13 ディアナは森に入る
ディアナは街道を外れ、アルファーノ公爵家の所領へ向かう道があるはずの東へと草原を歩いていた。
しかし、いくら本から得た知識があると言っても、一人旅をしたことが無い貴族のお嬢様であることには違いない。
歩いていると、自分の考えが甘かったことに気が付く。
普段から体を鍛えているわけでもないので疲れてくるし、足もだんだん痛くなってきたのだ。
――疲れたわ。
やっぱり、さっきの街道で通る馬車を待っていたほうが良かったかしら。
それに日も傾き始めているのに、まだ目的の街道も人が住んでいそうな集落も見えてこない。
そして何よりも、このまままっすぐ行くと前方には大きな森が広がっていることがディアナを不安にさせていた。
――東の街道は、あの森の手前にあるのかと思っていたけど、どうやら違うみたいね。
という事は、森の向こう側なのかしら。
森がどこまで続いているのか、ここからではよくわからないわ。
迂回するにしても、どこで森が切れているかもわからない。
あの森を突っ切る以外に方法は無いのかしら。
どうしよう。
お腹もすいてきたわ。
ちょっとここで休憩して、この後どうするか考えよう。
ディアナは岩に腰掛けて、昼の残りのパンなどを取り出して食べ始める。
――今頃屋敷の台所では皆のディナーを作っているのかしら。
今日のデザートはなにかしら。
屋敷の料理が恋しいわ。
ディアナは、持ってきたパンを一つだけ食べて、あとは明日のために残しておいた。
そして水筒の水を飲む。
――もうすぐ夕方になるわね。
やっぱり、夜に歩くのは危険よね?
ネックレスのおかげで魔物に襲われる心配は無そうだけど。
どこかに休める家はないかしら。
物語で読んだ冒険者なら、こんな時どうするんだっけ。
川を探して、薪を集めて火をたいて野宿するの?
でも火を見られて、盗賊が来たらどうしよう。
待って。
私の場合ネックレスがあるから、魔物より盗賊の方を注意した方がいいわよね。
それなら、森の中の方が安全じゃないかしら。
魔物がいる危険な森なら、盗賊もいないかもしれない。
もしかしたら、運よく魔物討伐に来た冒険者に出会うかもしれないわ。
そうしたら、癒し手として仲間に入れてもらって、どこかの町まで一緒に行動できないかしら。
ディアナは冒険小説などの本から得た知識しかないので、近年ではこのあたりの治安は良いことまでは知らない。
それに、冒険者の事を少し美化して考えている様だ。
――よし。
あの森にこのまま入ってみよう。
冒険者に会えればよし。
会えなくても、そのまま森を突っ切れば、きっとうちの所領に続く街道に出るはずだわ。
ディアナは食事を終えると再び歩き出し、森に近づいていく。
森の入り口までやって来ると、ちょうど夕日が背後から差し込み森の中を照らして明るくなっている。
木と木の間隔もある程度あいており、見通しもよさそうだ。
先ほど感じていた不安はだいぶ薄くなっていた。
――何とかなりそうだわ。
ディアナは、そのまま森に分け入っていった。
しかし、人の入らない森は地面が踏み固められていない。
朽ちた葉が重なったところは柔らかく、また木の根が出ているところもあり、足がとられそうになる。
――歩きにくいわ。
やはり、森に入ったのは失敗だったかしら。
さらに、遠くからオオカミの遠吠えが聞こえてきた。
――またオオカミの魔物?
この森にもいるの?
いやだわ。
着ている服は庶民の服と言っても女性物の街着だ。
くるぶしのあたりは露出しているし、手袋もしていないから、葉や枝などで手足に傷がついた。
――もういや。
早く、森を出たい。
しかも、辺りはさらに暗くなってくる。
――ああ、もう日が暮れるわ。
どうしよう。
どこか、寝る所を探さないと。
でも、もうだめ。
疲れたわ。
ディアナは大きな木の根元に座り込んだ。
しばらくそうしていると、近くの低い草木の葉が揺れて、その間からオオカミの魔物が顔を出す。
そして、ディアナを取り囲んだ。
今回は六匹ぐらいだが、先ほどと同様に結界が自動的に張られたようで、魔物たちはディアナに一定以上近づけないでいた。
――ああ。またなの?
でも結界があるから……。
ディアナは魔物が結界を破れないことをわかっているので、今度はあまり緊張はしなかった。
座ってぼーっとしていると、色々なことが頭をよぎる。
――私はなぜここにいるのかしら。
そもそも、バルサノ公爵が私を追放にしたのよね?
そして、殺そうとしたのもバルサノ公爵。
もしかして、ジェラルドに新しい結婚相手が出来て私が邪魔になった?
それなら、許嫁を破棄するだけでいいはずよね。
許嫁……。
あっそうか。
バルサノ家に殺されそうになったんだから、ジェラルドとの許嫁の関係はこれで終わりってことよね?
なんか、せいせいしたわ。
でも、命を狙われる理由がわからない。
私が悪役令嬢になったから?
待って。
聖女の噂も、元はと言えば誰かがお父さまを暗殺しようとしたからじゃない。
暗殺しようとしたのは、きっとバルサノ家だわ。
さっき私がバルサノの兵士に殺されそうになったのがいい証拠じゃない。
きっとバルサノは、うちを潰そうとしているんだわ。
もし帰れたら、見てなさい。
と言っても、いつ帰れるか……。
それに、なんか眠くなってきたわ。
ディアナは歩いてきて疲れていることもあり、そのまま居眠りをしそうになる。
実は、魔法に目覚めたばかりの彼女の魔力量は多いとは言えない。
眠くなったのは、ネックレスによる結界で魔力量が減っているのも原因だった。
やがて、魔力が切れ始めて結界が瞬き始める。
ほとんど透明な結界だが、瞬くことでその存在が分かった。
――あっ。
これって結界が切れるの?
まずいわ。
ディアナは眠気が吹き飛び、最後の力を振り絞って急いで立ち上がるが、周りにはオオカミの魔物たちが取り囲んでいて逃げ場がない。
体力も限界で、立てはしたものの後ろの大木に背を預けるのがせいぜいだ。
――私、こんなところで死んでしまうのかしら。
せめて、バルサノ公爵をギャフンと言わせてやりたかったわ。
……でももう、体力も魔力も限界……。
ディアナが諦めかけたその時だ。
どこからか、木の間を抜けて光の玉が飛んできた。
「きゃ!」
ディアナはとっさに手を顔の前にかざす。
ところがその光の玉は、ディアナにぶつかるかと思いきや少し手前で止まった。
続いてその玉は、今度は空中に浮かんだままどんどん膨らんでいく。
――なんなのこれ?
光はさらに大きくなり、ディアナを包み込み、さらに周りの魔物も飲み込んでいく。
オオカミの魔物たちは危険を感じたのか、逃げようとしたが遅かったようだ。
その光に触れたオオカミの魔物が悲鳴を上げた。
キャイ~ン
キャイ~ン
ディアナが覚えていたのはそこまでだった。
魔力欠乏と疲れにより、ディアナは後ろの大木にもたれかかるような形で倒れこんだ。
ディアナを包んでいた光はそのまま膨張していき、逃げ遅れたオオカミの魔物たちはその光に触れて消滅していく。
しかし、魔物は消滅するがディアナには影響は無いようだ。
それどころか先ほどまで手足にあった小さな傷が、いつの間にか治っているようだった。
おそらくこの光は、人間に対しては癒しの効果があるのだろう。
魔物たちが消滅していなくなると、その光は突然消えた。
すると人影が、森の木々の間から歩いて現れる。
もう夜なので、その人物が腰に付けているランタンの光で、体の部分はかろうじて見えているが顔は暗くてよく見えない。
衣服は狩人のような格好で、魔物などの革で出来ている上着を着ている様に見えた。
その人物はそのままディアナに近づき、持っていたランタンをディアナの顔に近づける。
「おやおや。精霊が騒いでいるから来てみたら、女の子が一人でこんなところにいるとは」
その人物の顔が、手に持ったランタンの光によって浮かび上がった。
二十代ぐらいの女性だが、耳がとんがっている。
エルフだった。
背格好は普通の人間の女性と同じぐらいで、容姿はとても美しく神秘的だ。
そのエルフの女性は倒れているディアナの横に腰を落とし、ディアナに声を掛ける。
「おい。大丈夫か?」
ディアナは気を失っているようで、返事は無い。
「これは、魔力欠乏と疲れか。しょうがない。担いで家に連れていくか。『身体強化』」
エルフの女性は身体強化魔法が使えるようだ。
身体強化魔法というのは、魔力によって体の防御力を高めたり、筋力を上げることが出来る魔法だ。
それによって、自分の本来の力の何倍もの力を出すことができる。
彼女は自分に魔法を掛け終わると、ディアナを両腕に楽々と抱き上げ、そのまま来た方に戻っていくのだった。




