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第三話 いざ、謁見の刻です!

 白亜(はくあ)の大宮殿。

 人類権力が牙城(がじょう)

 王都に(そび)える巨大なる城。


 エステバニア王城。


 いつぶりになるかも解らないその壮観(そうかん)な景色を、エイダ・エーデルワイスは奇妙な心地とともに見上げていた。


 町並みは変わらない。ヒトの数こそ減ったものの、いまだ(あきな)いは行われ、子どもたちは春の陽気の中を走り回っている。

 (いとな)みは、依然(いぜん)としてそこにあった。

 烈火団として活動していた頃、彼女もこの街で生きていたのである。


「もっとも、その頃は着るものにすら困っていたわけですが」


 当時を思い出し、わずかに苦笑を浮かべながら、少女は勝手知ったる道のりを、王城へと向かう。


「何者か」


 当然のように城門で呼び止められ、彼女は預かっていた〝招待状〟を差し出してみせた。

 その中身を確認するなり、守衛(しゅえい)は顔色を変えて、


「こ、ここここ、これはご無礼を! 私どもでは判断が付きませんので、しばし、しばしお待ちください!」


 と、大急ぎで取り次ぎに走って行き、


「どうぞ、お入りください……!」


 迅速(じんそく)に、エイダを招き入れてくれた。

 仕事とはいえ、かわいそうなことをしたなという分別(ふんべつ)が、エイダにもまだあった。


「普通に馬車でも用立ててくれれば、スムーズだったでしょうに」


 とはいえ、ひとりでやってこいと言われたからには(したが)うしかない。

 それを言った相手が王様である以上、エイダといえども無条件に突っぱねるなんて真似は出来ないのだ。

 しかし、意図がわからないと、彼女は首をひねる。


「顔を合わせられるというだけで、こちらは好都合(こうつごう)なので、構わないといえば構わないのですが」


 小さく独白(どくはく)しつつ、彼女は歩く。

 門を抜け、控え室に通され、いくらなんでもと父と弟から説教をされた壊滅的なセンスの私服から礼装(れいそう)へと着替える。


 侍従(じじゅう)にやらせるような仕事ではあったが、自分で出来ることを人に任せるなど、エイダにしてみれば苦痛でしかない。

 そそくさと服装を整えていく。

 本来ならば、ドレスを着飾るべき場面だ。

 けれど、いま身に纏うのは――


「ふむぅ……」


 待ち遠しい時間の間、彼女はぼうっとこれまでのことを思い返していた。


 弟が蛇に驚いて大怪我を負ったこと。

 それを治すために悪戦苦闘したこと。

 家を放逐(ほうちく)されたこと。

 烈火団に拾われたこと。

 追放されたこと。

 広告に導かれ、軍属になったこと。

 レーア・レヴトゲンと出会ったこと。

 家族が増えたこと。

 そして――


「そして、いまでは蛇も怖くありません。やるべきことが、背を押してくれるからです」


 彼女が背中に掲げるのは、ページェント家の家紋をアレンジした、衛生兵の証し。

 杖に絡みつく蛇の意匠。

 かつて忌み嫌ったものが、いまでは少女の身分を示すものへと変わっていた。


「全部終わったら、アップルパイを食べましょう」


 エルクと、ゼンダーと。

 レーアやダーレフ、ベルナやマリアと。

 楽しい宴をしたいと、少女は珍しく欲望をあらわにして。


 それから、ぺしりと両の頬を叩いた。


 じんわりと這い上がる痛みが、浮き足立っていた彼女の心を、一瞬で普段通りの冷静なものへと立ち返らせる。


「浮かれるには、まだ早いですね」


 なにせ、これから顔を合わせるのは一国どころか人類すべてを治める大王様。

 粗相(そそう)のひとつでエイダの首など飛びかねない相手。

 けれど、話さえつけられれば、間違いなく多くのものに、福音(ふくいん)のごとき助けを与えられる神にも近しい人物。


「すー……ふぅ……」


 震える小さな手を握りしめて。

 少女は大きく息を吸い、大きく吐き出す。


 ノックの音。

 そして、扉が開いた。


「エイダ・エーデルワイス殿。こちらへ」

「はい」


 招かれるまま、エイダは歩き出す。

 人類を()べる、王様のおわしますところへと――



§§



 豪華絢爛(ごうかけんらん)という言葉は、玉座の間にふさわしくなかった。

 正確には、それだけでは言い表すのに不足があった。


 きらびやかな芸術性と、機能美がともに追求され、高次元でまとまった格調高(かくちょうたか)意匠(いしょう)

 真に美々(びび)しいと思えるものだけが、そこにはあって。

 そしてすべての中央、玉座には、部屋の美しさに決して劣らぬ、これ以上無くふさわしいと一目でわかる王者が、けだるげに頬杖をついているのだった。


 人類王サンジョルジュ1世。


 ただ一代を以て人類を統合し、魔族による侵攻を今日この日まで押しとどめてきた稀代(きだい)の名君。

 その彼が、低く(おごそ)かな声音で、告げる。


「エイダ・エーデルワイス。余が(ゆる)す、(おもて)を上げよ」

「――はい」


 一度目を閉じて。

 エイダは、ゆっくりと顔を上げた。


 獅子と鷹の(さが)を生まれ持ったような人だと、エイダは感じた。


 人類王は、その(よわい)にして若々しさにあふれていた。

 たてがみのように旺盛(おうせい)な頭髪は太陽のように輝き、高貴という言葉から削りだしたような瞳は、どこまでも深い青色をしている。

 貴族と呼ばれる人間の特徴を最大化し、極限まで高めたとき、あるいはこの人物に至るのかもしれない。

 高貴とは、この人物のために神が作った言葉なのだろうと、少女は思った。


 そんな王が、言葉を続ける。

 聞くだけで全身に震えが走るような、威厳に満ちた声音だった。


「エイダ・エーデルワイス。レイン戦線での働き、誠に見事(みごと)であった。その武勇は、余の耳にも届いておるぞ」

「もったいなきお言葉です、陛下」

「うむ。その功績を称え、三つの褒美(ほうび)を取らせる。ひとつは献身(けんしん)赤菱勲章(せきびしくんしょう)。余の臣民(しんみん)のうち、身を捨てて国に貢献したものに授ける挺身(ていしん)の証しだ。大臣」

「はっ。立て、エイダ・エーデルワイス」


 言われるがまま、エイダは立ち上がる。

 大臣は儀礼的な叙勲(じょくん)に際する条文(じょうぶん)を読み上げると、エイダの胸に勲章を飾った。

 赤色の菱形(ひしがた)を模した勲章は、白い少女によく栄えた。

 少女は再び膝をつき、王へと頭を垂れる。

 王は鷹揚(おうよう)に頷いて、話を進めた。


「次に、働きに(めん)じて、正しき地位を与える。エイダ・エーデルワイスは現在軍属(ぐんぞく)であり、高等官の立場にある。これを、余は不服(ふふく)として、親任高等官(しんにんこうとうかん)とすることをここに発する」

「そ、それは」

「なんだ? 余の決定になにか、物言いがあるのか、大臣?」

「い――いえ」


 なにかを言いかけた大臣を、王が眠たげな瞳で一睨(ひとにら)みすると、文句の言葉は(くも)(かすみ)のようにかき消えてしまった。

 王の瞳には、それだけの力が宿っていた。


「――――」


 声にこそ出さなかったものの、驚いたのはエイダである。

 昇進についてなど、予定になかったからだ。

 予定にないだけならば、王様の気まぐれで済む。


 だが、親任高等官というのがとんでもない。


 それは他の軍属とは明確に(こと)なるものだ。

 王自らが必要とする人材に対して割り振る階級であり、場合によっては〝閣下(かっか)〟と呼ばれることすらある立場。

 命令を発する側の位階(いかい)である。


 恐れ多いとまでは感じなかったが、それでもエイダはビックリした。

 そんな彼女の様子を楽しむように、王は三つ目の褒美を与える。


「そなたの願いを言え。叶えてやろう」

「……はい?」

「うん? 余の美声を聞き逃したか? 致し方あるまい、この威光の前では可憐な花とて震え上がるものだ。赦す。(とく)と聞くがよい。そなたの望みを言え、それを叶えてやろう」

「それは」

「ああ、なんでもは叶わぬぞ。余に出来ることだけである」


 それは事実上、なんでも願いが叶うということだった。

 人類王サンジョルジュ1世。

 この世の富をすべて手中に収め、人の頂点に立ち、最強の武力を誇り、絶世(ぜっせい)の大魔術師でもあるこの王に、出来ないことなど、なにひとつないだろう。


 あるとすれば、同等の力を持つとされる魔族の王。

 魔王との戦争を終わらせることだけだ。


 だから、エイダは自分が(ため)されているのではないかと考えた。

 なにか、よほどあずかり知らぬところで、一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)を見定められているのではないかと。

 そう、考えはした。

 考えはしたが――


「恐れながら、王様」

「うむ」

「お願い事が、あります」

「赦す。申せ」

「私は」


 一瞬、緊張から舌がもつれそうになって、少女は呼吸を整える。

 戦場ですらこんなにも心臓が荒ぶることはなかっただろうと思いながら。


 けれど彼女は顔を上げ。

 なおまっすぐに王の蒼眼(そうがん)を見据えて、こう言い放った。

 この機会を、絶対に逃したくないと、強く思って。



「私は――〝広告〟を出す許しをいただきたいのです」


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― 新着の感想 ―
[良い点] エイダ大出世!さすが王様、見る目がありまくりですね。 [一言] 王様はどんな魔術を使うのか、気になります。
[一言] ? 広告?こうこく? ???
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