第二話 パルメの看病です!
パルメは付きっきりで看護に勤しんだ。
昏々と眠り続けるエイダの側を片時も離れることなく。
包帯を変え、固く絞ったタオルで身体を拭き、絡まった髪の毛をほどいて。
毎日毎晩、献身的な看病へと明け暮れた。
その手際は日増しに上達していき、看護士たちから褒められすらした。
パルメは頑張った。
しかし、エイダの薫陶を受けて鍛え上げられた体力も、無尽蔵ではない。
張り詰めていた少女は、やがて限界を迎え、寝こけてしまい、
「おはようございます、パルメ・ラドクリフ訓練兵?」
そんな、よく通る声を聞いて、目を覚ました。
ふるふると睫毛を震わせながら、けだるげに起き上がり、寝ぼけ眼を擦る。
そして、目にした。
戦場の奇跡を。
「ア、ンタ――」
「壮健そうで、なによりです。無事であったことを、心より嬉しく思います。ああ、ひょっとして、ずっとそこにいて下さったのですか? 目を覚ましたとき、誰かが側にいてくれるというのは、存外に心強いものですね」
降り注ぐ朝日の中で、朗らかに微笑むのは、紛うことなきエイダ・エーデルワイス。
キラキラと輝く光を背にして、病床から半身を起こす白髪赤目の天使は、一枚の絵画の如く神秘的で。
だからパルメは、一瞬言葉に詰まり。
「ばかっ!!」
次の瞬間には、罵声を放っていた。
「よかったってなに!? 無事ってなに!? 自分のことも解らないの!?」
「把握しています。どうやら蘇生が叶ったようで」
「そんな簡単に割り切るな! アンタ、死んでたのよ……?」
少女は呻く。
白き乙女の胸に、自分の頭を押しつけ、咎めるように問う。
「なんで庇ったの? どうしてあんな無茶をしたの?」
「…………」
「自分の命を第一にして下さい? そんなことを言っておいてアンタが自己犠牲をしちゃったら、心底心酔してる奴らがどうするかなんて解ってるじゃない。それは強制で、理不尽で、無責任よ。ねぇ、答えて」
少女が問う。
「アンタはこれからも、こうであり続けるつもりッ?」
「――困りました、ね」
爆発寸前の感情を押し殺して問い掛けるパルメを見て。
エイダは眉根を寄せ、おぼつかない様子で手を伸ばした。
「おおよその状況は推測がつきますし、把握しているつもりでしたが……これは、予想外でした」
言いながら、エイダはパルメの目元を拭った。
若草の瞳からはボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていたからだ。
上司の指が年頃の娘とは思えないほど硬く傷ついていることを知って、涙はさらに量を増す。
それをあやすように。
あるいは、罪を弁明するかのように。
白き乙女は、神妙な表情で口を開く。
「私は、命が繋がっていくことに喜びを感じていました」
それは幼い日、瀕死となった弟を救った経験から。
あるいは亜人街で虐げられた者たちに長らえさせてもらった思い出から。
そして、戦地にて無数の命と向き合ってきた実践を経て。
戦場の天使と呼ばれた娘には、奇妙な喜びの感情が生じていたことは間違いなかった。
使命感や、宿命と同じ顔をした。
けれどまったく異なる感情が。
「自己犠牲では、なにも解決しないのでしょう。挺身は、ある意味で悪なのでしょう。私は、私が笑顔でいるために、私のやるべきことをやってきたにすぎません。ですが――」
一端そこで言葉を切り、エイダはゆっくりとかぶりを振る。
「――私の為してきたことが誰かを悲しませるのなら。考えるべき時が来たのかもしれません。悲しむひとがいるのなら、ためらうには充分なのですから。申し訳ありませんでした、パルメさん。私は、あなたの気持ちを考えなかった」
真剣に、真摯に、白き乙女は己の過ちを認め。
「謝罪します。改善もしましょう。しかし」
僅かに、言いよどむ。
これまで迷ったことなどなかった彼女が。
「答えを……すぐに出すことは出来ないと思います。〝責任と無責任〟について、もちろん考え続けると約束しましょう。生涯をかけて、向き合うと。……これで、答えになっていますか? できうる限り、誠実に言葉を選んだつもりですが」
ハーフエルフの少女は、駄々っ子のように薄荷色の頭を横に振った。
それから、不承不承と言ったように、小さく頷く。
「なってない!」
少女は顔を上げる。
浮かんでいるのは、泣いているような、笑っているような表情で。
「アンタはやっぱり、とんでもない頑固者よ!」
彼女は何も変わらない度し難い〝敵〟へと――否、ただの小娘に向かって、じゃれるような怒りをぶつけるのだった。