第三話 223連隊との再会です!
アシバリー凍土から遙かに南方。
人類と魔族が争う最前線からはほど遠く、だからといって王都からたやすくアクセスできるほど人里に近いわけでもない未開拓辺境の地に、その施設は存在した。
亜人強制収容所。
高い壁と、強固な扉、魔術的な結界で閉ざされた陸の孤島。
亜人街に残れるほど、地位も裕福さも持ち得なかった者たちが詰め込まれる、悪夢の強制隔離施設。
この地をエイダとパルメ、そして数名の護衛が。
大量の荷馬車を連れて来訪したのは、奇しくも〝ある人物〟と同じ日時であった。
「これは……お久しぶりです、特務大尉殿!」
「まさか貴官が――いえ、無沙汰を晒しております、閣下」
収容所の入り口でばったりと顔を合わせたのは、エイダと旧知のエルフ、レーア・レヴトゲンだった。
エイダの姿を認めたエルフは、即座に直立不動の姿勢となり敬礼。かしこまった挨拶を返してくる。
これにはエイダもげんなりとなって、
「特務大尉まで、また私を閣下と呼ぶのですか……」
と、力の無い答礼を行う。
「軍隊において、階級は絶対でありますので」
力を手にするため、数々の武功を捨て身で勝ち取ってきたレーアの言葉は重い。
搦め手でこれを翻意させることは難しいだろうと察し、エイダは正面から〝お願い〟をすることにした。
「では、親任高等官としてお伝えします。どうか、これまで通り扱って下さい……いつか語ったとおりにです」
「――ふ」
エルフの口元が不敵に歪む。
黄金の瞳の中にあったのは、信頼という感情だった。
「貴官ならば、必ずそう言うと思っていた。無論、私は敬遠をしない。同胞は家族。貴官が望むのならば有り難く、以前と変わらぬ対応をさせてもらおう。久方ぶりだな、エーデルワイス親任高等官?」
人を食ったような顔で、握手を求めてくるエルフを見て。
エイダは少しだけ目を見開き、すぐに頬を緩めて応じた。
固く結ばれるふたりの手。
同胞。
家族。
それはエイダにとって、なにより嬉しい言葉なのだ。
「ありがとうございます、特務大尉殿。それで、今日は何故、この場所に?」
「ああ、恥ずかしながら新兵どもが揉めていてな。前線では魔族四天王の一角、〝髑蛇のバジリスク〟が睨みを利かせていて、使い物にならん兵を投入できるような状態にはないのだ」
「バジリスクですか。それならば一度、遭遇したことがあります」
「なに?」
「無論、普通の個体ですが」
エイダは記憶を探るように眉間へと手を当てる。
「烈火団の一員として、大ナディア砂漠へ赴いたとき、鉢合わせしまして。胴回りは樹齢四十年を超える樫の大木ほど、長さは……そうですね、特務大尉殿を横に三人繋げたぐらいで。これが、強力な邪眼の使い手でした」
「邪眼……呪詛系の魔術を押しつける力か」
「はい、それに、比類無き毒も持っています。この毒はタリスマンを貫通し、討伐は困難を極めまして」
「どうやって倒した?」
「最終的にはニキータさんから魔力障壁を付与されたガベインさんが、邪眼と毒を一手に引き受け、その隙をドベルクさんがつく形で倒しましたが……」
とはいえ、と。
エイダは珍しく苦々しい顔で首を振る。
「私は蛇が苦手なので、出来れば二度と遭遇したくない相手ですね」
「それでも貴官は、前線を望むのだろう?」
「もちろんです!」
打って変わって溌剌と告げるエイダは。
そのままレーアの背後にも、眩しい表情を向けた。
「皆さんも、お元気でしたか?」
控えていたのは、ドワーフの伍長や、オーガの上等兵。
無骨な兵士たちは、エイダの変わらない態度を見て、はにかんだように頬を掻く。
「ダーレフ伍長殿、イラギ上等兵殿。ご無事をなにより嬉しく思います」
「おお、小官らの名前をお覚えでしたか」
「記憶力には自信があります。私を朋友と呼んでくれた方々を、忘れることなどありえません」
「有り難きお言葉ですな。一介の伍長でしかない自分も胸が熱くなります。ならば、再会を祝してというわけでもありませんが、こちらを」
巌のような顔をクシャリと歪めたドワーフ――ダーレフ伍長は、エイダの手に小さなものを握らせた。
ゆっくりと指先を開き、エイダは口元を綻ばせる。
質素な飴玉が、手のひらの上に乗っていた。
見遣れば、ダーレフは頷き、オーガ――イラギ上等兵は、分厚い胸板を叩いて茶目っ気たっぷりのウインクをする。
変わらないふれあいに、エイダの胸の内はぽかぽかとしていた。
「……で、この人たち、誰?」
置いて行かれたのは、パルメである。
まったく面識のない、ともすればいかつい軍人たちを前にして、彼女は完全に及び腰になっていた。
「戦友です。そして、同胞と呼んでくれる方々でもあります」
誇らしげにエイダが告げることを聞いても、少女にはいまいちピンとこない。
しかし、同じ亜人同士であることが幸いしてか、おっかなびっくり挨拶をすることは出来た。
「エイダ・エーデルワイス側付きの、パルメ・ラドクリフ訓練兵です」
「この少女は将来有望だ。なにせ、我らがレインの天使と所作が酷似している」
少女の敬礼が、初めて会ったときのエイダと重なって見えたとレーアは笑う。
違いないと兵士たちが笑い、パルメは納得の行かない顔になる。
そんな和やかな空気も、新兵たちには及んでいなかった。
若者たちにとって、まったく理解できないやりとりだったからだ。
新兵の一人が、ぼそりとこぼす。
「同胞って、ヒト種じゃねーか」
連鎖するようにして、不満の声が上がる。
「俺たちは誇り高き森の民だ」
「鉱山の主だ」
「やっぱり、ヒト種なんかのために命を賭ける理由はないぜ!」
広がっていく喧噪。
その全てを聞き取りダーレフは、上官へと伺いの視線を向ける。
レーアは小さく首肯し、エイダへと向き直った。
「貴官らのことだ、この施設のことを知らないということはあるまい?」
「……アタシは知りません」
「ほう? エイダのちいさな弟子は知らないか」
「お師さまは他にいますー! おかしな呼び方はやめて下さい!」
「とかく、ちょうどいい。中に入ってからじっくりと説明することにしよう。新兵諸君も、よく見るように! まずは私が、同胞らに代わって歓迎の言葉を述べさせてもらう。ようこそ――」
施設の入り口。
固く閉ざされていた鉄扉が開く。
その先へ広がっていたものは。
「我ら亜人の地獄へ」
戦場とはまた異なる、この世の終わりのような光景だった。