11 ディアナは追放される
翌朝は、バルサノ家が用意した馬車がディアナを屋敷に迎えに来た。
その馬車の前を馬に乗った四人の兵士が先導し、後ろは二人の兵士が守る形でついて、計六人で修道院までの護衛をするようだ。
街道沿いに出る魔物は騎士団や冒険者が駆除しているので、通常であれば護衛の兵士の数はもう少し少なくても大丈夫だろう。
しかし今回は、オレガの宿場町のあたりで狼型の魔物が目撃されていることを考慮して、人数を多めにしたに違いない。
そしてバルサノ公爵が御前会議で言った様に彼らが精鋭であれば、もし魔物の襲撃があったとしても相手が十数匹程度なら十分対処できるはずだ。
ディアナや見送りの家族たちが屋敷から出てくると、隊長格の兵士が挨拶した。
「バルサノ家の兵士長タッソと申します。私が修道院まで責任を持ってお嬢様をお送りいたします」
兵士長であれば、剣の腕は王宮の並の騎士たちを上回るだろう。
バルサノ家が精鋭をつけると言ったのは本当の様だ。
他の兵士たちが玄関先に用意してあったディアナのトランクを馬車に載せ、その間に家族とディアナがしばしの別れの言葉を交わす。
「ディアナ。体に気を付けるのだぞ」
「ディアナ。手紙を書いてちょうだいね」
「もぅ。ちょっとふざけたぐらいで追放だなんて。あの人も自分の義妹になるのに追放の決定を覆せないなんて、情けないんだから」
父親、母親、アンナの順だ。
アンナは、会議に同席していた王子がディアナをかばい切れなかった事に怒っている。
公爵もアンナに対しては、ディアナが王子の前でふざけた程度にしか伝えていないのだろう。
「お姉さま。私は修道院の生活にあこがれていましたの。ですから、かえって良かったと思っていますから、殿下とは喧嘩をされないようにしてくださいね」
「大丈夫よ。私たちの結婚式までには戻してもらって出席できるようにするから。それまで体に気を付けるのよ」
「はい」
兄のオスカルとは、兄が王宮へ出仕する前に挨拶は済ませていたし、ソフィアとは自分の部屋を出る際に別れは済ませてあった。
父親が言い忘れたことがあったようだ。
「そうだった。もし旅の道中で魔物が出てきたら、馬車から出ないでじっとしているんだぞ」
――お父さまは、心配症ね。
もらった魔物除けのネックレスもしているのに。
「はい。それでは、行ってまいります」
ディアナは最後に、家族の後ろに他の侍女と一緒に控えているソフィアの方を見る。
ソフィアは、やはり少し涙目のようだ。
ディアナは笑顔でソフィアに向かって頷くと、出発の準備が終わっている馬車へ向かった。
「では、よろしくおねがいします」
ディアナはドアを開けて待っていたタッソにそう言って、手を貸してもらい馬車に一人で乗り込む。
家族や侍女たちが見送る中、ディアナを乗せた馬車は公爵邸を出発した。
ディアナはジェラルドと許嫁だから、このままいけば将来はバルサノ家に嫁ぐことになる。
だから、アルファーノ公爵もバルサノの兵が無事にディアナを送り届けてくれると信じている。
そのため、誰かにこっそり後をつけさせて見届けさせる様なことはしなかった。
馬車は王都の大通りを南へ進み、ディアナは馬車の窓から街並みを眺めていた。
貴族街にあるなじみのレストランやドレス店などの前を通り過ぎる。
――しばらく、王都には戻ってこれないわね。
チロルの修道院の料理はおいしいかしら。
そして町を歩くカップルを見て、一昨日の事を思い起こす。
――アロルド殿下はいったい何を考えているのかしら。
婚約者である姉がいながら、私をもらうとか言ったり、私の靴に本当にキスをしようとするなんて。
やっぱり節操がないのかしら。
このまま王都に残って殿下からの求愛を断るのも骨が折れるし、ちょうどよかったわ。
でも、追放になったことによって、夢とは違う方向へ動き出しているのはいい傾向ね。
王都の南門を出ると、辺りは小麦畑が続いている。
王都の周りは騎士団が定期的に魔物を駆除しているので安全だから、農民も何の気兼ねなく畑仕事をしていた。
――平和だわ。
このところ何かと気を使う事が多かったし忙しかったから、こういう景色は和むわね。
ディアナは普段は王都で暮らしていて王都の外に出る事はあまり無いのだが、ゼロというわけではない。
王都に住む貴族たちは時折自分の所領に帰るので、家族と一緒の馬車の旅は何度か経験したことがある。
なのでディアナも、馬車で旅をすることについては特に不安に思うことはなかった。
――旅自体は別にいいのだけど。
なにかしら、この感じ。
家族やソフィアと一緒ではないから不安なの?
不安というよりこれは胸騒ぎというのかしら。
お父さまが、チロルの修道院の近くには魔物がよく出る森があると言っていたわね。
もしかして、魔物が来るのかしら。
これは、ディアナの聖女の素養からくる予知のようなものかもしれない。
しかし今は、それが何かとういことまではわからなかった。
馬車は街道を南西へ進み、やがて人気のない土地に出る。
昼頃になると途中の村で昼休憩を入れ、その日の夜はオレガの宿場町で宿に泊まった。
ここまでは、特に何もなかった。
二日目の昼だ。
森に近い草原のあたりでディアナを乗せた馬車が街道を外れ、少し森に近づいたところで止まった。
森からは二百メートル以上離れ、街道からは五十メートルほど外れた平坦な場所だ。
タッソがやって来る。
「この辺りには村がありませんので、ここで昼の休憩をとります」
「そうですか」
兵士たちが簡易テーブルなどを馬車から下ろして、昼食の準備を始める。
そのテーブルの上に、前の宿で用意してもらったパンや肉、飲み物などを並べていた。
「荷物は下ろしますか?」
タッソがそう聞いたのは、貴族の女性は昼食後に化粧を直したりすることがあるからだ。
「では、茶色のトランクだけお願いします」
ディアナはまだ若いからそれ程化粧をしているわけではないが、食後に口紅ぐらいは直すかもしれない。
「はい」
簡易テーブルは二つ用意され、一つはディアナ用。もう一つは兵士たち用だ。
ディアナは用意された自分のテーブルの席に座り、出された昼食を食べ始める。
しかしここで、何か違和感を感じた。
――この味……。
気のせいかしら。なにか変な気がする。
それから数分も経っていないだろう。
ディアナの耳に、かすかだが甲高い音が聞こえたような気がした。
――何かしら。
耳鳴り?
その直後、見張りをしていた兵士が叫ぶ。
「魔物だ!」
――え?
魔物?
「見てきます。ここにいてください」
タッソはディアナにそう言って、他の兵士たちとともにその場を離れた。
しかしディアナも、魔物が来るというのに落ち着いて座ってはいられない。
ディアナも席から立ち上がってそちらの方へ見に行こうとすると、途中で体が言う事を聞かなくなった。
――あっ。
そのまま、地面に倒れこむ。
離れたところからタッソの声が聞こえてきた。
「やっと、毒が効いたようだな」
――えっ? 毒?
といことは、さっきの味。毒だったの?
でもどうして……。
「麻痺性の毒ですから、回りが遅かったのでしょう。しかしこれで、しばらくは立ち上がることはできないはずです」
と、副長の声。
「では、彼女はこのままにしてすぐにここを立ち去るぞ。笛を吹いたから、まもなく魔物が襲ってくるはずだ」
「はい」
――今、魔物が襲ってくるって言った?
待って!
置いていかないで!
先ほど聞こえた耳鳴りのような高い音は、兵士が吹いた犬笛の様な物だったらしい。
しかし、ディアナは「魔物が襲ってくる」という部分があまりにショッキングだったために、その前にタッソが言っていた「笛を吹いた」という事の意味を考えられるほどの余裕はなかった。
やがて、馬やディアナが乗ってきた馬車が離れていく音がする。
魔物が来るというのに、体が動かない状態で置き去りにされたのだ。
――行ってしまったの?
でも、何が来るというの?
あっ、そうか。
街道の近くだから一角ウサギかもしれないわね。
角で突かれると痛いけど、それほど心配はいらないかもしれないわ。
ディアナは、最近この辺りにオオカミ型の魔物が出没するのを知らなかった。
――でもこれって、置き去りにされたのよね?
どうして?
そうこうしているうちに、ディアナは次第に意識が虚ろになっていくのを感じていた。
――なんか、だんだん頭が回らなくなってきたみたい。
いつまで……こんな。
そうだ、私には癒しの力があるのよ。
まずは体の毒を解毒して……。
すると、遠くから何か動物の荒い息遣いが聞こえてきた。
倒れているディアナの方へ、オオカミ型の魔物が走って来るのだ。
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そのころタッソたちは少し離れた丘まで進むと立ち止まり、置いてきたディアナの方を馬上から振り返った。
森から魔物が出てきて、予定通りディアナに向かうかを確認するためだ。
先ほど見張りの兵士が「魔物だ」と叫んだのは、予め決めていた魔物の注意を引く笛を使ったという合図であり、その時はまだ魔物の姿は確認できていなかった。
最近このあたりでは、街道を通る商人がオオカミ型の魔物に襲われるという事件がよく起きているので、笛によってその魔物を森から誘い出し、ディアナを襲わせて殺すことが今回の目的だ。
つまり、不幸な事故に見せかけてディアナを殺したいわけだが、もちろんこれはバルサノ公爵の命令だった。
おそらく、御前会議でバルサノ公爵がディアナの修道院行を急がせたのは、魔物たちが冒険者に討伐される前にここに来させたかったからだろう。
そして今回ディアナに使ったのは麻痺毒で、それだけで死ぬわけではない。
もし猛毒を使って死体が残っていたら、猛毒特有の変色がおこって毒殺だとバレる恐れがあるからだ。
だがもし、しばらく経っても魔物が出て来なければ、タッソは自分たちの手でディアナを始末するつもりでいた。
その時は、盗賊の仕業にすればいい。
しかし、この辺りでは最近は盗賊が出たという話が無いので、できれば魔物の仕業にしたかった。
そして、護衛の兵士が無傷で帰っては怪しまれるので、アルファーノ家への報告の際は一人だけが生き残って命からがら報告に戻った、ということにする予定だ。
「イエローファングは十匹ほど出てきましたね」
「これなら、綺麗に食べてくれるだろう」
副長が言って、タッソが応えた。
ディアナはまだ倒れたままだ。
仮にディアナが癒しの力で体の毒を自分で解毒することが出来たとしても、今からでは足の速いオオカミ型の魔物からはもう逃げられないと思われる。
「しかし、血の付いた古い鎧や剣などをいくつか置いてきましたが、あれでアルファーノ家を騙せるでしょうか」
「自分たちの中にうちのスパイがいるのにも気が付かないアホどもだ。あの娘の骨か血の跡さえ残っていれば、それに気を取られて我々の事までは頭が回らないだろう」
置いてきた鎧や剣は、この六人も魔物に襲われた様に見せかけるための小道具だ。
アルファーノ家の者がここに探しに来た時に、それを見つければ騙しきれるだろうと言うわけだ。
兵士の死体は見つからなくても、魔物が森の中の巣に持っていたと思ってくれるだろう。
「しかし、閣下もむごいことをなさる。彼女はジェラルド様の許嫁なのに。それに昔は政敵といえども、もう少し穏やかな方法で排除していたものを」
「閣下は、許嫁についてはいずれ破棄するおつもりだったようだ。そして今回は単なる政争ではなさそうだが、俺たちが気にすることじゃない」
「そうでした」
「皆、わかっているな? ディアナ嬢は偶然に出てきた魔物に襲われて亡くなった」
タッソは部下の兵士たちに念を押した。
「はい」「了解です」
兵士たちが頷いた。
「よし。では、魔物が彼女を食べ終えて、我々を次の標的にする前にここを去るぞ」
「はい」
タッソたちはディアナがこの後魔物に襲われることを確信して、王都方面に引返して行くのだった。
ディアナがもらった結界を張れるネックレスは、遺跡から出た物で市販はされていません。
なので、バルサノ家もその存在にまでは気が付かなかったというわけです。




