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紅顔の美少年は女性陣に翻弄される

 ページェント辺境伯家嫡男、エルク・ロア・ページェントは、愛しい人から届いた手紙をうきうきと開封し――そのまま大きく肩を落とした。


 姉であるエイダからの手紙ではない。

 223連隊のエルフ、レーアからの一筆である。

 そこには色気もへったくれもない暗号(ひゆ)で、『魔剣を用立てろ』と(したた)められていた。


「魔剣、ですか……戦場に臨む女性というのは、このようなものを欲しがるのでしょうか?」


 そんなわけがない。

 益体もない思考を打ち消し、合理的な推察へと移行する。

 アシバリー凍土戦役の情報は、当然エルクの元にも届いていた。


 魔族の数は増える一方、陣地作成は困難。

 苦戦を強いられており、なんらかの戦力増強、戦略・戦術面での転換が必要というのが、人類最高峰の武人たる彼の父親による見立てだ。


 事実、223連隊は近く再編成をうけることになっていた。

 この陣頭指揮を執っているのが、皮肉にもヒト種至上主義者のナイトバルト少将であることを、エルクは当然知っている。


「つまり、そのタイミングで魔剣を実戦に投入したいと。魔剣の火力は心許(こころもと)ないはずですが……レーアさんのこと、策はあるのでしょう。とすれば、僕に求められているのは人材や物資の調達、ナイトバルト少将の手が届かない範囲における根回し、なのでしょうが」


 さて、と彼は腕をつかねて首をひねる。

 先ほどまでの意気消沈していた姿は最早無い。

 冷徹に思考を巡らせる策略家としてのエルクが、そこにいるだけだった。


「問題は二つ。材料をどう調達するか。加工でき、大量生産できる職人はいるか」


 魔術式を刻印し、魔力を周囲からあつめる性質を持つ金属はどれも希少だ。

 世に流通しているものであれば、ミスリル。

 加工の難解さからヒト種が利用価値無しとみなしたアダマス。

 神話の中にのみ登場するオリハルコン。

 錬金術が産み落とした徒花(あだばな)、アマルガム。

 そして、魔族領でのみ産出されるアポイタカラ。


 現実的に考えれば、ミスリルを使用するのが一番よい。

 しかし、すでにミスリルはあらゆる日常的な場面で使用されており、仮に魔剣の材料とするなら、それは民草からの大規模供出を意味する。

 新たな鉱山からの採掘は、埋蔵量的に現実的ではない。

 そもそも、軍用魔導具の材料としても用いられているのだから、余剰はそちらへと回る。


「つまり、代替金属を用いるしかありません」


 可能性があるのは、アダマス――アダマンタイトである。


「これは、ちょうどいいかも知れませんね」


 エルクはほくそ笑む。

 彼は以前から、私兵部隊を編成しようと考えていた。

 一度は勇者候補たちを操ってみたものの、結果は(かんば)しくなく、多くの損失を出すに至った。

 これに対し、彼は真っ当な反省と、利用できる部分を見いだした。

 即ち、冒険者。


 普段こそ食い詰め者として農園や狩猟者たちに安くこき使われている彼らだが、非常時となれば立場は変わる。

 不意に湧き出す魔族から村々を守り。

 あるいは古代の遺跡を旅して財宝をあさり。

 時には傭兵として振る舞う彼らは、経験豊富で荒事にも慣れている。


 出自こそ様々だが、ギルドに問い合わせれば腕前が確かな者を紹介してもらえるだろう。

 もちろん、相応の金銭と引き換えにではあるが。


 これらを私兵として運用するもよし、使い捨ての斥候(スカウト)や密偵、工作員とするもよし。

 今回で言えば、素材の採取についてである。


「調査と言い換えてもよいでしょう。彼らはプロです」


 アダマンタイトが眠っている鉱山は明らかになっている。

 冒険者を現地へと送り込み、鉱脈が枯れていないか、設備が使えそうか、毒ガスや瘴気がたまっていないかなどを確認させる。


「その後、人足(にんそく)を大量投入すれば、材料は確保できるでしょう。戦時で混乱する民草の雇用にもなり、一石二鳥」


 だからこそ問題は、後者。

 アダマンタイトを加工できる人材をどうするか、ということであった。


「商業ギルドに掛け合えば、ひとつの街につき一人か二人は見つかるはず。しかし、それでは圧倒的に手が足りない。レーアさんのオーダーは、各員に行き渡るように。なんとしてもその要望には応えたい」


 エルクは想像する。

 自分が指示通りに仕事をやり遂げたとき、あの美貌のエルフがどんな顔をするかを。


「……レインの悪魔、その寵愛(ちょうあい)ですか」


 敵を屠り、返り血に塗れた愛しい人。

 これを欲する己の異常さに呆れつつ、エルクは天を仰ぐ。

 職人を集める算段すら付いていなかったという事実が、双肩に重くのしかかってきたからだ。

 ふと、ひとつの発想が閃いた。


「姉上にも言われましたね。こんな時は、素直に誰かへ頼るべきだと」



§§



「――その結果、私を訪ねてくださったのは、汗顔の至りではあるのですが……」


 とても歯切れが悪く。

 来客を前にして眼鏡の男はうなり声を上げた。

 汎人類軍の人事課において、その人ありと呼ばれた名采配。

 ヨシュア・ヴィトゲンシュタイン上級大佐である。


 彼は、じつに苦々しい表情でエルクの言葉を聞き。

 期待の眼差しを向けてくる紅顔の美少年から視線をそらして、手元のお茶を一口飲む。


「おや、ヨシュアさんは、珈琲党ではありませんでしたか?」

「いささか事情がありまして、現在は紅茶を嗜むことにしております」


 胃痛が悪化するからとは言えない。貴殿の姉君の影響だとも。

 それでも馥郁(ふくいく)とした茶の香りで落ち着きを取り戻したヨシュアは、いま自分に降りかかっている難問を整理することが出来た。


 つまり、目前の少年は人材を集めろと言っているわけである。

 それも、軍隊において重要な魔術鍛冶(マジック・スミス)を。


 普段ならば七転八倒することになるヨシュアだったが。

 しかしこのときばかりは、解を先に持っていた。


「……もしや、エルク殿はご存じない?」

「なにがでしょうか?」


 きょとんと首を傾ぐ少年に。

 ヨシュアは眼鏡を煌めかせて答えた。


 これは、同じ気苦労を共有できる相手を見つけたという顔であり。

 なによりこれから落ち込むことになる相手への、憐憫の表情でもあった。


「まず、貴公の父君ページェント辺境伯が、戦場全体に対する不正な物資をあぶり出すため、大規模な監査を行っていること。これはご存じですかな? うちの課も総動員されているわけですが」

「は?」

「お知りでない? では、貴殿の姉君がいま、亜人の職人を集めようとしている件については?」

「……え? あ? は? 待って下さい。今日は……冗句を披露する記念日でしたか?」

「全て事実です。こちらの書簡に、書いてありますので」


 手渡された書類を確認し。


「はいぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 エルクは、とてもとても、素っ頓狂な声を上げることとなった。

 少年の父は息子に黙って暗躍し。

 少年の姉は、保存食を作るため、手段を選ばずあちこちから人員を(つの)っていたのである。


 かくしてエルクは、行動を開始する。

 姉の助けとなるため、冒険者を雇って鉱物を探し。

 なにより愛するエルフの〝お誘い(わるだくみ)〟へ応えるために。


「しかし、兵站課との確執か。これにもいい加減、決着をつけなければな」


 そうしてヨシュアもまた、ひとつの決断を胸に。

 大通商都市(ルメール)を遠く、見遣るのだった――


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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば姉に負けず劣らず狂った部分があったっけなコヤツ
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