第一話 衛生課、北へです!
「まさか、置いていくつもりじゃないでしょうね?」
白髪の上司が動き出したとき、パルメは釘を刺すように言い放った。
理解していたからだ。
この娘は、絶対に戦地へ向かうだろうと。
誰が忠言を飛ばそうと、どれほど親しい人間が進退を賭けたとしても。
未知の病が人間の命を、明日を脅かしていると聞いて、エイダ・エーデルワイスが立ち止まることなど有り得ない。
事実、エイダは既に幾つかの親書を認め、司令部を含む各所へと連絡を行っていた。
身支度など、一番最初に終わっている。
恐るべきフットワークの軽さと、強靱な意志。
朋友たるレーアが、忠告の無駄を察してエイダの護衛を整えようと計らうほどの行動力。
すべてが、噛み合ったように動き出している。
たったひとりの衛生兵を戦場へと引きずり出すため、運命が胎動をはじめたかのように。
だからこそ彼女をひとりにしたくないと、パルメは願った。
目を離したが最後、エイダはどこか遠くへ行ってしまうような気がしてならなかったからだ。
幼い日、両親や一族と死別したように。
だから、そんなことにはならないように、自らも決意を示す。
「連れて行きなさい。手は、多い方がいいんでしょう?」
「……ありがとうございます」
エイダはただ頭を下げた。
有志一同は、レーアに随行。
最前線――アシバリー凍土へと向かう。
辿り着いた地で、彼女たちが目にしたものは――
「こんな、の、虐殺じゃない……」
ハーフエルフの少女は、両目をこれ以上無く見開く。
積み重ねられた死体。
苦悶に喉をかきむしり、血泡と黄色い涙を滴らせ絶命する無数の骸。
ルメールで起きた馬車の追突事故などとは比べものにはならない、悪意と殺意の渦巻く戦場を経験して、パルメは思わず口元を押さえた。
間に合わなかった吐瀉物が、指の隙間から溢れ、ぬかるんだ地面に落ちる。
けれどそれも、次の瞬間には泥濘と同化していた。
遺体を埋葬することも、荼毘に付することも出来ず、継戦能力を保つために必死の形相で走り回る兵士たちの軍靴が、すべてを踏みしめて攪拌してしまったからだ。
鼓膜を劈く魔術投射の轟音が響く。
この場は最前線から距離があり、戦術的縦深があるはずなのに、なお喧噪と破滅は満ち満ちて。
「傷病者はどこですか!」
よく響くエイダの声に、行き交う兵士たちの一人が足を止め、首を振って見せた。
「真っ先に衛生兵が死んだ。天使の指先たちが、俺たちを庇ってくれた。だから、誰も生きてない」
「――承知しました」
このときエイダが浮かべた表情は、パルメの脳裏に焼き付いて離れなくなった。
懊悩を、苦渋を、哀悼を、全てを飲み込み、なお前へ進もうとする意志に満ちた顔。
覚悟などという言葉では生温い、堅忍不抜の精神が体現。
エイダは止まらない。
僅かたりとも時間を無駄にしない。
死者へと駆け寄り、その様子をつぶさに観察する。
未知の病。
その、正体を探るために――