10 御前会議でディアナは処罰される
翌日の午前中。
王宮の会議室では定例の御前会議が行われていた。
出席者は王様を始め、二人の公爵や大臣、第三騎士団長など。
アロルド王子も後学のために出席していた。
ディアナの兄オスカルは第一騎士団の騎士団長だが、この会議は何人かいる騎士団長たちが持ち回りで出席しているために、今日は出席していない。
大臣が議事を進行する。
「魔物出没の報告があります。場所は宿場町オレガの付近で、魔物の種類はイエローファングと呼ばれているオオカミ型の魔物です」
「数は?」
第三騎士団長が聞いた。
「約十から十五ですが、あの辺りは先月魔物の駆除が終わったばかりです」
「山から下りてきたのでしょうな。その数ならば騎士団が出るまでもなく、冒険者ギルドに報奨金を出して任せればいいでしょう」
大臣は会議に出席している面々の顔を見回す。
誰も異議は無いようだ。
「では、そのように」
冒険者という職業がある。
元々は、魔物の巣くう遺跡などを探検して宝を探す者たちを冒険者と呼んでいたが、今では報酬で魔物の討伐をしたり、商人の護衛や薬草の採取、雑用なども行っている。
その彼らに仕事を斡旋して管理しているのが冒険者ギルドだ。
王都の周辺は騎士団が定期的に魔物の駆除を行っているが、王都から離れたところに騎士団が討伐に出向くとなると、宿泊費やら遠征の経費がかかる。
討伐する魔物の種類や数にもよるが、今回の場合は冒険者で対応できる魔物だし、その地方の冒険者に討伐依頼を出した方が安く上がるのだ。
「では次の議題です。バルサノ公爵殿から上がっております、ディアナ・アルファーノ殿の……処罰の件です」
大臣がそう言って、二人の公爵の方をチラリと見る。
「何ですと?」
アルファーノ公爵が、予期せぬ議題にとまどった。
「ディアナ殿がアロルド殿下をひざまずかせようとしたこと。そして、ジェラルド・バルサノ殿が人前で侮辱されたとあります」
「殿下に対する態度は、王族侮辱罪に当たります」
と、バルサノ公爵。
「昨日の事ですか? あの事については、私は気にしていません。私も彼女の戯れに少し付き合っただけです」
王子がディアナを擁護した。
「王子はこのように申しておるが」
王様がそう言って、バルサノ公爵の方を見る。
「しかし、皆の前で行われては示しがつきません。王家を侮る輩が出てくる可能性があります」
「皆、彼女がいずれ義妹になると知っているので、大丈夫なのでは?」
と、王子がまたもや。
「では、息子を人前で侮辱した件があります」
「あれは、侮辱という程ではなかったと思うが。それにディアナが噂通り聖女であれば、ジェラルドはもちろん、私に対する侮辱罪は成立しないでしょう」
バルサノ公爵の眉間に少しだがシワが寄る。
実は王子の母はバルサノ公爵の妹だ。
甥でもある王子が、自分の意見にここまで逆らうような態度をみせるとは思っていなかったのだろう。
最近はバルサノ公爵と甥である王子の仲は疎遠になっているようだ。
だからジェラルドも、父親に王子がディアナに執心であることを教えれば、王子を取り込むためにディアナを王子に渡すような工作をするかもしれないと危惧したわけだ。
「しかしアルファーノ殿は、ディアナ殿が聖女ではないと皆に言っているらしいではないですか」
バルサノ公爵は、なんとしてもディアナを排除したいらしい。
アルファーノ公爵が聖女の噂を消そうと動いていたことが、ここでは裏目にでたようだ。
「どうなのだ?」
と、王様がアルファーノ公爵に。
アルファーノ公爵は、いまさら聖女ですとは言えない。
「それは……」
しかし、王子が予想外にディアナをかばうので、バルサノ公爵も想定していた処罰とは別の案を持ち出すことにしたようだ。
「私は何も重罰を下せというのではありません。しばらく修道院で修行し、もう少しおしとやかになられてはと思うのです。それに、ディアナ殿は聖女でなくとも癒しの力はあるそうではないですか。修道院なら治療の練習も思う存分にできます」
バルサノ公爵が思ったより軽い処罰を提案したので、そのぐらいであればいいのでは、という空気がその場に流れ始める。
ディアナはバルサノ家のジェラルドと許嫁なのだし、将来の義父としてディアナにはお転婆なところを今のうちに直して欲しいという事だろうと、皆が思い始めたようだ。
「まあ、練習で民を治療するのであれば、王国の為にもなる。それぐらいであればいいのではないか?」
王様がアルファーノ公爵に言った。
しかし本来なら、アルファーノ家は王家の分家なので、同じ公爵家でもバルサノ家よりも格が上だ。
それを考えれば、ディアナがジェラルドを侮辱したところで、そもそも罪に問われることは無いはずだ。
王子も自分に対する不敬は問わないと言っているのにもかかわらず、今回王様はバルサノ公爵の意見を尊重したように思える。
実は過去にも、王家がバルサノ家の肩を持ったことは度々あったことをアルファーノ公爵は思い出していた。
特に強く記憶に留めているのは、二十一年前の出来事だ。
現在の国王が王子の時に嫁を貰う際の話だが、同じぐらいの年頃の娘がアルファーノ公爵家と、当時は侯爵家のバルサノ家にいた。
王子はアルファーノ家の娘と許嫁だったのだが、突然それを破棄してバルサノ家から迎え入れたのだ。
その時の国王の言い分は、アルファーノ家では血が濃すぎるという事だったが、どうやらバルサノ家から多額の上納金を貰ったらしい。
その婚姻によって、バルサノ侯爵家は公爵家に格上げされた。
そしてその時に王家に嫁入りしたのが今のバルサノ公爵の妹で、現王子の母になる。
もちろん上納金の名目は持参金だ。
当時は王宮の改築で王家の台所は火の車だったので、アルファーノ家も渋々飲んだという事があった。
王家は財政難が常態化しており、アルファーノ公爵はおそらく今回も何かの名目で金をもらったのだろうと思い始めている。
「アルファーノ公爵殿はどう思われますか?」
大臣が聞いた。
さすがに、公爵が王の意に背くわけにもいかない。
それにおそらく王様も、軽い処罰ぐらいならいいだろうと思っているようだ。
王様はバルサノ家の肩をもったとしても、分家のアルファーノ家の事も少しは気遣ってくれているようなので、ここで無理にごねて関係を悪くするのは得策ではなさそうだ。
「陛下がそうおっしゃるのであれば」
王子も少し不満そうではあるが、これは国王の意思だと思われるので、もう何も言わなかった。
「では、ディアナ殿は修道院でしばらく修行ということでよろしいですね? それで、修道院は……」
「王都の……」
アルファーノ公爵が王都の修道院を提案しようとしたところを、バルサノ公爵が遮った。
「チロルの修道院がよろしいかと」
アルファーノ公爵が慌ててバルサノ公爵を問いただす。
「まて。なぜあんな遠いところに? しかも、あの修道院の近くの森は、魔物がよく出るという話ではないか」
「しかし、あの修道院は高い塀で囲まれているので、今まで魔物に襲われた者は出ていない。それに王都の修道院では、今までの生活と大して変わらないから修行にならないのでな」
王都の修道院は町中にあり、外に出て買い物などを楽しむこともできる。
さらにアルファーノ公爵の屋敷からもそう離れていないので、やろうと思えば歩いて帰ることもできる。
「……これでは体のいい追放ではないか」
アルファーノ公爵が独り言を言った。
バルサノ公爵はアルファーノ公爵の独り言を無視して続ける。
「ああ、そうだった。修道院への護送はうちで引き受けよう」
「なぜだ」
「他の者ではディアナ殿を逃がして、アルファーノ殿がどこかにかくまうやもしれない」
「そんな事はしない。それにチロルに行くには、先ほどの魔物が出たというオレガのあたりを通るではないか」
「なので、うちの精鋭を付ける。なに、心配はいらない。ディアナ殿は将来はジェラルドの嫁になる身だ。無事に送り届けるさ。それで、出発は明日でいいな?」
「むぅ……」
数時間後。
アルファーノ公爵邸では、公爵の書斎にディアナが呼ばれていた。
「ディアナ。呼ばれた理由はわかっているか?」
父親は真剣な顔をしているが、怒っているわけではないようだ。
「昨日の件でしょうか? 聖女候補にされないように、パーティの会場で悪い女のフリをしました」
「しかし、少しやりすぎたようだ」
「と、言いますと?」
「なぜかバルサノ公爵がだいぶ怒っている。王子はお前をかばってくれたのだが、陛下がバルサノ公爵に押し切られて、結局お前を王都から追放することになった」
父親は王家の暗い部分。バルサノ家から上納金があったかもしれない、という話は娘にはしたくなかったので、それは言わなかった。
「バルサノ公爵が?」
「お前が人前で王子を侮辱したとか、ジェラルドが人前で侮辱されたとか言っていたな」
――侮辱かー……。
ちょっとやりすぎたかしら。
でも、殿下だってひざまずく前だったのに、あれぐらいの事で追放になるなんて。
でもこれって、殿下と距離を置けるチャンスかもしれないわ。
「しかし、それは好都合かもしれません。それでどこに? うちの所領の屋敷で謹慎とか?」
「いや。それなら良かったのだが、チロルの修道院で修行という事になった」
「チロルの修道院? ですか?」
「王領の南のはずれにある修道院で、王都からはだいぶ離れている。だから、知っている者は少ない」
「わかりました。そこに行けばいいのですね?」
「護送をうちでしようと思ったら、ここでもバルサノがしゃしゃり出てな。お前を逃がすといけないからと言って、バルサノ家が送ることになった。出発が明日になったのも、同じ理由かもしれない」
「明日ですか? でも逃げるって、まさかそんなにひどい所なのですか?」
「修道院としては普通だが、近くに魔物が多く生息する森があって、下手に外に出ると危険なのだ」
「そういう事ですか」
「そこで万が一のために、これをお前に渡しておく」
父親は机の引き出しからネックレスを取り出して、ディアナに渡した。
「これは?」
「いつも首に下げておきなさい。魔物除けの力がある。魔物が近づくと、付けている本人の魔力を使って魔物除けの結界を張ってくるれる」
「そんなものが?」
「これは遺跡から出たものだ。おそらく古代のエルフが作った物だと思われる」
「エルフが……わかりました。ありがとうございます」
「ほとぼりが冷めたら、すぐにでも呼び戻す。修行なのでソフィアも連れて行くことは出来ないが、それまでは修道院の外に出ずに辛抱していてくれ」
「はい」
「あとはこの手紙を、向こうに着いたら修道院の院長に渡してくれ。中央教会の司教からの手紙で、今回のお前の待遇などを指示する内容だ。なるべく便宜を図ってもらえるように書かれている」
「わかりました。ありがとうございます」
ディアナは自分の部屋に戻ると、ソフィアに修道院へ一人で行くことになった話をして荷造りを手伝ってもらう。
「急な話だけど出発は明日みたいだから、今日中に準備を済ませないと」
「お嬢さま。私は一緒に行けないのでしょうか」
「ダメみたい。修道院での修行だから、一人で全てをやらないといけないみたいなの」
「そんな。お嬢様は一人でお着替えもできませんのに」
「そんな事はないわよ。着替えぐらいできるわ」
「髪をとかすのも……」
「それもできるわ」
「でも……」
ソフィアの目に涙が浮かんでいる。
ディアナはソフィアの手を取る。
「泣かないで。私は大丈夫よ。ほとぼりが冷めたら、お父さまがすぐに呼び戻してくださるみたいだから」
「お嬢様……」
「さて。修道院だから、あまり豪華な服をっ持って行っても着る機会はないし、どれを持って行こうかしら……そうだわ。先日着た庶民の服も持って行こうかしら」
「はい……」
ソフィアがトランクに服や身の回りの物を詰めていった。
荷物を詰め終わると、ソフィアが説明する。
「では、化粧道具や身の回りですぐに必要になる物は、茶色のトランクに入れてあります。黒いトランクの方はいざという時の正装用のドレスなどが入っています」
「正装をする事があるかどうかわからないけど……一応用意はしておいた方がいいかもしれないわね」
突然の王族の来訪などがあるかもしれない。
「それと、庶民の服は茶色の方に入れてありますので」
「ありがとう。あとは……アリーチェに手紙を書いておくから、暇なときに届けてもらえる?」
「わかりました」
友人のアリーチェも心配するだろうから、修道院行になり王子から離れられることになってかえって良かったと思っている事や、もう悪い噂を流す必要がなくなったという事などを書くつもりだ。
そしてディアナはせっかく王子と離れることが出来たので、修道院で癒しの力を使う際には、聖女かもしれないと思われないようにうまくやるつもりでいた。
ディアナは追放になりますが、この後色々あって、ここからが冒険の始まりになります。




