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02 ディアナは癒しの練習をする

 ディアナは父親の書斎しょさいから出てきてドアを閉めると、軽くため息をついた。

「ふぅ」


 そのまま自分の部屋へ向かって廊下を歩み始め、ドアの外で控えていたソフィアは斜め後ろを黙ってついていく。


 周りに人気ひとけが無くなったのを確認すると、ソフィアが小声でたずねる。

「ダメだったのですか?」


「やはり、舞踏会は欠席できないみたい」

「そうでしたか。それで、夢の話はされたのですか?」

「始めは話そうと思っていたけど、やめたわ。もし、私が聖女かもしれないと知ったら、逆にお父さまは歓喜して周りに言いふらしてしまいそうよ」

「なるほど」


「だからこう聞いてみたの。最近お疲れの様ですので来週の舞踏会は欠席されてはどうでしょう、って」

「病気などを隠していないか聞き出すためにカマをかけられたのですね?」

「ええ。でも、もちろん答えはノーよ。あの様子だと、病気を隠していることもなさそうね。眉一つ動かさないどころか、私がお父さまのお体の心配をしたものだから、それはもう嬉しそうにされて。それに来週の舞踏会は国内のほとんどの貴族が集まるから、どうやらお姉さまとアロルド殿下の婚約の報告と婚儀の日取りを発表をするみたいなの」

「それは、たしかに欠席できませんね」


 娘の婚儀の発表があるのに、父親がいないわけにはいかない。


「でも、お父さまがお倒れになる理由がわからないわ。もしかして、あれはやはりただの夢だったのかしら」

「それならいいですね。では、このまま何もせずに舞踏会の日を迎えますか?」


「何もしないのも心配だから、やはり癒しの魔法の練習はしておくわ」

「それでは、プランBですね?」


「そう! これから、魔法の練習よ!」

ディアナは小声でそう言って、自分に気合を入れた。

  


 ディアナは自室に戻ると、ソフィアに手伝ってもらって魔法の練習を始めることにする。


「でも、実際にどうやったらいいの?」

ディアナは初めからつまづいてしまった。


 誰もが使うような魔法なら入門書があってもおかしくないが、癒しの魔法が使えるのは数千人に一人だ。

 そんな本はどこにも売っていない。

 それに魔法というのはノウハウだから、職人と同じように師匠について教えてもらうのが一般的だ。

 癒しの力の師匠になる人がいるとすれば教会だが、行けば聖女候補にされてしまうだろう。


「前回は、ケガが治ったらいいと思ったら光が出たのですよね?」

「そうなんだけど。ケガは無いし」


「それでしたら私が」

そう言ってソフィアは、ポケットから裁縫さいほうセットを取り出し、自分の小指を針で刺す。


 針と糸は、何かほころびがあった時にすぐに直せるように、いつもポケットに入れて持ち歩いていた。


 すると、ソフィアの指から、わずかに血が出てくる。


「なにしてるの!?」

「ですから、傷口をつくりました」

「そんな……」

「練習は私が言い出したことですし、針ですからそんなに痛くはありません。それに針仕事をしていると、こんな事はよくあることです」

「ごめんね。ソフィア」


「大丈夫です。それより魔法をかけてみてください」

「わかったわ」


 ディアナは色々試してみる。


「治れー、治れー」


 とりあえず言葉で言ってみたが、光は出ない様だ。


「お嬢様、頑張って」


 今度は手をかざしてみるが、何も起きない。


「うー」


「お嬢様。魔法はイメージが大事だと聞いたことがあります。傷が治るイメージをされてみては?」

「なるほどー」


 ディアナは傷口に手をかざし、さらに目をつむって傷口が魔法によって治っていくイメージをしてみた。

 すると、うっすらとした光がディアナの手から出て、ソフィアの小さな傷が治っていく。


「お嬢様! 成功です!」


 ソフィアに言われて、ディアナは目を開けた。


「えっ? 本当? やったー! 私って、本当に聖女なの!?」


「まだですよ。癒しの力なら何人かは出来る人がいます。聖女になるには聖属性魔法に適性があることが必要で、さらに教会の本山で聖属性魔法を学ばないと」

「癒しの力と聖属性魔法は違うの?」

「詳しいことは私もわかりませんが、癒し手が使う癒しの力は白魔法だそうです。そして、聖属性魔法は白魔法の上位魔法らしいですから、癒しの力が使えても聖属性魔法が使えるとは限らないそうです」

「でも、私は聖女になるわけだから、いつかは使えるのよね?」

「夢では、ですが」


 ディアナは初めて自分の意思で魔法を使うことが出来て、はしゃいでいたのだが落ち着きを取り戻す。

「ああそうよね。夢の中の話だったわ」


「次は、いつでもどんな病気や怪我でも治せるように、どんどん練習しないと」

「あなたって、スパルタなのね? でも、治す相手がいないと、練習もできないわ」

「そうですね……それなら……」



 次の日から、ディアナの特訓が始まった。


 公爵邸には常に数十人の使用人や、同じく数十人の私兵たちが常駐している。

 それだけ人がいれば、業務に差し支えない程度の病気やケガをしている人は何人かはいる。

 そういう人にソフィアが声を掛けて、一人一人連れてくるのだ。


 もちろん、誰にも言わない様に口止めすることを忘れていない。



 ソフィアが中年の庭師の男性を連れて、ディアナの部屋に戻ってきた。

「今度は、庭師のマルコです」


 これで、練習台になってくれた使用人は五人目だ。


「マルコです」

庭師が部屋の入り口付近でディアナに挨拶した。


「さあ入って、お嬢様のお近くまで進んで」

ソフィアがマルコに、もっと中に入るよううながした。


 マルコは恐る恐る部屋に入ってくる。

 もちろん、普段は目にすることがない名工が作ったと思われる調度品などを、珍し気にチラチラ見てしまうのは仕方がない。

 

 ちなみに、家具などはいい物をそろえているが、王宮のようにやたらぜいを尽くしたような物は置いていない。

 部屋の内装も貴族としては一般的なものだ。


「お嬢様。私の病気を治してくださるそうで、まことにありがとうございます」

マルコが自分の帽子をお腹のあたりに両手で持ちながら、お辞儀をした。


「努力はしますが、まだ練習中なので完全に治るとは限りません」

「わかりました」


「では、あなたはどこが悪いのですか?」

「腰が痛くて」

「では、腰をこちらに向けてください」

「お嬢様にお尻を向けるなんて、めっそうもない。そんな事はできません」

「これは、癒しの練習ですから」

「あ、はい」


 ディアナは椅子に座り、その前に恐縮しながらもディアナに背を向けて立つ使用人の腰に魔法を使う。


 ――どうか、この人の腰の痛みがなくなりますように。

  

 ディアナは何回か練習しているうちに、痛みの原因などが治るイメージとともに、この様に心の中で具体的に言って気持ちを込めた方が治りがいいという事がわかってきた。

 

 ディアナの手の平から、やわらかい光が彼の腰に向かって放たれる。


「あっ、お嬢様!? 腰が楽になりました!」

マルコがそう言ってディアナに向き直り、腰を動かしてみる。


「それは、良かったわ」

「前に教会でお布施をして腰を治療していただいたことがありますが、その時よりも楽になっています。きっとお嬢様は、聖女様に違いありません」


 癒しの魔法が使えることが分かった庶民の女性は、まずは教会に行く。

 そこで聖女候補となり保護され、その後聖女か癒し手かの確認を行う。

 ある程度簡易的な確認方法もあるようだが、正式には神教国にある教会の総本山に出向いて、水晶玉のような魔道具で聖属性魔法の適性があるかを確認することになる。


 そこで聖属性に適性が無いことがわかり聖女になれなくても、庶民の場合はそのまま教会に残ることが多い。

 なぜなら、教会で「癒し手」として高給で雇ってくれるからだ。

 そして、この世界の医療は発達していないので、人々は教会にお布施をして癒し手にケガや病気を治してもらう。


「いえ。聖女にはなりたくありませんので、このことは絶対に人には言わないでくださいね」

「あ、はい。お嬢様がそうおっしゃるのでしたら」


 使用人は口が堅い者を選んでいる。

 そうでなければ、世間に公爵邸の内情が漏れてしまうからだ。


 しかし、使用人たちは口は堅いが、それは外部の人間に対してであって、公爵邸内の使用人たちの間ではこの事が噂になりはじめている。

 そして、そのうち使用人を束ねる執事の耳には当然入ってしまうだろう。

 執事は屋敷内の出来事を公爵に知らせなければならないので、いずれ公爵の耳にも届いてしまうことになるはずだ。



 マルコが出ていくと、ソフィアが言う。

「彼が最後です」


「え? もう終わりなの?」


 ソフィアが屋敷内の使用人や兵士に聞いて、病気やケガをしている者を連れてきていたのだが、もう全員治してしまったらしい。

 ディアナはまだ五人ほどしか癒していない。


「はい。屋敷の使用人たちは、もともとそんなにケガはしていませんし、病気もありませんから」


 ――たしかにそうか。

  重い病気の人が、ここで働いているわけはないわ。

  それに王都にいれば魔物と戦う事もないし、そうそうケガ人は出ないわよね。


「夢の中ではお父さまを治すことができたけど、それは偶然かも知れない。できれば、もっと重い病気の人が確実に治せるようになっておきたいわ」


 ――お父さまがどんな原因で倒れるのかはわからないけど、倒れるぐらいだから軽いはずないわ。

  重い病気の人が治せるようにならないと、その時に役に立たないものね。


「と、言われましても、屋敷の使用人以外を呼んで治すとなると、あっという間に噂が広がってしまいます」

「何かいい方法はないかしら」

「中症や重症の者が来る所と言えば、教会や修道院の治療院でしょうが……」

「なんとか、そこで治すことはできないかしら」

「その場で、聖女候補にされますよ」


「やはり、そうなるわよねー……。それなら、名前や素性を隠してできないかしら」

「そうですね……あっ。聖サバティーニ教会ならもしかしたら」

「うちのお墓がある教会ね?」

「あそこなら、お嬢様の都合を聞いてくれるかもしれません」


 王都の教会は、教区ごとに中規模の教会がいくつかある。

 そのうちの一つが聖サバティーニ教会だ。


「いいじゃない。そこに行きましょう」

ディアナはそう言って椅子から立ち上がる。


「お待ちください。まずは私が行って、お嬢様の名前は出さずに交渉してきます」

「そうね……その方がいいわね。ありがとう。ソフィア」



 ディアナがいきなり行って聖女候補にされては困るので、まずはソフィアが聖サバティーニ教会に出向いて交渉し、ディアナを聖女候補にしたり癒しの力が使える事を教会の本山に報告しないことを確約させてから、癒す手伝いをすることになった。


 そういう事が出来るのも、公爵家がその聖サバティーニ教会に多額の寄付をしているからだ。

 アルファーノ公爵家は元々王家から分かれているので、墓も王都にある。

 その墓を守っている教会なので、ディアナの事情を優先してくれたというわけだ。

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