29 ディアナはワイバーン討伐に加わる
バラ園に三人がいると、そこへファビオが走ってやってきた。
「ここだったか」
「そんなに急いで、どうしたんだ?」
エドモンドが聞いた。
「見張り搭からの旗信号だ。この王都にワイバーンが一匹向かっているらしい」
「なんだって!?」
ワイバーンとは空飛ぶ魔物で、一応龍種だがドラゴンより体は小さいし炎も吐かない。
ドラゴンが四足なのに対しワイバーンは二足だが、翼がコウモリに似ているところは同じだ。
しかし、小さいと言っても体長は五メートル以上あるし、歯や爪が鋭く、体を覆うウロコも硬い。
倒すのが厄介な魔物だ。
生息地付近に餌がなくなると、たびたび人間や家畜を襲いに人里に来ることがある。
それ故コンフォーニ王国では、ワイバーンの生息地の手前に頑丈な見張り搭を建て、動きがあれば旗による信号で王都や各町に素早く知らせる体制をとっている。
「それで、騎士団が出撃準備を始めている」
「わかった。私も行こう」
「それなら、私も」
と、ディアナ。
「いや、君はここに……」
「私も何かできるかもしれないわ。ケガ人も治せるし」
ディアナは、レイナに色々教わり経験も積んで、魔物討伐に自信が持てるようになってきたようだ。
「お願いしたほうがいいと思う。そうすれば、騎士団の犠牲も少なくできると思う」
と、ファビオ。
「わかった。ディアナ。お願いできるか?」
「もちろんよ」
「でも、決して危ない真似はしないでほしい」
「わかったわ」
エドモンドは控えている侍女にアウローラを自室に連れて行かせ、ディアナ、エドモンド、ファビオは鎧などを装備するために一旦部屋に戻る。
三人が素早く準備をして城門近くに集まっている騎士団と合流すると、そこに兵士が一人走ってきた。
「ファビオ殿、陛下がお呼びです」
「え? 俺?」
「はい」
「行け」
エドモンドがファビオに。
「わかった。すぐに追いかけるから」
ディアナ、エドモンドそして騎士団たち約五十名は、馬で王都の外壁へ向かった。
騎士団はこの五十名以外にも多数いるが、エドモンドたちが外壁でワイバーンを止められなかったときの為に、王都内の各場所に向かっている。
ワーバーンが王都内に着地したら、どこに着地してもすぐに駆け付けられるようにするためだ。
先ほど城の警鐘が鳴ったので、市民たちは家に入り窓や戸をしっかり閉めている。
それで人気がなくなった大通りを、エドモンドたちは馬で走り抜けた。
ディアナは今回もファルコンに乗っているので、ファルコンが自ら他の馬たちついて行こうとしてくれるから、何もせずにつかまっているだけでよかった。
飛んでくるワーバーンの予想進路上の外壁へ着くと、エドモンドが指示を出していく。
「弓隊と魔導士、投擲隊は壁の上で配置に付け。それ以外は壁の下で待機」
「はっ」
飛んでくる魔物への対処も日ごろから練習しているようだ。
皆の動きがスムーズだった。
外壁の上は通路になっていて幅は四メートル近くあり、外敵が来ればそこから攻撃などをするために使われる。
そこに弓を持った騎士が十人と魔法が使える者が三人、そして投擲隊と呼ばれた四人が壁の上で待機した。
さらに外壁の外側と内側の地表には、残りのプレートメイルを着た騎士たちが配置に着く。
そして、壁の上の全体が見渡せる少し離れたところに、エドモンドとディアナが立った。
ディアナは、彼らの戦い方がわからないので、強化魔法などは掛けずにとりあえず様子を見ることにする。
すると、山の方からワイバーンがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
ワイバーンも餌になる人間が待ち構えているのが見えたのか、壁の上にいる騎士たちをめがけて真っ直ぐに向かってくる。
ワイバーンが二百メートル程まで近づくと、エドモンドが指示をする。
「矢と魔法を撃て」
矢と火球などの魔法がワイバーンに当たるが、ウロコが固くて致命傷を与えることができない。
しかし、これも作戦のうちだ。
王都内にワイバーンが入って民衆を襲わないように、ここにひきつけられればいい。
すると、ワーバーンは城壁の上にいる矢を放った兵たちめがけて突っ込んでくる。
「隠れろ!」
エドモンドが指示して、弓隊や魔導士が城壁の上にある鋸壁の陰に隠れた。
ワイバーンはスピードを少し落とし、足の爪で人間たちを襲おうと壁に近づいてくるが、そこを左右にいた投擲隊が投石器の様な物で、大きな網をワイバーンに向けて放った。
すると、ワイバーンが網に絡まって失速し壁にぶつかり、そのまま壁の下に落ちていく。
「グァアーーー!」
ワイバーンは地表に墜落して怒りの咆哮をした。
ワイバーンは数メートルの高さから落ちたぐらいでは大したケガはしないが、それでも少しは痛かったのだろう。怒ったようだ。
そこを、下で待機していた騎士たちが出てきてワイバーンを取り囲み、ワイバーンに掛かった網の上からワイバーンを抑え込もうとする。
まずはワイバーンが暴れないようにしてから、翼を傷つけたり目や口の中などの柔らか所を剣で刺すつもりなのだろう。
――さすがだわ。
私の出る幕はなさそうね。
と、ディアナが思った次の瞬間。
ワイバーンが頭を思い切り振ると、掛かっていた網が外れてしまった。
急に自由になったワイバーンは尻尾を振り回して、周りに集まっていた騎士たちを弾き飛ばす。
騎士たちはプレートメイルを着こんでいたために死者はいないようだが、骨折した者は多そうだ。
ワイバーンはそこで、威嚇の咆哮をした。
「グァアーーー!」
そのままワイバーンが、再び空に舞い上がろうとする。
「矢と魔法を放て! 次の網を準備しろ!」
エドモンドが指示して、再び壁の上からの攻撃を行った。
その間に、投擲隊が次の網を用意にかかる。
しかし、ワイバーンなどの大型の魔物は頭がいいので、同じ手にはかからない。
ワイバーンが外壁の高さまで舞い上がると、今度は網を投げた投擲機を足でつかんで地表に落とし、破壊してしまった。
「くそっ」
エドモンドの顔にも焦りの色が見える。
――これは、私も手伝った方がいいわね。
「攻魔の玉」
ディアナは魔物を攻撃する魔法の玉を作ってワイバーンに向けて飛ばした。
ところが、石を投げる程度のスピードなので、それに気がついたワイバーンはそれを辛うじて避けてしまった。
それでワイバーンはディアナを危険視したようだ。今度はディアナに向かってくる。
――あっ。
「魔法の盾」
ディアナはそれをなんとか防いだ。
ワイバーンは魔法の盾にぶつかって一瞬怯んだが、そのままホバリングをしてディアナをどう攻撃しようか考えているようだった。
――どうしよう。
攻魔の玉ではよけられてしまうわ。
すると、ディアナたちの斜め後方から光る矢のような物が高速で飛んで来て、ワイバーンの肩のあたりを貫いた。
ワイバーンは叫び声を発して壁の上の通路の上に落ちる。
ディアナが後ろを見ると、レイナとファビオが走ってやってきた。
今のはレイナの魔法のようだ。
ファビオが王様の命で、馬で一緒に連れてきたのだろう。
「間に合ったな」
と、レイナ。
「レイナさん!」
「さあディアナ、トドメを刺せ」
「え? 私が?」
「いや。危険だから私が」
と、エドモンドが剣を持ってトドメを刺しに行こうとする。
ところがそれをファビオが止めた。
「陛下からのご命令です。討伐はできるだけレイナ殿とディアナ殿に任せるようにとの事です」
「父上は何を考えているんだ!」
エドモンドは怒っているようだ。
死にそうな魔物は、最後の力を振り絞って急に暴れだすことがある。
トドメを刺すのは、案外危険なのだ。
「近づかないで倒せるから私は大丈夫よ。陛下には何かお考えがあるのかもしれないし」
ディアナはそう言うと、再び「攻魔の玉」を作り、壁の上の通路で起き上がろうとしているワイバーンを仕留めた。
するとファビオが、騎士たちに聞こえるように叫ぶ。
「大聖女レイナ様と聖女ディアナ様がワーバーンを仕留めたぞ!」
「オー!」
騎士たちから歓声が上がった。
その後、レイナとディアナは手分けしてケガをしている騎士たちを手当てした。
城に戻ると王様は謁見室にいて、皆を出迎えた。
「ワイバーンの討伐、大儀であった」
公式な場なので大臣たちもいるし、討伐のお祝いという事でアウローラ姫や城にいた他の貴族たちも来ている。
ワイバーンはドラゴンに次いで凶暴で厄介な魔物なので、少人数で倒せば英雄扱いされるぐらいの功績だ。
「大聖女レイナ様と聖女ディアナ様が、見事ワーバーンを仕留められました。負傷した騎士もお二人がその場で癒やし、死傷者もおりません」
ファビオがそこにいる皆に確実に聞こえるように大きい声で言った。
「うむ」
しかし、エドモンドは先ほどの命令に納得がいかない様だ。
「父上。なぜ危険な事をディアナたちに……!?」
エドモンドが詰め寄ろうとしたところを、王様が制する。
「まあ、待て。文句は最後まで聞いてからにしなさい」
エドモンドは不満を募らせながらも黙る。
すると、王様が玉座から立ち上がった。
「レイナ殿、ディアナ殿、前へ」
二人が玉座の前に進むと、王様が続ける。
「ワイバーンの討伐並びにワイトの討伐。そして予の病の治療の功績を持って、二人を名誉侯爵に叙する」
ワイトの正体がライモンド王だったことは、一部の者にしか知らせていない。
公にはレイナとディアナが討伐したことにしてあるのだ。
「名誉侯爵? 聞いたことがありません」
エドモンドはまだ釈然としていない。
「ワシが貴族に叙したということは、ワシの家臣になる」
「家臣にしたいのですか?」
「いつもの沈着冷静はどこへ行ったのだ……お前がディアナ殿をとても愛していることはよくわかった」
王様は少しため息をついてから続ける。
「最後まで聞け、息子よ。つまり、家臣ならワシの命令でお前と正式な結婚もできるのだ」
「え? それって……」
「そう。ディアナ殿はご両親がこちらに来なくても、あるいは許しがなくとも、ワシが後ろ盾になって正式な婚約や結婚ができることになる」
これは一昨日ジーノ大臣が言っていた、宗主であるソリアーノ王の許可と代理人がいればアルファーノ公爵がいなくてもいいというのと同じ論理だ。
ディアナはレオポルド王の家臣になることによって、レオポルド王の許可で正式な結婚ができることになる。
それはレイナも同じだ。
形式的なものではあるが、貴族社会では正式かそうでないかの差は大きい。
そして、王族と結婚するのであれば、できれば侯爵家以上の位は欲しい。
ここで、聖女という位は王族と結婚するには十分な位だが、ディアナはまだ正式な聖女ではない。
レイナも大聖女を一度引退しているので、正式には大聖女ではない。
正式な位を得るには教会の本山に出向く必要があるため、何ヶ月も先になるだろう。
そして、ワイトの討伐や病気の治癒だけでは侯爵にするには少し無理があった。
そこにワーバーンという凶悪な龍種の討伐という功績が加わり、誰もが文句を言えない状況にしたのだ。
名誉侯爵とは王様がとっさに考えた爵位で領地も無いが、これなら王族と結婚する位としては十分だろう。
これでレイナは王様と、ディアナはエドモンドと正式な婚約や結婚ができることになる。
「父上!」
エドモンドの顔が喜びに満ちた。
しかしディアナは、ちょっと出来すぎているような気がして、レイナの方を見る。
すると、レイナはウインクを返した。
――これはレイナさんの入れ知恵ね?
きっと、一昨日相談した大臣のジーノさんから、私達の話を聞いたんだわ。
まさか、ワイバーンもレイナさんが精霊を使って呼び寄せたのかしら。
まあでも、終わりよければ全て良し、ってやつ?
王様は高くなったところから下りてきてレイナと手を握る。
エドモンドとディアナはお互いに歩み寄って抱き合った。
そこにアウローラ姫が、四人に走り寄って間に入る。
「お義母さまとお義姉さまが、いっぺんにできたわ!」
王様とエドモンドがアウローラを間に挟む形で抱き寄せ五人が横に並ぶと、そこにいた大臣や貴族、騎士たちから拍手と歓声が上がった。
物語は終わりではありません。まだ続きます。




