表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/115

最終話(第一部) 世界で最初の衛生兵です!

 飛び交う魔術、槍を突き立てられ絶叫する兵士、首を断ち切られて倒れ伏す魔族。

 爆裂魔術は泥濘(でいねい)(たがや)し、ヒトと魔族の血肉を等しく砕いて混ぜ、より色濃い汚穢(おわい)色の黒に変える。


 総じて、レイン戦線異状なし。


「変わらずに今日も、この戦場はクソということだ」


 ようやく包帯がとれたレーア・レヴトゲンは、火のついていないタバコを(くわ)えたまま、事実をありのままにつぶやいた。

 新調されたばかりだというのに、もうボロボロになっているスコップを振り回し、ひたすらに塹壕(ざんごう)を構築していく彼女は、つい先日ようやく原隊復帰したばかりである。


 極大魔術の連続行使は、さしものレーアをして総身のガタを招き、数ヶ月の絶対安静と機能回復訓練(リハビリ)を余儀なくされた。

 それでも、常人ならば寝たきりになってもおかしくないような不具合、後遺症を抱えているにも関わらず、彼女は上層部に無理を通して前線へと戻ってきていた。


 無論、戦場に満ちる死の臭いが恋しかった……からではない。


「私の怠慢(たいまん)は、故郷の同胞らが人生を、暗礁(あんしょう)に乗り上がらせる航路へと導くのに似ている。いつまでも休んではおられんよ」


 そうして彼女の部下たちも、同じ思いを共有していた。

 先の戦いで重傷を負っていた者たちが、いまは平然と任務を遂行しているのだ。

 塹壕を()い、泥水をすすり、相手方の陣地から飛び出してきた間抜けな敵兵を殺す。

 どこまでも日常的な光景だった。


「とはいえ、病床で勲章を受け取ることになるとは思わなかったさ」


 言いながら、彼女は自分の胸元へと無意識に指先を伸ばした。

 そこには、剣付き銀十字勲章が鈍い輝きを放ちながら、自らの存在感を主張している。


「……身体が重たくてかなわんね」


 それでも、この勲章一つでどれだけの同胞が救われるのかと考えれば、彼女は無理に外そうなどとは考えなかった。


「私は、ここで生きて、ここで死ぬ。ここが最期(さいご)のゆりかごだ」


 レーアは根っからの職業軍人だ。

 もはや自分が社会復帰したときのことなど考えない。適応できないだろうことを知りながら、無用の思考と切り捨てる。

 戦場に(むくろ)を晒す覚悟はとっくに出来ているし、なにより国に尽くすとはそういうことだろうと判断している。


 だが。


「まだ、そのときではない。どこぞのお貴族さまのようにな」


 命には使いどころがあり、それを(あやま)れば己だけでなく、多くのものに(とが)がいき。

 そして悲しむものが現れることを、さきのジーフ死火山決戦においてレーアは学んでいた。


 咥えていた煙草を軽く揺らし、金色のエルフは薄く笑う。

 煙草は、もう切らすことはない。

 律儀につけ届けてくれる友がいるからだ。


「まったく、罪作りな防人(さきもり)後継(こうけい)であられる」


 戦場がわずかに落ち着きを見せたころ、レーアは周囲を見渡した。


「そういえばだ。クリシュ准尉」

「なんでありますか、連隊長殿」

「あいつはどうした」

「……あいつとは?」

「我らが救い主、偉大なりし天使さまだよ」


 肩をすくめながらレーアが告げると、ハーフリングの准尉はまっすぐに右手を伸ばし、塹壕の末端を指さした。

 そのさきを鷹の目で見つめ、レーアは天を仰ぎ、クツクツと喉の奥で笑ってみせる。


「まったく……貴様は心底真髄(しんずい)から、戦場の天使だよ。なあ、エイダ・エーデルワイス親任高等官?」


 レーアの言葉が示した先で、白い少女は戦場を走り回っていた。

 白衣を纏い、赤い蛇の紋様を背負う少女は、ひとりではない。

 多くはない。けれど確かに同じ姿をした数名が、彼女に付き従い、戦地に倒れ伏した兵士たちを助け起こし、塹壕へと運んでいく。


 レイン戦線異状なし。

 されど、ここに変化あり。


 エイダの(ひき)いる衛生兵は、日増しにその数を増やし、多くの命を救っていた。

 飛躍的に人的資源の損耗(そんもう)が減少した人類軍は、いまや魔族を押し返すほどに力を取り戻している。

 銃後の民草からは日々激励の手紙が届き、おなじく兵士たちを支える物資が添えられている。


「手紙にはこうある。『国を護る勇敢な亜人の皆さんへ』とな。有り難くて涙が出る……本当にな」


 変わっていく。

 終わらない大戦は、日々姿を変えていく。


「変わらないのは、あれが多忙なことぐらいだろう」

「違いないですね」


 エルフとハーフリングは、お互いに顔を見合わせて。

 それから度し難いといわんばかりに、同じタイミングで苦笑を浮かべた。



§§



 塹壕の彼方。

 走り回る白衣の少女を見つめ、ドワーフのダーレフ伍長は首をかしげた。

 少女の腰元に、見覚えのない箱が()わえ付けられていたからである。


「エイダ殿、そいつはいったいなんでありますかな?」


 オーガを担いで塹壕に飛び込んできたエイダは、テキパキと応急手当を行いながら、ダーレフの質問に答える。


「中を見ますか」

「ぜひ」

「では、なにか当ててみてください」


 少女が箱を傾けると、その中には清潔な包帯、度数の高いアルコール、添え木、カイロ、針、糸、ロープ、軟膏(なんこう)と、様々なものが収納されていた。

 ダーレフにとってはちんぷんかんぷんな代物で、おとなしく両手を挙げるしかなかった。


「降参です。小官(しょうかん)にはさっぱりだ」

「試作してみたんです」


 処置を速やかに行ってみせながら、エイダは答える。


「応急手当には、どうしても必要な資材というものがあります。そして、それを画一化(かくいつか)して、衛生兵各人が持つようにすれば、処置の手際と対応力が飛躍的に向上するとは思いませんか?」

「はぁ」

「……伍長殿は、支給された武装がちぐはぐで、使い方の説明もされず、必要なものが足りていなかったらどう思いますか」

「それは、当然作戦遂行が困難となって……ああ」


 ドワーフは、そこで得心いったように手を叩いてみせた。

 少女も、満足そうに頷く。


「――さすがですな」


 ダーレフは、身体の奥底が震えるような感動を覚えていた。

 装備の均一化(きんいつか)と、熟練度の安定性向上。

 この少女は後進の育成を、さらにその先まで見据えてこの戦場にいるのだと、我がことのように誇らしくなったのだ。


「ちなみに、名前はあるのですか?」

「仮に、〝救急箱〟と名付けてもらいました。ヨシュア大佐は相変わらず名付け親になるのが好きなようです」


 楽しそうに口元を緩めながら、少女は処置を終える。

 ほかの衛生兵たちが駆け寄ってきたので、彼女は今の今まで治療していたオーガを預け、ほんの少しだけのび(・・)をした。


「んー!」

「お疲れの様子ですな。飴はいかがですかな?」

「有り難く戴きます」


 ダーレフの差し出した飴を口の中に放り込み、にこやかな表情でコロコロと転がして。

 不意に、彼女は真剣な眼差しになった。 


「……まだまだたくさん、やるべきことがあって、私はそのすべてが手探りです。このさき増加する一方の衛生兵、そのすべてに私が手ずから技術を伝えることは無理でしょう。だから、徹底したマニュアルと、初期装備、そして訓練の方法を考えなければなりません。それが(かな)えば、あるいは……いまより多くの命を、助けられるかもしれませんから」


 理想ですけれどね、と少女はうそぶくように言って。


「だから、私は前へと進み続けます。この戦場の命を、可能な限り明日へと繋ぎます。だって、私は」


 なぜならば、この(しろ)き少女は。


「この手の届く範囲すべての生命(いのち)を抱きしめたい、そんな――傲慢(ごうまん)すぎる女の子なのですから」


 世界で最初の衛生兵。

 戦場の天使。

 レインの奇跡。


 いくつもの異名で呼ばれる少女の瞳は、今この瞬間も、ひたむきな情熱によって赤く、宝石のように燃えているのだった。


 地獄の代名詞、大戦争が最前線、レインのこの地を、今日も白衣の天使は駆け抜ける。

 たったひとつでも多くの命を、明日へと繋ぐために。


「さあ、もうひと頑張りしますよ……!」


 エイダ・エーデルワイスは。



「『彼は私に手を伸ばし(ファースト)――()私は拙速の手当を施す(エイダ)!』」



 そうしてまた、颯爽(さっそう)と戦場へ飛び出していくのだった――










回復術士だと思っていたら、世界で最初の衛生兵でした! ~応急手当しかできないと罵倒され、勇者パーティを追放されたヒーラー。最前線で救うべき命が多すぎて、いまさら戻ってこいといわれても判断が遅い!~ ――終

The story of a First Aid ――了





第一部 エイダ・エーデルワイス立志編はここまでです!


読み終えて面白かったようでしたら、下にあります評価欄をクリックして★★★★★評価にしてくれると作者がたいへん喜びます!


面白くなければ★☆☆☆☆としていただけると、やはり喜びからまた頑張ろうと己を奮い立たせるでしょう。



後学のため、感想やレビューなども気軽にしていただけるとうれしいです!

後発の作品に反映されたりします!


戴いた感想はどれも宝物のようです。

第二部も是非、よろしくお願いします……!


Copyright © 2021~2023-雪車町地蔵

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ある方の動画で取り上げていたので、読んでみましたが、一気に読み切りました、見事に纏まった内容で久々にいいものを読めたと感謝にたえない、 [気になる点] 他の媒体、漫画やアニメになる場合、タ…
[良い点] 雪車町地蔵@書籍化作業中 様 検索して何か惹かれる物があり、一気読みしました。テンポも良く非常に面白かったです。衛生兵という視点も自分の中では斬新で、現代の戦場でも同様な事があると思うと兵…
[気になる点] 大変面白かったです! ただ、題名(~・・・~)が”単純追放ざまぁ”モノを強く連想させてしまうことが惜しいと思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ