35 ディアナは鎌をかける
ディアナは、捕まえたジェラルドからさらに情報を引き出そうとする。
「他に隠していることは無い?」
「な、無い。それに、さっきのコルティというのは僕の勘違いだった」
ジェラルドはタッソに言われて、簡単に喋りすぎた事を後悔し始めたようだ。
「ふーん?」
――いまさら遅いわね。
そもそも、ジェラルドが父の私的秘書の名前を知っている時点でバレているわ。
まあどちらにしても、レイナさんはコルティを泳がせようとしているみたいだから、ここで問い詰めなくても、その結果でコルティが白か黒かはっきりするはずだわ。
「それなら、この六人はどうする? 殺してしまうか?」
と、ファビオがウインクしながら。
――今のウインクは、殺すというのは嘘ということよね?
そうやって脅せば、まだ何かしゃべってくれるのかしら。
「使いみちもないし、その方がいいかもしれないわねぇ」
ディアナがファビオの芝居に乗った。
しかし、ジェラルドは本気だと受け取ったようだ。
「ディアナ! 何でもするから、僕だけは見逃してくれ!」
必死の形相だ。
――あーあ。情けない。
でも、なんでもすると言ったわよね?
ディアナがニヤリとする。
するとソフィアがディアナに耳元で言ってくる。
「お嬢様。お顔が悪役令嬢のようになってます」
――おっと。
「ジェラルドを追い詰めたと思ったら、つい」
ディアナも他に聞こえないように口元を手で隠して小声で。
ディアナはバルサノに追放され、おまけに二回も殺されそうになった。
結局いい方向に進んだので頭では整理はついているのだろうが、まだ心のどこかで引っかかっているのかも知れない。
「わかります。バルサノに一矢報いたのですから」
「でも、ちょっとはしたないわね。またそんな顔をしたら、言ってちょうだいね」
「はい」
ディアナは、すました顔に戻してジェラルドに向き直る。
「考えてもいいけど、それなら何か言うことがあるんじゃない? 他に隠していることは?」
「……おそらく、父も誰かに命令されていたんだ」
「え? 誰から?」
「名前は教えてくれなかった。ただ、『さる方』と呼んでいた」
「あなたは知らないの?」
「まだ知るのは早いって……」
タッソは、今度は何も言わずに黙っている。
自分が止めたりすれば、ジェラルドの証言の信憑性が増してしまうと考えているのかも知れない。
――ジェラルドはバルサノ家の中でも下っ端だから、聞いていないのは本当かもしれないわね。
これはバルサノ公爵本人からどうにかして聞き出さないと。
「ここでは、このぐらいにしておこう。あまりここに長居はしないほうがいい」
とレイナが言って、ジェラルドたち六人に魔法を掛ける。
「昏睡」
もうそろそろ、衛兵の見回りが来るのかも知れない。
六人は、レイナの魔法で深い眠りに落ちた。
「あっ。そういえば、ソフィアとは初めてよね?」
ディアナはソフィアをレイナに紹介した。
「話は聞いているよ。レイナだ」
「侍女のソフィアです。よろしくお願い致します」
レイナはソフィアとの挨拶が済むと、皆の方を見る。
「では、この六人を隠れ家まで運ぼうか」
「この六人とも?」
エドモンドが聞いた。
男はエドモンドとファビオだけだから、全員を運ぶのは無理がある。
それなら、ジェラルドとタッソだけでもいいのではないかと思ったようだ。
「先ほどの会話を聞かれているから、下手に置いていくといらぬ情報を持ち帰るだろう。必要な時が来るまであそこの地下室で眠らせておこう」
「でも、どうやって運びます?」
「運ぶ方法なら心配いらないさ。今、皆に身体強化魔法を掛けるから」
「なるほど。わかりました」
レイナが自分も含めて五人に身体強化魔法を掛ける。
「では私とディアナで一人ずつ運ぼうか。エドモンドとファビオは二人ずつ頼む」
ソフィアはまだ身体強化に慣れていないから、それで含めなかったのだろう。
しかし、ソフィアは主人にそんなことはさせられないので、自分が運ぼうと申し出ようとした。
「私が……」
ところが、エドモンドが先に声を掛ける。
「ディアナの分も私が運ぶよ」
「いいの? 紳士なのね?」
「もちろんさ」
エドモンドは強化された体で、三人をひょいと持ち上げた。
「おや。私の分は誰も運んでくれないのかい?」
と、レイナ。
エドモンドがファビオに目配せする。
「あっ。もちろん俺が」
ファビオが残りの三人を抱え上げた。
結局エドモンドとファビオで六人を運ぶことになり、ソフィアは彼らから取り上げた武器などを自から進んで拾っていく。
「え? 鉄の剣がまるでオモチャの剣みたいに軽いです」
今回はソフィアも筋力強化寄りに身体強化が掛かっているので、あまりにも簡単に重いものが持ち上がるので驚いていた。
その後、五人は夜陰に紛れて隠れ家へ向かうが、もしこんな姿を見られたら不審者扱いされるのは明らかだ。
しかし、魔物が王都に迫ってきているおかげで衛兵の数が足りないのか、市中の見回りの数は減っている様だった。
それに一般市民の間にも魔物が迫っている事が知らされたのかも知れない。外を歩いている者はほとんどいなかったので、五人はなんとか誰にも見られること無く、隠れ家に帰ってくる事ができた。
五人は隠れ家に帰ってくると、捕まえた六人を眠らせたまま地下室に入れておいた。
念のために縄で縛っておく。
「この者たちは、いつまで寝ているんです?」
エドモンドがレイナに聞いた。
「ニ、三日は大丈夫だ。もし私がいない時に起こしたくなったら、専用の気付け薬も上の棚に置いてある。ではまず、夕飯にしようか」
「そうしましょう」
と、ファビオが嬉しそうに。
「では、私が作ります」
ソフィアが申し出た。
住み込みの侍女は食事も屋敷の料理人が作ってくれるので料理をする機会はあまりなかったはずだが、個人的に練習をしていたのかもしれない。
なかなかの料理の腕だった。
今回はソフィアも、ディアナに少し促されただけですぐに皆と一緒の食卓に着く。
ソフィアの料理の味に皆も満足のようだ。
「うまい」「おいしいわ」「とてもおいしい」「いい味だ」
「恐れ入ります」
五人はそのままダイニングのテーブルで食事をとりながら、これからの事を話す。
「それで、コルティには何をさせるの?」
「踊ってもらおうか」
ディアナが聞いて、レイナが答えた。
「踊る?」
「言葉のあやだ。おそらくアルファーノ公爵は明日の魔物との決戦後、バルサノを問い詰めるはずだ。そのときに、あの六人は証人として役に立つと思う。しかし、バルサノに事前に準備させないように、六人は返り討ちに合って死んだことにしよう」
「では、私があとで屋敷に戻って、それがコルティの耳に入るようにすればいいですか? 閣下にはどうお伝えしましょう」
ソフィアが聞いた。
レイナが頷く。
「さすが、よくわかっているな。それで、アルファーノ公爵が芝居ができそうならコルティの正体を明かしてもいいが、そうでなければ公爵にもまだ明かすのはやめておこう」
「わかりました。それでは、閣下にはコルティの正体は明かさずに、お嬢様を襲った六人が返り討ちにあって死んだ事がコルティに伝わるようにします」
つまり、アルファーノ公爵は芝居は下手だということだ。
――これでバルサノ公爵に六人が死んだ事が伝われば、コルティは「黒」で確定ということね。
「じゃあ俺も一緒に行こう」
と、ファビオ。
もう夜だから、ソフィアを一人で行かせるのもよくないからだ。
「そうしてくれるかい?」
レイナがファビオに。
ソフィアとファビオが目を交わして、お互いにうなずいた。
――もうこの二人、できちゃってるみたいね。
うふふ。
「そうだ。屋敷から例のオルゴールを持ってきたの」
ディアナはそう言って、オルゴールをテーブルの上に置いた。
宝石箱のような綺麗なオルゴールだ。
音楽が鳴らないように、フタは開けていない。
「解析」
レイナが手をかざして、呪いの有無を確かめた。
そしてうなずくと、ディアナにもやるように言ってくる。
「お前さんも、解析してみるといい」
ディアナは同じように解析してみる。
「レイナさんが予想した通り、呪いが掛かっているわね」
「どうだい。呪いを掛けた奴は、知っている奴か?」
解析をすると、呪いを掛けた者の顔のイメージが読み取れる。
「まったく知らない男性ね」
「ミラ王女はバルサノの姪だから、状況からするとバルサノが関わっていそうだが、バルサノ家の魔法使いが呪いを掛けたのか、それともバルサノに指示している『さる方』というやつが掛けた物を渡したのか。まあ、だいたいそんなところだろうが、それもいずれ分かるだろう。さて、問題は明日の魔物との戦いについてだ」
「軍と一緒に魔物戦に参加しようと思ったら、お父様にはコンフォーニへ帰れと言われてしまったわ」
ディアナが不服そうに言った。
「いつ帰れって言われたかい?」
「今日はもう夜だから、明日の魔物との戦いの後って」
レイナがニヤリとする。
「それなら、帰るには帰るけど、その前に魔物をちょっと討伐して、バルサノを追い詰めてからだな」
もちろん、その「ちょっと」というのは一万匹の魔物の事だ。
「ふふ。ちょっとね? 腕が鳴るわ。それでファビオからも、父から帰れとは言われたけど戦場に来るなとは言われなかったって、言われたわね」
「ああそう言えば、ここにも一人ひねくれ者がいたな」
そう言ってレイナがファビオを見る。
「俺がひねくれてるって? こんな素直な人間なのに」
「どこがだ」
「ふふ」「くすっ」「はは」
エドモンドが言って、皆が笑った。
「あの。もしかして、お嬢様も魔物討伐をされるんですか?」
ソフィアが聞いた。
ソフィアはディアナが先程から戦場に行きたそうにしているが、それは先程のような補助魔法を掛けたり癒やしの要員としてであって、後ろで見ているだけだと思っていたようだ。
しかし、話を聞いているとディアナも直接討伐をしそうなので聞いてきたのだろう。
「まだ特訓中だけど、聖女の魔法でね。それで、ソフィアは、明日はここで待ってる?」
「いえ。私はお嬢様付きの侍女として、お守りするためにナイフの扱いは心得ています」
「そうだったの? そういえばさっきもナイフを構えていたわね」
「今まで、腕をお見せする機会はありませんでしたが」
「それなら、一緒に行っても大丈夫かしら」
「お嬢様が前に出て魔物と戦うのでしたら、私が背後をお守りします」
「ありがとう」
「しかし、国軍と行動を共にできないならどうします?」
エドモンドがレイナに聞いた。
「私たちは冒険者ということになっているじゃないか」
「そうか。一万の魔物が来るなら、当然冒険者ギルドにも協力要請が出されますね」
冒険者は魔物討伐に慣れている。
だから国は報奨金を出して、冒険者たちにも今回の戦いに加わるように要請してくるはずだ。
「そう。だから、冒険者として参加すればいい」
「でも父に見つかると、後で小言を言われそうだわ」
と、ディアナ。
「それなら、国軍からできるだけ離れたところで戦うか?」
フォビオが聞いた。
「戦っている最中に、そこまで気を配れないかも。……そうだわ! 変装して行こうかしら」
「変装?」
「そうね……仮面をつけるとか」
「仮面ねぇ。まあバレても、ディアナの父上は優しそうだったから、後であやまれば済みそうだけどな」
「いいえ。絶対バレないようにするわ」
ファビオが肩をすくめ、ソフィアは軽くため息をついたようだった。




