14 ディアナは森の魔女に世話になる
翌朝。
ディアナはベッドの上で目を覚ました。
仰向けに寝ている体勢だったので天井が見えているが、天井板は無く屋根の丸太がむき出しになっている。
どこかの小屋の中の様だった。
――ここはどこ?
寝ぼけていた頭が次第に冴えてきて、気を失う直前の記憶が蘇ってくる。
最後はオオカミの魔物に取り囲まれていたはずだ。
「そういえば、魔物は!?」
ディアナはガバッと上半身をベッドから起こして周りを確認する。
そして、周りに魔物がいない事を確認すると胸をなでおろした。
――よかった。
そういえば小屋の中だったわね。
部屋の大きさは和風に言えば八畳ぐらいで、部屋の中にはディアナが寝ているベッドが一つと、さらに机と椅子が一セットある。
そして、部屋のドアが開けっぱなしになっていて向こうにも部屋が見えるが、そちらはどうやら居間兼ダイニングの様だ。
この部屋の大きさと屋根の傾斜などから推測すると、隣に部屋がもう一つ有る程度の小さめな小屋の様だった。
小さめといっても、庶民の平均的な家の大きさだ。
――でも、ここはどこなの?
森の中にいたはずなのに小屋の中にいるということは、誰かが助けてくれたの?
すると、開きっぱなしだったドアの向こうの部屋から人が入って来る。
「起きたようだね」
ディアナは声の方を見た。
――女性に助けられたの?
よかったわ。
えっ!?
ディアナはその女性の耳が尖っていることに気が付いた。
「もしかして、エルフなの!?」
ディアナは、実際にエルフを見るのが初めてだったので、そちらに意識が向いてしまったのだ。
「そうさ。でも、助けてあげたのに、第一声がそれかい?」
「あっ……」
ディアナは、ベッドから急いで降りて頭を下げる。
「すいません。助けていただき、ありがとうございました。エルフさんを初めて見たものだからびっくりして」
「まあ、驚かれるのには慣れてるから別にいいさ。まだ体力も完全に戻ってないだろう。座って話そうか」
「あ、はい」
ディアナはベッドに腰掛け、エルフの女性は近くにあった椅子に腰かける。
ディアナは改めて彼女をよく見ると、ディアナと同じ金髪で目の色も緑な事に気が付いた。
この組み合わせは珍しく、人間であればこの国では王家やその分家であるアルファーノ家などによく見られる特徴だ。
それで不思議に思っていると、同様に相手も気になったようだった。
「ところでその目の色は、この地方では珍しいね。名前を聞いても?」
――どうしよう。
この人は味方なんだよね?
助けてくれたんだし。
「ディアナ・アルファーノと言います」
「なるほど。それでか」
「やはりご存じ……ですよね」
「まあ、この国の公爵家の家名は知っているさ。私の名はレイナだ」
「レイナさん」
「お前さんも気になっているかも知れないが、この金色の髪に緑の目は本来はエルフの特徴なんだ」
「えっ? そうなんですか?」
「北方の一部地域に暮らす人間にもこの特徴が見られるが、それは彼らが元々エルフと人間の混血だからだ」
「じゃあ、もしかして私も?」
「間違いなく、エルフの血が流れている。人間の方が遺伝的に強いらしくて、耳がとんがった者は生まれないみたいだがな。そのかわり目と髪の色は受け継がれることが多いみたいだ」
――ということは、この国の王家は北方がルーツなのかしら。
そして遠い先祖にエルフがいるという事ね?
「でも、なんか感動です。ご先祖様にエルフがいるなんて」
レイナはそれを聞いて微笑んだ。
「しかし、なんでまたそんなお嬢さんが森に一人でいたんだい?」
「道に迷ったというか……」
「おかしなことを言うね。道なんてなかっただろ?」
「それはつまり……森を突っ切れば東の街道に抜けられるかな、と思って」
「なんて無茶なことをするんだい」
「うっ。ごめんなさい」
ディアナは怒られた気がして謝った。
「まあ、無事だったから良かったが。たしかに東の街道には抜けられるが、お前さんがいた場所は街道からかなり遠かった。ここはあそこよりは街道に近いが、それでも普通に歩いたら半日はかかるよ。しかも、この森には魔物もいるし」
――ということは、まだあの森の中なのね?
思ったより大きな森だったみたいだわ。
でも、これから森を抜けるにしても私一人では何もできない事がわかったし、これからどうしたらいいかわからない。
とりあえず、この人に話を聞いてもらおう。
「あの。聞いて頂けますか? 実は私……」
チロルの修道院に護送されていたら、途中で護衛していたバルサノ家の兵に殺されそうになって逃げていること。
父親も暗殺されそうになったので、たぶんバルサノ家がアルファーノ家を潰そうとしているのではないかと思ったこと。
このまま王都に戻るのは危険そうなので、身を隠すために家の所領に向かっていていたことを話した。
「それは災難だったな。しかしバルサノ家ねぇ。たしか昔は伯爵家だったが、領地で金鉱山が見つかったとか言ってたか……」
「昔は伯爵家だったんですね?」
「何十年も前の事だがな。まあでもそういう事なら、東の街道の宿場町まで送ってやろう。そこからは、乗合い馬車でアルファーノ家の所領まで行けるはずだ」
――そうか。乗合い馬車という手があったわね。
「ありがとうございます。ところで、ここはまだあの森の中なんですよね?」
「そうさ」
「魔物が襲ってきたりしないんですか?」
「色々な仕掛けがしてあるから、魔物はこの敷地に入ってこれないから安心しな」
「仕掛け?」
「魔法だな」
「じゃあやっぱり、本で読んだ通りエルフの方々は魔法が使えるんですね?」
「そういうことさ。近くの村人は、私の事を『森の魔女』と呼んでいるけどね」
「森の魔女!?」
「でも、心配はいらないよ。自分で言うのもなんだけど、私はいい魔女さ」
「そういえば夕べ、気を失う直前に光の玉が飛んできて、それに触れた魔物が悲鳴を上げたような……もしかして、あれはレイナさんの魔法ですか?」
「そう。あれは聖属性魔法でね。中に入った魔物を消滅させる『攻魔の玉』という魔法さ。逆に魔物以外が触れれば小さなケガなどは治ってしまう」
「聖属性魔法って、そんなこともできるんですか?」
「ああ」
――レイナさんは聖属性魔法も使えるのね?
できればこの人から、色々教えてもらいたい。
「私もできるようになりたいです」
ディアナは目を輝かした。
「たしかに、お前さんからは聖属性の魔力を感じるな」
「わかるんですか?」
「こう見えてもエルフだから魔力には敏感なのさ。特に自分の使える属性はなおさらさ。それで、聖属性の魔法を使える人間は珍しいが、お前さんは聖女なのかい?」
「まだ聖女ではないんです」
「そうか。まあ、お前さんなら練習すれば使えるようになるはずさ」
――ということは、やっぱり夢の通りなるところだったんだわ。
でも、王都に戻れるのはいつになるかわからないし、このままだと聖女の魔法の勉強もいつになるかわからない。
私が聖女の魔法を使えるようになれば、あの馬車でひかれた人の足だって治してあげることが出来る。
それに、今度魔物に遭遇したときには、一人でやっつけることができるし。
まだ正式に聖女になるわけにはいかないけど、聖属性魔法は使えるようになっておきたいわ。
「お願いします。ぜひ教えてください」
レイナはディアナの目を見つめる。
ディアナの真剣さを読み測っているようだ。
「一日や二日で、というわけにはいかないけどね」
「かまいません」
レイナは少し考えてから言った。
「……わかった。そうだな、これだけは言っておこうか。私はアルファーノ家とは縁がある。だから、お前さんをここにかくまって、魔法の使い方も教えてもいい」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、魔法の修行は厳しいよ」
「……がんばります!」
「さて。お腹もすいただろう。まずは朝食にするか」
そう言って、レイナが椅子から立ち上がる。
「あの。私、大したことはできないけど、何かお手伝いを……」
ディアナも立ち上がって後をついていく。
「お嬢様なんだ。期待はしていないから、だんだんでいいさ」
実際ディアナは、料理なんてしたことが無かった。
「はい」
台所に行くと、先ほどディアナが目覚めるまでに大部分の調理が済んでいた様だ。
レイナはシチューの味見をして、調味料などで味を調えると皿によそる。
ディアナも配膳だけは手伝った。
すべてをダイニングのテーブルの上に並べると、レイナとディアナは向かい合って椅子に座る。
「では、食べよう」
と、レイナ。
「いただきます」
しかし、よく見るとシチューには肉も入っている様だ。
もちろんディアナの皿だけでなく、レイナの方にも入っている。
ディアナが本で読んだところによると、エルフは肉を食べないはずだった。
「エルフさんって、肉は食べないのかと思っていました」
「ああ。私はエルフの国から出て、ずいぶんと経つからね。しばらく人間の間で暮らしていたこともあって、肉を食べるのに抵抗が無いのさ」
「食べられないわけじゃなくて、食べる習慣がなかったんですね?」
「そういうことだ。それに、私は肉などを食べるからだろうな。この通り、出るべき所は出てきたよ」
つまり、エルフは本来あまりグラマーではないのだが、レイナは肉などを食べる事によって、だんだん体がグラマーになったようだ。
「そ、そうなんですね?」
ディアナが少し間を置いて続ける。
「それで、先ほどアルファーノ家とは縁があるとおっしゃっていたから、うちの家の領地の方にいらしたんですか?」
「ここで暮らすんだから、もうその丁寧な言葉遣いはしなくていい。なんか肩がこるからね。それで、質問の答えだけど、アルファーノ家の領地ではなく、王都で暮らしていたのさ」
「王都に? でも、聞いたことががありま……聞いたことが無かったわ」
レイナはディアナがくだけた口調になったので、ニコリとした。
「もう、八十年近く前の事だからね」
「八十年!? やはりエルフの方は寿命が長いのね? まだ二十代に見えるのに」
「そうさ。私は数百歳になる。百歳を超えたところで歳を数えるのはやめてしまったよ。あっ。でも、もし私の事を『お婆さん』なんて呼んだら、承知しないからね」
「あ。うん」
――やっぱり歳は気になるのね?
「しかし、もうそろそろ八十年になるか。ずいぶん長いこと王都には行っていないな」
「もしレイナさんが王都に来ていたら、私も噂ぐらいは耳に……」
ここでディアナは、エドモンドが噂に聞いてエルフを探していたことを思い出した。
「あっ。そういえばレイナさんの事よね?」
「何がだい?」
「少し前の事だけど、エドモンド……えっと、隣国から訪れた剣士が、エルフ族がこの国にいるという噂を聞いて探しに来ていたの。お父様がご病気で、癒し手でも治らないらしくて」
「ふーん?」
レイナはディアナがその剣士のことを親しそうに名前で呼んだので、二人の関係を思ってニヤリとした。
こうして、ディアナの森での生活が始まった。




