15 ディアナは聖女の魔法を習う
森の中の小屋の前で、ディアナがレイナから魔法を教わっている。
ところが、なかなかうまくいかない様だ。
白魔法である癒しの力は使えるのに、聖属性魔法は何度やっても発動しない。
「いいかい? お前さんは聖属性魔法の適性はある。だから、必ずできると信じて疑わない事だ。魔法はイメージや心が大切だよ」
と、レイナ。
「うん。もう一度やってみるわ。『攻魔の玉』」
再びやってもダメだった。
攻魔の玉は、昨夜レイナがディアナを助ける時に使った聖属性魔法だ。
レイナが少し考え込む。
「おかしいね……」
「私、やはり聖属性の魔法が使えないんじゃ……」
「そんなことは無いはずだが……まさか」
何か思い当たるふしがあったようだ。
「ちょっといいかい?」
レイナがそう言って、ディアナのおでこに手をかざす。
「やはりそうか……」
「どうしたの?」
「お前さんに、心理的な封印の魔法が掛かっているね」
「え? それって……?」
「闇魔法の呪いの一種だが、この場合は暗示と言ってもいい」
「暗示?」
「お前さんは心の底で、聖女になりたくないと思わされている様だ。そのせいで、聖女の魔法である聖属性魔法を使うことを知らず知らずに拒否しているんだな。何か心当たりは?」
「確かに私は聖女になりたくないと思っていたけど」
「いつから、聖女になりたくないと思い始めたんだい?」
「あれは確か……」
ディアナはまだ話していなかった夢の事や、それを回避するために教会で練習した事、まだ聖女になったわけでもないのに王子が自分に興味を持っているらしいこと、それで悪役令嬢を演じて追放になったことも話した。
「しかしまた……」
レイナは自分のコメカミのあたりに手を触れて、軽く首を横に振った。
ディアナが悪役令嬢を演じたことなどを聞いて、ちょっと呆れているようだ。
「だって。他にいい方法が思い浮かばなかったから」
「まあ、お前さんはお前さんなりに頑張ったということだな。それで、確かに聖女やその素質がある者は、精霊の導きで予知夢を見ることがある。でもお前さんの場合は、この闇魔法によって夢の内容が途中から変な方向に行っている可能性もあるな」
「じゃあ、私が追放になることは初めから決まっていたの?」
「いや。それはお前さんが夢を変えようと努力したからだろう」
「それなら、どこからが魔法の影響だったのかしら」
「お前さんが聖女になりたくないと思った最大の要因は、お姉さんの自殺という結末だな。つまりそこが影響を受けている部分だ。だからお姉さんの自殺はなかったかも知れない」
「そうなると、アロルド殿下と私の結婚も……」
「王子と結婚するところも魔法の影響を受けていそうだが、話を聞いた限りでは王子はお前さんに夢中みたいだから、案外可能性はあったかもな」
「やっぱり?」
ディアナはそう言って、少し嫌そうな顔をした。
「王子は嫌いか?」
レイナはニヤリとする。
「許嫁だったジェラルドよりはましだけど、節操がないからちょと……」
「まあ、これからも予知夢は見るかもしれないが、未来なんて常に揺れ動いているし、回避しようと努力を始めた時から変わっていくことが多いから覚えておいた方がいい」
「わかったわ」
「しかし……この魔法を掛けられた心当たりは?」
「ないわね。身の回りに魔法が使える人はそれほど多くないし」
「こういう心理に掛ける魔法は、例えば音楽に乗せて掛けると掛かりやすくなるんだが」
「え?」
「音楽を聴くと心が開かれる。すると、無防備な状態になるからな」
「音楽……舞踏会? でもあの夢を見たのはもっと前だから……あっ。オルゴール」
「オルゴールか。オルゴールはそういう魔法を掛ける道具としては最適だな」
「でもあれはミラ王女から頂いた物で……」
「ミラ王女は闇魔法が使えるのかい?」
「そんなことは聞いたことが無いけど」
「まあ、とりあえずこれは弱い魔法だから、お前さんが自ら聖女になりたいと強く願えば突破できないこともないんだが、今は私が解除しておこうか」
レイナがディアナにかざした手から強い光が放たれる。
その場でレイナはディアナに掛けられた魔法を解除したようだ。
「ではもう一回、さっきの聖属性魔法を使ってみな」
と、レイナ。
「攻魔の玉」
ディアナの上下に向かい合わせた手のひらの間に十センチ程の光の玉が現れる。
「できたわ!」
「やはり、心理的封印だったな」
ディアナが会話を続けるために一旦手の形を解くと、その玉も消えて魔法が解除される。
「でも、いったいどうして?」
「お前さんが聖女になると困る奴がいるって事は確かだな」
「でも、オルゴールをもらったのは癒しの力に気が付く前だったのに」
「お前さんが予知夢で父親が倒れることを知ったように、誰かがお前さんが聖女になるのを見たのかもしれないさ。代償を払って未来を見る魔法もあるらしいしな」
「じゃあ、ミラ王女が?」
「いや、そうとは限らないさ。オルゴールなんてこの国では売っていないから、ミラ王女に渡るまでに何人もの手を通ってきている。ミラ王女がお前さんにあげるプレゼントを探している、と聞いた奴が魔法を仕掛けて渡したのかも知れない」
「うーん」
「あるいはお前さんを聖女にしたくない誰かが、自分からミラ王女にそれを渡すように勧めたのかもしれないがな」
「となると……」
何者かが、ディアナが将来聖女になることを何らかの方法で知った。
ところがそれは、その者にとって不都合な事だった。
そこで、聖女にならないように暗示をかけるために、魔法のかかったオルゴールがディアナに渡るようにしたわけだ。
しかしその後、精霊の導きでディアナは予知夢を見る。
本来は父を救って聖女になるところまでが予知夢だったが、その魔法の影響で姉が自殺するという内容が加わってしまったわけだ。
心理的な状態が夢に影響を与えることはよくある。
しかし今のところ、その何者かの目論見は裏目に出ている様だ。
もしかしたら裏目に出るように、精霊が要所要所でディアナを導いたのかもしれない。
そうだとすると、精霊は夢が変な方向に向かってしまうことが分かっていながら、予知夢をわざわざ見せたのかもしれない。
それによって、結果的に王都を追放されることになったし、追放されたからこうやってレイナに会うことが出来た。
もし今回追放されずにそのまま王都に残っていたら、ディアナは別の手段で暗殺されていた可能性もある。
――いまのところ、一番怪しいのはバルサノ家よね?
アルファーノ家を妬んでいるのかしら。
私がジェラルドと結婚してバルサノ家の人間になったら、この魔法を解除して聖女にさせたとか……。
それでいきなり暗殺せずに、封印だけしておいたということよね?
でも今回、私を殺そうとしたのはなぜかしら。
ジェラルドを振ろうとしたから?
わからないわ……。
「まあ、今憶測で思い悩んでもしょうがない。さあ、それより練習だ。では、もう一回やってみようか」
「うん。『攻魔の玉』」
今回も、問題なく魔法が発動した。
「その調子だ」
「この魔法は、どんな魔物にでも効くの?」
「普通の魔物なら大丈夫だ。しかし、相手が魔法を使えて、さらに防ぎ方を知っている時は力比べになるな」
「力比べってことは、魔力量が多い方が勝つということかしら」
「そういうことだ」
――でも、魔法が使えるって?
「魔法を使える魔物がいるの?」
「例えば、魔王や魔人だな」
「えっ? あのお伽話に出てくる?」
「昔は本当にいたのさ。まあでも今はいないから、全ての魔物はこの『攻魔の玉』で倒せると言っても過言ではない」
「よかったわ」
「あとは、似た魔法で『回復の玉』というのもあるが、それは魔物の攻撃よりもケガなどの回復に重点を置いた魔法だ。でも今は『攻魔の玉』を何回も練習して、それが上手くできるようになってからだな」
「うん」
「じゃあ今度は、それを自由自在に動かしてみて」
「こういうことかしら……」
ディアナがイメージすると、その光の玉が左右に動いた。
「いいね。じゃあ次は、それをあの木に当ててごらん」
その光の玉がよろよろと飛びながら木に当たって消える。
しかし、ディアナはちょっと気になったようだ。
「これは、木は当たっても大丈夫なの?」
「木の心配をするなんて優しい子だね。大丈夫さ。これは聖属性魔法だから魔物には害があるが木には影響はない。むしろ成長が良くなるだろうね。特に『回復の玉』の場合は、花に当てれば花も長く持つようになる」
「それはいいわね」
「よし。じゃあ、この練習を夜までに百回」
「えぇっ!?」
ディアナは焦った。
今の一回でも、結構精神の集中が必要だったからだ。
「修行は厳しいと言ったろ? それに、魔法は使えば使う程上手くなるし魔力量も増えていく。お前さんの歳ならまだ伸び盛りだから、今やらないともったいない」
「わかった……」
「慣れてきたら、移動速度を上げたり玉の大きさを変えて練習するように。私はその間に森に薬草を採りに行ってくるから」
翌日は聖属性魔法を使った癒しの練習だ。
「お前さんは、すでに癒しの力を使ったことがあるから、これは簡単なはずだよ」
「白魔法の癒しの力との違いは?」
「聖属性魔法の癒しは神の力と言われるほどの強力なものさ。重症のケガや病気も治せる。ただし、強力な力は魔力も大量に消費する。過去には聖女になったが、一日一回しか魔法を発動できないやつもいたな。しかし、お前さんの場合は精霊と交流できそうだから、精霊の力を借りて魔力を上乗せすればいい」
「精霊から魔力をもらうの?」
「そういうことだ。自分の魔力だけだと一日一回しか発動できない様な魔法でも、精霊の力を借りれば何回も発動できる。ちなみに、精霊の力を借りれば自分に適性が無い魔法も使えるんだ」
「本当? なんか楽しみ」
「それで精霊の力を借りて行う魔法は精霊魔法と呼ばれている。その魔法属性によって、それが得意な精霊を呼ぶことになる。でも闇魔法だけはだめだ。闇魔法の精霊にあたるのは邪神だから、決して力を借りてはいけないよ」
「邪神?」
「そう。邪神は強い力を与えてくれるが、見返りも要求する。見返りはだんだんエスカレートしていき、最後には人の命を数千人単位で差し出すように言ってくる」
「怖いわ。絶対邪神には頼らない」
「今はそれだけ覚えておけばいいさ。まずは、お前さんが元から使える聖女の魔法を完璧に使いこなせる様になろう」
「うん」
「では実際に、精霊の力を借りてみようか。そのためには、祈りが必要になる」
「そうなのね?」
「要は精霊に語り掛けて、力を貸してもらうのさ。祈り方によっては、魔力を補ってくれるだけではなく、魔法の効果も上げてくれることもある」
「……なんとなくわかる気がする。私が癒しの力を使う時も、なんとなく祈りみたいなのを入れてたわ」
「それなら、気が付かないうちに精霊が力を貸してくれていたんだろうね。病気の治りも普通の白魔法に比べて良かったに違いない。おそらく精霊に守られていたから、森でお前さんが魔物に囲まれた時、精霊が私を呼びに来たんだろう」
――そうだったのね?
精霊様、ありがとうございます。
ディアナは心の中で精霊にお礼を言った。
すると、空中からディアナの回りに光が降り注いだ。
レイナがディアナの上の方を見る。
「この光は、精霊が喜んでいるんだ。お前さん、やはり精霊に気に入られているようだな。……やっとお前さんが気が付いてくれた、って言っているな」
「そうなのね?」
するとレイナは、さらに精霊から何かを教えてもらっているようだ。
「この精霊は、ずいぶん昔からお前さんと一緒にいたようだ。そして、特に白魔法や聖属性魔法が得意な精霊だから、呼ばなくても同じ属性を持つお前さんのそばにいたんだろう」
「いつからかしら」
「お前さんが初めて癒しの力を使った時から、と言っている」
「あの時……」
幼い時に庭でケガをして、それを治して以来一緒にいてくれたようだ。
「だからこの精霊に語り掛ける時は、友人のような言葉でいいとさ。この精霊の名前はカーリー。女の子だ。あと、お前さんが修道院に行く途中で魔物に襲われたとき、魔物の気を引いて遠くに連れて行ったと言っている」
バルサノ家の兵士たちに置き去りにされてイエローファングに取り囲まれたときに、イエローファングたちが急にいなくなったのは、精霊が手を貸してくれたようだ。
「それでなのね? ありがとう、カーリー」
ディアナは教えてもらった通り、友人のように語り掛けた。
すると、精霊が笑ったような気がした。
「それでいい」
すると、今度はもっと強い光が降り注ぎ、ディアナにも違いが分かるような暖かく重厚な気配が感じられた。
「この光は?」
「この気配は、大精霊マクスウェルがやってきたな」
「大精霊?」
「ああ。精霊の長さ。普通のエルフが呼んでも、なかなか来てくれない」
「そんな方が、なぜ?」
「それは……そのうち教えてあげるよ。それで今ここに彼が現れたのは、何かあった時にはマクスウェルが来てくれるという、挨拶みたいなものだな」
「何かあったとき?」
「そう。普段はカーリーが守護してくれるが、いざという時は、呼べば精霊の長が力になってくれるという事さ」
「そうなのね? でも、私も精霊の言葉を直接聞いてみたいわ」
「精霊との交流を繰り返せば、そのうち精霊の言葉もちゃんと聞こえるようになる」
「わかったわ。まずはカーリーと会話ができるようになるのが目標ね」
レイナが頷く。
「では、先ほどの続きだ。実際に精霊の力を借りて癒しをやってみようか。私を患者だと思って」
「お祈りを入れればいいのね?」
「そう。重要なポイントは、精霊に対する感謝の気持ち。そして患者を治してあげたいという気持ちだ。それを形にとらわれず、自分の言葉で言えばいい。と言っても、祈りの部分は心の中で言えばよくて声は出さなくていい。そして聖属性魔法の病気やケガを治す魔法名は『回復』だ」
「やってみるわ」
ディアナは言われた通り心の中で精霊に語り掛け、最後に魔法名は口に出して唱えた。
「回復」
すると、金色の光がディアナの手の平から流れ出て、患者役のレイナを包む。
「悪くないね。でも、もっと精霊の存在を身近に感じて、精霊の力を信じるんだ。そうすれば、精霊はもっと強力に力を貸してくる」
「わかったわ」
ディアナは教えられた通りにやり直した。
当のディアナとしては、自分の両肩に精霊のカーリーが手を置いて、そこから精霊の力が体に流れ込み、自分の魔力と融合して手から出ていくような感じがしていた。
すると今度は、先ほどよりも強い光が出る。
「いいね。すばらしい。これなら、失った手足も再生することができるよ」
「本当?」
「ああ。そのうち近くの村に行って、実際に病人やケガ人を治してみよう」
「村に行くの?」
「私は時折近くの村に薬草を持って行ったり、ケガ人や病人を治してあげることで食材を得ている。この庭で野菜も作っているが、小麦は無いし牛もいないからね。魔物の肉もそれ程まずくはないが、そればかりでは飽きるしな」
「なるほどー」
――レイナさんは時々村に行って、その時にコンフォーニ王国の商人か誰かに姿を見られたのね?
それの噂がエドモンド様に伝わったということみたいね。
「さて。次は戦いのときに必要になる補助魔法の基礎をやろうか」
「補助魔法って?」
「具体的には体の筋力を上げたり、防御力を上げたり、魔法で盾を作ることもできる」
「すごいわ」
「でも、これらの補助魔法は強化すれば強化するほど、そして長い時間維持するほど魔力が必要になる。精霊の力を借りたとしても、自分の魔力もそれに比例して消費するから、魔力量を伸ばすのは必須なんだ」
「今は成長期だから、使えば使う程魔力量は増えるのよね?」
「そう。だから今日も、この後教える事を夜まで繰り返し練習だよ」
「ううっ。がんばるわ」
「ではまず、基本となる魔力で全身を包む練習だ。見本を見せるよ」
そう言ってレイナは、自分の魔力で全身を包み込む。
ディアナは、うっすらとだがレイナの周りに魔力による膜が出来ているのが見えた。
それを見ながらディアナも真似てみる。
――えーっと。こんな感じかしら。
なんとなく出来ているようだが、ディアナの方が雑だし無駄が多い感じだ。
「もっと、イメージをはっきり持って」
レイナが指導していく。




