33 ディアナは家に帰る
夜。
アルファーノ家では夕食が済んで、ほとんどの使用人たちの仕事が終わり、ひと息ついている頃。
通用門に冒険者風の男が現れた。
通用門とは、使用人たちが町に用があるときに通ったり、商人が何か物を納品に来た時に通る裏口だ。
もちろんここにも門番がいるので、その門番の一人が対応する。
「何用か」
「実は、使用人のソフィアという女性に、この手紙を渡してほしいんだが」
男はファビオだった。
「手紙?」
「頼むよ。ラブレターなんだ」
そう言ってファビオは、その門番にそっと駄賃を握らせる。
郵便受けなどは無いので、門番が手紙を受け取るのはいつもの事だ。
ただし、使用人宛の手紙なら本人に渡すのはだいぶ後になるのが普通で、門番の交代の時などまで留め置かれる。
そこでファビオは手間賃を渡して、すぐに渡すように催促したわけだ。
「ん? ああ、わかった。渡すだけでいいんだな?」
「そう。恩に着るよ。なるべく早く頼む」
ファビオは手紙を渡すとその場から離れる。
それを確認すると、その門番は屋敷の中へ入っていった。
門番がファビオが離れるのを確認してから屋敷に入ったのは、一時的に門番の数が減ったところを力ずくで押し入ろうとする輩がいないとも限らないので、それを警戒してのことだ。
ファビオは、少し離れたところで待っているディアナのところに戻った。
「渡して来た」
「すぐに出てくると思うわよ」
「そ、そうかなー」
手紙には、ファビオが通用門の外で待っているから、会いに出てきてほしいと書いておいたのだ。
それでファビオは、少しソワソワしている。
ディアナの名前は一切出さず、自分の名前だけでソフィアが外に出てきてくれるかどうか気になっているのだろう。
しばらくすると通用門からソフィアが出てきて左右を見回し、少し離れたところいるファビオを見つけると小走りでやってきた。
もう暗いこともあり、ソフィアから見るとディアナはファビオの後ろに隠れる形になっているので見えていない。
「ファビオ様」
「ソフィア殿」
ソフィアが小走りで出てきたのは、もちろんファビオからディアナの情報が聞けるのではないかという期待も有ると思われるが、少なからずファビオに会いたいという気持ちも有ったことは確かだろう。
「ゴホン……」
ディアナがファビオの後ろで咳払いをした。
「そうだった」
ファビオがそう言って体を横にずらすと、そこにはフードを被ったやや小柄な人影がいる。
ソフィアは今の咳払いの声と、その背格好ですぐにわかった。
「ディ……!」
ソフィアが叫びそうになったのを、ファビオが慌ててソフィアの口に手を当てる。
「大きい声はまずい」
「そうでした。申し訳ありません」
ソフィアが冷静になったところで、ディアナはフードを少し上げて顔を見せた。
「ソフィア。心配をかけたわね」
ディアナはかつらを外していたこともあり、どこで誰が見ているかわからないから完全にはフードを外さない。
「よくぞ、ご無事で……」
ソフィアは泣き出した。
ファビオが、サッとハンカチを出してソフィアに渡す。
「泣かないで。それで、実はお父様に会いたいの。私がここに帰ってきたことが知れるとまずいから、こっそりとね」
「わかりました」
二人はフードで顔を隠し、ソフィアの後について通用門に行く。
もちろん通用門には門番がいるが、ソフィアが上手くごまかした。
「閣下に極秘のお客様です」
ごまかしたと言っても、もちろん嘘ではない。本当に公爵に極秘で会いに来たのだから。
ソフィアはここで働いて長いので信用もあるし、時にはこうやって本当に公爵に秘密の客が来ることもある。
こっそり来る客は、爵位があるような結構重要な人物であることも多いのだ。
門番はそれを知っているから、公爵の客に無礼なことはできないので、あっさりと通した。
邸内でも二人はフードを被ったまま奥へ進む。
もちろん邸内でもすれ違う使用人たちがチラッと見るが、ソフィアが先導しているので何も言わない。
ソフィアは公爵の書斎に着くと、ドアをノックした。
「失礼いたします。ソフィアです」
「何だね?」
部屋の中から公爵の声がした。
「お客様がお見えです」
「客?」
「重要なお客様です」
「……わかった。入ってもらいなさい」
ソフィアが書斎のドアを開けると、中には公爵と秘書のコルティがいた。
館の取り仕切りや公爵の個人的な事柄は執事が行うが、コルティは仕事関係の秘書で三十代の男性だ。
明日の魔物討伐に関する物資補給などの打ち合わせをしていたのだろう。
ファビオがフードを外して、片膝をついた。
「閣下。ファビオと申します。お人払いをお願いできますでしょうか」
ディアナはフードを被って後ろに立ったままだが、公爵は察したようだ。
ファビオという名前はソフィアへの手紙で知っているし、ファビオの後ろにいる者は足元しか見えないが、ディアナに違いないと思ったのだろう。
「コルティ、もう下がっていい。明日の件は先ほどのように準備しておいてくれ」
「かしこまりました」
「ソフィアも入れ」
「はい」
コルティが部屋の外に出ると、ディアナはフードを外した。
「お父様」
ディアナが父親に駆け寄る。
「ああ、ディアナ」
父親もディアナに近づき、抱き寄せた。
「やっと戻ってこれました」
「魔物に襲われたと聞いた時は、肝を冷やしたぞ」
「お父様が下さった、ネックレスのおかげで助かりました」
「役に立ったのだな?」
「はい。それで……」
バルサノ家のタッソが自分にしびれ薬を飲ませて、動けないようにしてからオオカミ型の魔物を呼んだこと。
魔物から逃れて家の所領に向かおうとしていたら、森で魔法使いの女性に助けられたこと。
そのあとガポニ村で、エドモンドとファビオに会ったこと。
エドモンドがコンフォーニの王子で、一緒にコンフォーニへ行ったことなどを話した。
「やはり、バルサノか! あいつめ……どうしてくれよう」
「それであの……お父様にご報告しなければならないことが」
「なんだね?」
「実はコンフォーニで、エドモンド殿下と婚約しました」
「なんと!」
父親の顔は、喜んでいいやら悲しんでいいやら複雑だ。
隣国の王子と婚約したのは喜ばしいことだが、父親抜きで事後報告になったのは寂しい。
「バルサノからあのような仕打ちを受けた時点で、ジェラルドとの許嫁は解消と判断しました」
父親はそれを聞いて思い直したようだ。
「そうか。それは良かった。ジェラルドと結婚するよりは何倍も嬉しいぞ」
「はい。ありがとうございます」
「それで、どうして今戻って来たのだ。この国に戻るのは危険だ」
「バルサノが私を消そうとするだろうことは予想できましたので、こうやってこっそり会いに来ました。そしてなによりも、今回戻って来たのは魔物がこの王都に迫っていることを知ったからです」
「魔物の事を知っているなら……」
「実は、また夢を見たのです」
ディアナは、夢で王都が襲撃されるのを見たこと。
どうやら魔人が、その魔物を率いていることを話した。
「魔人だと? ……それなら、なおさらコンフォーニにいた方が安全だったろうに」
「お父様。お父様とオスカル兄様は、明日揃って出陣されるのではないですか?」
「いかにも」
「やはり。しかし、なぜ二人共なのです?」
「私は元々将軍だからしょうがない。オスカルはこの度騎士団総長に任命されたのだ。役職上、二人とも出陣しなければならない」
本来ならオスカルは第一騎士団長で王族を守る役目だから、王宮を警護しているはずだった。
ところがなぜか騎士団のトップに任命されて、第一騎士団以外のすべての騎士たちを率いて戦場に出る事になったのだ。
「これも、裏でバルサノ公爵が仕組んだことなのでは?」
「バルサノがなんで、騎士団総長という重要なポストをオスカルに渡すのだ?」
「バルサノがお父様とお兄様を危険な戦場に出して、アルファーノ家を滅ぼすのが狙いなのではないかと」
「確かに一万近い魔物は厄介だが、簡単にやられるほど我が軍は弱くはないぞ」
「バルサノかその関係者に、ある程度未来を見ることができる者がいる可能性があります。それで……実は私も夢の中で、明日の戦いの中盤頃に魔物の群れの奥からトロルが数匹現れて、お父様とお兄様が……」
父親がちょっと考える。
「我々が負ける夢か……。しかし前回、確かにお前の夢は半分当たったが、その後は変わったではないか」
「それは、夢と同じにならないように努力したからです」
「それなら大丈夫だ。私も夢の通りにならないように努力しよう」
「それなら、私も明日の魔物との戦いに同行させてください」
「お前が?」
「森で出会ったレイナさんから聖女の魔法を色々と習ったので、役に立つと思います」
「レイナ? どこかで聞いたような……しかし、そんな危ない場所にお前を連れて行くわけにはいかん。お前はコンフォーニへ帰って幸せになっておくれ」
「でも……」
「大丈夫だ。雑魚の魔物が一万ぐらい何とでもなる。トロルや魔人は確かに脅威だが、何か対策を考えておこう」
――本当に大丈夫かしら。
私を安心させるための気休め?
でも、帰れって言われてしまったわ。
何かここに残る理由を……そうだわ。
「バルサノ家の悪事について、私が陛下の前で証言しましょうか」
「いや。お前は心配しなくていい。とにかく、バルサノの件も明日魔物をせん滅してから考える」
――だから、その明日が危ないのに。
父親が話題を変える。
「さて。今晩はここに泊まっていくのだろ?」
「いえ。使用人の中に、バルサノに通じている者がいないとも限りませんので」
「まあ、たしかにその可能性もあるか……」
長年仕えている者は信用しても大丈夫だろうが、全員がそういうわけではない。
最近雇った使用人もいる。
使用人を雇う際は人を選んでいるつもりだが、完全ではないだろう。
父親はファビオの方を見る。
「ファビオとやら。娘をコンフォーニへ無事に送り届けてもらえぬか」
「かしこまりました。我が主人エドモンドもこの王都に来ております。このような時でなければ、ご挨拶に伺いたかったと申しておりました。主人とともにディアナ様をお守りする事を誓います」
ディアナはファビオが父親の言うことをあっさりと引き受けたので、ちょっとムスッとする。
ディアナとしてはファビオに、ディアナが魔物との戦いに参加できるように父親を説得して欲しかったに違いない。
「うむ。頼む。それから、ソフィア」
「はい」
「お前は、ディアナについていくか?」
「はい! 喜んで!」
それを聞いたファビオの顔も嬉しそうだ。
「本当なら今日中に王都を立ってほしいところだが、夜は危険もある。魔物の方は明日中には決着がつくだろうから、その後なるべく早く王都を離れるがいい」
ソフィアは寝泊りしている部屋に戻って私服に着替え、自分の荷物をすぐにまとめてくる。
元々私物は少なかったので、カバン一つだった。
さらにディアナは、ソフィアにミラ王女から贈られたオルゴールを部屋から取ってきてもらった。
ディアナとファビオ、そしてソフィアが、目立たないように通用門から出る。
「さっきは、お父様を説得してくれるかと思ったのに」
ディアナがファビオに。
「父上殿を説得するのは大変そうだったからな。それに、父上殿にはコンフォーニへ送り届けてくれとは言われたけど、戦場に来るなとは言われなかったし」
「まぁ。ファビオったら」
三人はレイナの隠れ家に向かうが、その様子を道の角からこっそりと見ている複数の人影があった。




