34 ディアナは刺客に襲われる
ディアナとファビオ、そしてソフィアの三人は、アルファーノ邸を出てレイナの隠れ家に向かって歩いていた。
「それで、父が言った事、どう思う?」
ディアナがファビオに聞いた。
「雑魚の魔物が一万ぐらい大したことないって事か?」
「そう」
「多分、ディアナを安心させるためだと思う」
「やっぱり?」
「たしかに、相手がゴブリン程度なら何とかなると思うけど、夢の中ではオークなども出てきたんだろ?」
「そうなのよ。ゴブリンが多かったけど、オークや狼系もけっこういたわ」
オークは豚のような顔をした二足歩行の魔物だ。
通常はこん棒などを振り回し、時には返り討ちにした冒険者から奪った剣や槍なども持っている。
ゴブリンと違って背が高く力が強いので、それが当たれば金属製の鎧を着ていても重症を負うことがある。
斥候などの情報から、公爵も魔物の中にオークなどの強敵も混ざっていることは知っていたはずだ。
「それに父上殿が、トロルや魔人にどう対処するつもりなのかわからない。それがなんとかなったとしても、ソリアーノがすぐに出せる兵は騎士団を入れても五、六千だと思うから、ちょっと分が悪いと思うな」
王都以外にいる兵や各貴族家の兵は、呼んでもすぐには来れないので、今回は王都にいる兵だけで戦わなければならない。
「やっぱりね」
「勝てるかもしれないけど、相当な被害が出るはずだ」
「じゃあやはり、私とレイナさんでなんとかしないと」
ディアナたちがそんな話をしながら、人気が無い道に入った時だ。
ディアナに精霊のカーリーが知らせてきた。
(さっきから後を付けているやつらが、足早になって距離を詰めてきたわよ)
ディアナは毎日精霊と話すようにしていたので、今では普通に会話ができるようになっていた。
先程屋敷を出て直後に、カーリーから尾行している者がいることは聞いていたが、彼らがとうとう実力行使に出るようだ。
(来たのね? ありがとう)
ディアナはカーリーに礼を言ってから、ファビオにも知らせる。
「付けていた六人が、距離を詰めてきたって」
「やはり、ここで来たか。人数が多いから、こうなるとは思っていたがな」
ディアナたちの根城を確認するだけの尾行なら一人か二人で十分なはずなので、彼らがどこかで襲って来るだろうとは予想していた。
「精霊によると、武装した者が五人、武装してない者が一人ね」
「その武装してない奴が気になるな」
「次の角を曲がったところで待ち伏せる? 私がすぐに身体強化魔法を掛けるわ」
「わかった。それなら、楽勝さ」
ファビオは、森でディアナに何度か身体強化魔法を掛けてもらったことがある。
だから、相手が五人とも師範級の剣士でもない限り、楽勝で切り抜けられることがわかっていた。
角を曲がると、ディアナはすぐに身体強化の魔法を自分を含めて三人に掛けた。
「身体強化」
ファビオが剣を抜いて、ソフィアに話しかける。
「ソフィア殿」
「私も呼び捨てで」
「では、ソフィア。ディアナは任せる」
ソフィアはどこから出したのかナイフを構えて、すでにディアナを守る位置に立っている。
ファビオはその構えを見て、ディアナを少なくとも一時的になら守れるだけの腕はあると思ったに違いない。
それにディアナは、魔物との乱戦でも魔法の盾を駆使して自分や皆を守った経験もある。
ここは二人だけにして、ファビオが目を離しても大丈夫そうだ。
「はい。でも、この体が軽くなった感触が『身体強化』魔法なんですね?」
質問にはディアナが答える。
「そうよ。今回はファビオには筋力強化寄りに。私達には防御力強化寄りに掛けたから」
ファビオが二人より前に出る。
――そうだわ。このまま待つだけなのも芸がないわね。
「角から少し入ったところに、魔法の盾を仕掛けるわ」
ディアナがファビオに言った。
「わかった」
角を曲がってすぐのところに魔法の盾を仕掛けておくことによって、勢い良く曲がってきた敵はそれにぶつかって、うまくすれば倒れ込むに違いない。
そこをファビオが襲えば、こちらのリスクはだいぶ低くなるはずだ。
「魔法の盾」
すると、五人が足早に追いついてきて角を曲がってきた。
武装していなかった六人目は一緒ではないようで、離れたところで見ているのかも知れない。
そして五人とも、この道なら人に見られずにディアナたち三人を始末できると思ったのだろう。すでに剣を抜いている。
ところがその五人は、ディアナが仕掛けた透明な魔法の盾にぶつかって、前を走ってきた四人が後ろに倒れ込む。
一番後ろを走ってきた五人目はなんとか倒れるのを免れたが、何が起こったのか見極めようとしているようだ。
「まんまと引っかかったわね」
ディアナはそう言ってニンマリとする。
「お嬢様、お顔が」
ソフィアが小声で言ってきた。
「あら、いけない」
――レイナさんの癖が伝染ったかしら。
ディアナはすました顔に戻すと、すぐに魔法の盾を解除する。
「解除」
盾が消えるとファビオが、一番後ろで一人だけ無傷で立っている者の所に素早く走り寄る。
その一人も、身体強化をされたファビオにとっては相手ではなかった。
ファビオはその者が構えた剣に向かって力強く打ち込むと、その者はあまりにも強い衝撃で剣を落としてしまった。
膝を付き、そして剣を持っていた手がしびれたのか、その手を押さえている。
その間にディアナは、考えていた工夫を試した。
「魔法の盾」
つまり、倒れている四人が起き上がろうとする前に、上から魔法の盾で押さえつけるのだ。
四人は上から圧力がかかり、起き上がろうとしても起き上がれない。
ファビオはそれをチラッと確認すると、すぐに今対峙した一人に視線を戻し、剣を突きつける。
「地面に座っていろ。妙な真似はするなよ」
ファビオはそう言って、その男が落とした剣や腰に差しているナイフを取り上げると、今度は倒れている四人の方へ向き直る。
そして、起き上がろうともがいている四人に向けて剣を突き付けた。
「命が惜しければ、剣を捨てろ」
四人は観念したようだ。
剣を離した。
ファビオは彼らの剣を拾って、五人から手が届かないところに置く。
ディアナが魔法の盾を解除しても、観念したのか五人は地面に座り込んだままだ。
――終わったわね。
ディアナとソフィアは少し離れた奥にいたのだが、二人が彼らに近づくと、先ほどファビオと戦った者が顔を伏せた。
――あら?
先程は薄暗くて顔がよく見えなかったが、近づいてランタンの光で確認するとディアナが見覚えのある顔だった。
「誰かと思ったら、あなたはバルサノ家の兵士長タッソじゃない?」
タッソは兵士長でもあるが、実はバルサノが汚い仕事を任せる時に使う腹心の部下だ。
汚い仕事をさせる人員は、情報漏えいのリスクや、いざ彼らの口を封じたくなったときのために、あまり人数を増やせない。
だから、タッソはディアナに顔を知られているが、ある程度腕が立つし、バルサノもここで確実にディアナを消せると思って今回もタッソを使ったに違いない。
「犯人は、やはりバルサノ家か」
ファビオが言った。
「そういえば、もう一人は?」
と、ディアナが辺りを見回す。
武装していなかった六人目がどこにも見当たらない。
ファビオも見回すが、近くにはいないようだ。
「逃げたか」
おそらく、後ろの方でこっそり見ていたのだろうが、五人がやられたのを見て逃げ出したようだ。
しかし、その逃げた一人が指揮官か、あるいはより有用な情報を持っていた可能性が高いのだ。
その者を逃がしたのは惜しかったが、このタッソだけでも収穫だろう。
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その少し前。
レイナとエドモンドは、アルファーノ邸の近くに来ていた。
「陰からディアナを守るなら、そう言ってくださればよかったのに」
と、エドモンド。
「ディアナは演技は下手そうだからな。あの場で言ったら敵を警戒させて、うまくおびき出せない可能性があった」
「まあ、確かに」
「お。ディアナたちが出てきたな。おや? 三人か」
「ああ、あれは侍女のソフィアですね」
「さっき言っていたファビオの相手か」
「そうです。それで、ディアナが一番信頼している者です」
「おっと。来たようだ」
レイナたちは通用門から百メートル程離れた角から見ていたが、そのレイナたちより通用門に近い脇道から六人の人影が現れた。
「数は……六人いますね」
「なんか、貴族っぽいのがいるな」
「彼が雇い主といったところでしょうか」
おそらく彼らはバルサノ家関係だと思われるが、一人だけがバルサノ家の人間で、あとの五人は雇われている可能性もあるからそう言ったわけだ。
「六人が動き出した。こちらも後を付けるぞ」
「はい」
レイナとエドモンドは、ディアナたちを付けていく六人の、さらに後ろから付けていった。
しばらく行ったところで、六人が早足になる。
「あの先で襲う気だな」
「すぐに助けに入りましょう」
「大丈夫だ。精霊によるとディアナたちも付けられているのに気がついていて、曲がった先で待ち伏せているようだ。三人共身体強化を掛けたみたいだから、大丈夫だろう」
「それなら……おや? あの雇い主ぽいのが、一人で離れましたね」
「ああいうやつは、形勢が不利になるとすぐに逃げ出すのさ」
「では、あいつは私達で捕まえましょう」
「そうしよう」
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ディアナたちが五人を尋問しようとしていると、そこにレイナとエドモンドがやってきた。
二人は、逃げたと思われる一人を捕まえて連れてきているようだ。
薄暗いし、その者はうつむいているので顔はよく見えない。
「あっ。二人共、来ていたのね?」
ディアナが。
「こいつが、六人目だ。雇い主かなにかだろう」
とレイナが言って、エドモンドが捕まえていた一人をタッソたちの隣に座らせた。
辺りは暗いし、六人目はうつむいているので、まだ顔はよく見えない。
「この五人はバルサノ家の兵士だったわ」
「やはりそうか」
「となると……」
ディアナは、うつむいている六人目に近づいて持っていたランタンで顔をよく確認しようとする。
するとディアナはその顔を見て、さらに驚いた。
「ジェラルド!?」
元許嫁のジェラルド・バルサノだ。
彼はディアナの顔を見ると、気まずそうに目を逸らす。
「これが、元許嫁か」
と、エドモンド。
その言葉に、ジェラルドが反発する。
「僕の事を『これ』とはなんだ! それにまだ、許嫁は解消してない……」
ジェラルドは、さらにぶつぶつと文句を言っている。
「私を殺そうとした時点で、許嫁は解消に決まっているじゃない」
ディアナが。
「後を付けたのは殺そうとしたわけじゃない。うちに連れて行こうと思ったんだ」
――ジェラルドが言っているのは、今の事よね?
勝手にバルサノ邸に連れて行こうとしたのは許せないけど、彼は修道院へ行く途中の魔物の襲撃の事は知らないのね?
「私が修道院に向かう途中。このタッソが私を殺そうとしたのよ。私はその事を言っているの」
「何だって!? タッソ、本当か!? 彼女は僕の許嫁なんだぞ!」
エドモンドが、すぐさま訂正を入れる。
「『元』許嫁だ」
タッソは、しょうがなさそうにジェラルドに応える。
「閣下のご命令でした」
ディアナはもう気づいているし、今となっては隠す必要も無い情報だ。
「まさか、今も僕の命令に背いてディアナを殺すつもりだったのか!?」
タッソは黙ってしまった。
――黙ったということは、やはり私を殺すつもりだったみたいね。
でも、そういえば、私が家に戻ったのをどうやって知ったのかしら。
「ジェラルド? 私が戻っていることをどこで知ったの?」
ディアナが聞いた。
「それは、コルティが……」
「言ってはなりません!」
タッソが、スパイの名前を出さないようにジェラルドを止めようとしたが遅かった。
コルティはディアナの父の、仕事関係を補佐している秘書だ。
先ほど会いに行ったときにディアナに気が付き、バルサノ家に知らせたに違いない。
エドモンドたちも、ジェラルドがあまりにも簡単にしゃべるので呆れている。
ジェラルドとしては好きなディアナからの質問ということもあるだろうが、彼はとっさに腹芸ができるほど頭は回らないという事もあるだろう。
そして、精霊も何も言ってこないので混乱させるための偽情報ではなさそうだ。
「そういう事だったの。あなたが舞踏会で、私が癒しの力が使えるのを知っていたのを不思議に思っていたのだけど、コルティがスパイだったのね?」
ディアナが癒しの力の練習をしていたことは父親も知っていた。
という事は、仕事でよく父親のそばにいるコルティは執事との会話などを聞いていたのだろう。
他にもアルファーノ家の事情などを、バルサノ家に逐一知らせていたに違いない。
そしておそらくコルティは、アルファーノ公爵の動きからディアナが生きている可能性が高いことを察してバルサノに報告し、それでバルサノが王都の門で検問をさせていたに違いない。
「どうする? コルティも捕まえるか?」
ファビオが聞いた。
「いや、それは後にしよう」
と、レイナ。




