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第五話 反撃の時間です!

 肺まで凍り付きそうな外気を目一杯吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 呼気は白く、どこまでも広がっていく。

 軍帽の位置をただしたレーア・レヴトゲンは、壇上へと立ち、空を見上げる。


 なにもかもが敵であったこの永久凍土において。

 この瞬間に限って、彼女をして「厄介だ」と言わしめた吹雪は、なりを潜めていた。

 好機と呼ぶしかない天候。

 視線を落とせば居並ぶ朋友たちの姿。


「総員傾注!」


 ハーフリングの副長、クリシュ准尉が号令をかけると、全員が直立不動の姿勢を取る。

 レーアは小さく顎を引き、その豊かな声量で第一声を放った。


「諸君、凍り付いた地べたと魔族、そして毒に支配されたこの地獄で、今日まで奮戦を果たしてくれた連隊員諸君。私はまず、諸君らに敬意を払う。胸を張れ、貴官らが賭けた命の価値が、束ねた信念が、今日という日、魔族どもの喉笛を食いちぎるのだ」


 よく耐えてくれたと、彼女は心の底から思っていた。

 目に見えない毒へと怯えながら、塹壕すら構築の難しいこの凍土において、彼らはひるむことなく戦い続けた。

 命を使い捨て、魔王軍が凍土より先へと進行する事態を、見事に防いだ。


 見慣れた顔の数名が既にいないことを悟って、レーアは一瞬懐古の情に囚われたが、すぐさま振り切る。

 大事なのは、いまを生きる彼らの命。

 その使いどころなのだから。


「我々は戦ってきた。国に尽くし、家族や仲間たちが明日を生きられるように全てを使い潰し、戦い続けてきた。喜べ、諸君らが努力は、無駄ではなかった。我らが献身は、無為ではなかった! 強制収容所は、姿を変えたのだ!」


 無意味に命が潰れるまで放置され、ただ収容され続けるだけの施設は。

 いまや魔剣の一大製作所として、各地にて機能を果たしている。

 汎人類軍において、亜人の地位の一歩目が、確かに築かれていた。


「総員、装具点検。貴官らの腰部に輝く魔剣は、同胞(はらから)が託してくれたものである。これは必ず、我らを卑劣なる毒息(ブレス)より守るだろう。千の軍勢何するものぞ、邪知を断つ刃は此処にある!」


『応!』


 相槌は大きく、意気軒昂。

 レーアは満足したように頷き、作戦の概要を改めて説明する。


「魔族連中は、我々が対策したことを知らない。これまで同様、塹壕を乗り越え、毒息をばら撒いてこちらの命を奪いに来るだろう。――が、そうはいかない。逆にその命を刈り取ってやれ。準備は既にして万全だ」


 彼女の視線は、ドワーフの工作部隊へと向けられる。

 ダーレフ伍長も所属するこの部隊は、酩酊魔術や土霊魔術の発動に長ける。


「思えば、諸君らにはこれまでも随分と無理難題を押しつけてきた。此度(こたび)もそうだが……しかし、貴様らならば容易に乗り越えられると信じている。なに、街へ出て意中の人物を口説き落とすより、よほど簡単であろう?」


 違いない。

 それは連隊長も同じでは?

 馬鹿を言うな、連隊長にはよいひとがいるのだ。

 それは残念。

 残念か?


 などと、兵士たちの笑い声が響く。

 (したた)かな部下を持ったと、レーアは改めて感謝の念を強くした。

 死地に赴くにあたって冗談を飛ばせる太い神経の持ち主は、それだけで頼りに値する。

 震えて士気を著しく下げるような者は、もとより戦地になど向いていないのだ。


 ゆえにこの場には、生粋の戦士(もののふ)だけが集っていた。

 覚悟を完了した者たちだけが、これより戦場へと進む。


「諸君。223不死身連隊の盟友諸君。重ねて告げよう。私は、諸君らを誇りに思う。ジーフ死火山攻略戦より、よくぞここまで付き従ってくれた。安心しろ、あのときよりはよほど勝ち目のある戦いだ。魔術掃射の雨に耐えるよりも、毒沼を渡る方が如何にも安全だ。ゆえにこそ、気を引き締めろ。私たちが生き延びれば――」


 それだけで、収容所の同胞達に価値があると認められるのだから。

 彼女がそう続ければ、ヘラヘラと笑っていた総員の顔つきが、途端に精悍なものへと変わる。

 新兵だったものたちも、激戦を経験していっぱしの兵士となっていた。


 ――行ける。


 確信とともに、レーアは開戦の口火を切った。


「さあ、配置につけ。一騎当千の戦士たち、万夫不当の戦鬼たちよ! 傲慢無礼な蛇どもの、魔眼を残さず狩り尽くしてやろうではないか!」


 否定の声は上がらず。

 ゆえにこそ、レーアは拳を突き上げる。


「ヒトに、亜人に――汎人類連合軍に、勝利のあらんことを!」

「「「応ッ!」」」


 アシバリー凍土戦役、最大の戦いが。

 いま、幕を開けようとしていた――


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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ですが、「あ〜しばれる〜凍土」だと思って読んでます。
[一言] どこぞの某少佐しか浮かんでこないけど、開戦前の演説を書ける作者さんてすごいとおもう
[良い点]  亜人の待遇向上を目指して戦っている連隊の人たちが、強制収容所の待遇改善という大きな成果を確認できて本当によかったです。凄く嬉しかったでしょうね。この希望をさらに未来へ繋いでほしい。彼らの…
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