジェラルドたちの遺体を証拠として持ってくるのではないかと予想したようだ。
アルファーノ公爵は少しだがニヤリとした。
「それでは、オスカル。証人をこれに」
オスカルが、扉の外で待っていたディアナやエドモンドたち、そして縄で縛られたジェラルドやタッソを中に入れた。
「ジェラルド!? タッソ!?」
バルサノ公爵はジェラルドとタッソが死んだと聞かされていたので、ことさら驚いたようだ。
「こ、これはどういうことだ!」
バルサノ公爵はかなり焦っている。
「夕べ、この者たちがディアナを襲ったのだ」
アルファーノ公爵が言った。
「父上。逆に捕まることになってしまい、申し訳ありません」
と、ジェラルド。
それを聞いて、バルサノ公爵は怒り心頭のようで顔が赤くなった。
ジェラルドは謝ったが、そうやって謝れば自分たちが犯人だと証言したのと同じだ。
ジェラルドは、「これは何かの間違いです」と言うべきだったのだ。
そうすれば、いくらでもかばいようがあった。
しかしバルサノ公爵は、少しの間をおいて呼吸を整え、平静を装って言ってくる。
「そもそもディアナ殿は修道院送りのはず。なぜ勝手に王都に戻ってきている」
バルサノ公爵は話をすり替えようとしている様だ。
ディアナが勝手に王都に戻って来たからタッソたちはそれを捕まえようとしたのであって、殺そうとしたわけではないという風に持って行こうとしているに違いない。
ディアナがしびれ薬で倒れていた時に、タッソたちの会話を聞いていたのを知らないから、これで免れると思っている様だ。
――往生際が悪いわね。
ディアナが答える。
「戻ってきたのは、魔物に襲われて修道院に行くことができなくなったからです。その魔物を呼んだのは、ここにいるバルサノ家の兵士長タッソとその部下です。私にしびれ薬を飲ませて逃げられないようにして、イエローファングを笛で呼んで襲わせました。そのとき私はまだ意識があり、タッソたちがそう言っていたのを聞きました」
「嘘だ!」
「バルサノ公爵が私を魔物に襲わせたのですから、修道院に行けなくなって王都に帰ってきたことをバルサノ公爵がとやかく言う資格はありません」
「嘘ばかり言いおって」
アルファーノ公爵がディアナの後を引き継ぐ。
「貴殿はディアナが魔物に襲われて死んだと報告してきたはず。それを大臣や陛下にも伝えたな? それならどうしてその死んだはずのディアナがここにいる? そもそも、ディアナを修道院に護衛して行ったこのタッソも含めて、全員が死んだと言わなかったか?」
アルファーノ公爵は、バルサノ公爵が嘘ばかりついているので彼の言葉は信用できないということを、聞いている王様に気づかせようとしている。
バルサノ公爵は、どう言い逃れしようかと考えている様だ。
ここでエドモンドが出る。
「陛下。発言をお許しください」
「そなたは?」
「コンフォーニ王国の王子、エドモンドにございます」
「おお。コンフォーニの? それで?」
「昨晩、ディアナ殿をこのジェラルドとタッソたちが襲った現場に居合わせました。その場でタッソは、バルサノ公爵に命令されてディアナ殿を殺そうとした事を吐きました」
実際にはジェラルドに答える形で言ったわけだが。
「嘘だ」
と、バルサノ公爵。
「私の言葉が信用できないと?」
隣国の王子が嘘をついていると言い張れば国際問題になる。
「そ、それは……。いや、嘘と言ったのはこのタッソが嘘をついているという事です。タッソは嘘つきで、すべてを私のせいにしようとしている。それに護衛の役目も果たさなかったタッソを絞首刑にすべきだ」
と、バルサノ公爵。
「閣下、それはいくらなんでも! あなたの命令でやったのに!」
タッソがバルサノ公爵から裏切られて、とうとう白状した。
「黙っていろ! バカ者が!」
バルサノ公爵は、今まで従順だったタッソが手のひらを返すとは思っていなかったようだ。
この場を乗り切れば、あとでタッソの処刑を裏から手を回してやめさせることだってできるだろう。
タッソならそのぐらい分かっていると思って、タッソに罪を被せようとしたに違いない。
ところが今回はそれが伝わらなかったのか、それともタッソも悪事を長いことをやらされて、そろそろ心が耐えられなくなっていたのか。
「タッソ。この際だから、知っていることをすべて話したら? 父を舞踏会で暗殺しようとしたのも、どうせあなたの部下なんでしょ?」
と、ディアナ。
「もうこうなったら何でも話します。アルファーノ公爵の暗殺は、バルサノ公爵の命により、私の部下が舞踏会で給仕になりすまし毒針を使いました。私はもう、こういう事はうんざりです」
「やっぱり」
「陛下聞いてはなりません。タッソは、金を貰って嘘の証言をしているのです」
バルサノ公爵が苦し紛れに。
「バルサノ公爵。そなたの国に対する貢献は素晴らしいものがあるが、こうも証言が揃ってはな」
王様が困惑して言った。
しかし、バルサノ公爵はその言葉を聞いてひらめいたようだ。
「それなら、陛下にはご迷惑をお掛けしましたので、また上納金を用意しましょう。それにアルファーノ家に対しても十分な慰謝料を払いましょう。幸い誰も死んでいないのですから、これで解決するのはいかがでしょうか」
――金で解決? 冗談じゃないわ。
「この様に申しているが、いかがしたものか」
王様がそう言って、アルファーノ公爵を見た。




