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第一話 定例会議は大荒れです!

「では――これより定例軍事会議を始めます」


 冬の終わり。

 開会の言葉を聞きながら、ヨシュア大佐は無表情を(たも)つので精一杯だった。


 参謀本部が主催しているこの会議に、人事課大佐である彼は、本来出席を望まれるような立場にない。

 他のお歴々(れきれき)はみな、当然ながらヨシュアよりも階級が上である。

 それだけで苦々しさを感じるには十分だったが、なにより辛かったのは、この場にたちこめている特有の、重苦しい雰囲気だった。


 葉巻の煙、コーヒーの香り。

 それらは混ざり合い、質実剛健(しつじつごうけん)(つく)りの会議室に、奇妙な緊張を(ともな)って(ただよ)っている。


 居並(いなら)重鎮(じゅうちん)たちの表情は、軒並(のきな)(かた)い。

 軍人なのだ、強面(こわもて)であることはむしろ美徳だろう、なにもおかしなことではない。

 だが、全員が全員とも、率先(そっせん)して口を開くことを嫌って、強く唇を引き結んでいるとなれば、話は別だった。


 ヨシュアは思った、気が進まないのは自分のほうだと。


「最初の議題ですが、ジーフ死火山攻略戦の戦果と、ブリューナ方面における今後の展開についてですが……」


 そこで、司会進行役が言いよどんだ。

 わかる、と。ヨシュアは強く同意を示したくなった。


 ジーフ死火山攻略戦、別名を怨樹(えんじゅ)のトレント討伐戦(とうばつせん)

 それは、ヒト種の英雄たちに向かって率直(そっちょく)に披露するには、少々ばかり灰汁(あく)が強すぎたからだ。

 たとえ勝利の報告だとしても、ありのままに語りたくない話題というものはある。


 それでも、会議は進む。

 この場で腹芸(はらげい)以外の嘘偽りは許されない。

 事実が陳列(ちんれつ)されていく。


「えー……極秘裏に投入されました第61魔術化大隊の活躍により、我々の部隊は敵陣営深くまで浸潤(しんじゅん)することに成功しました」

「それは、包囲されたことを言い換えたに過ぎないのではないかね?」


 薄い頭髪に、(たる)のような肉体。(あつ)ぼったい唇をしたナイトバルト少将が、豊満な腹を叩きながら皮肉を飛ばした。

 漏れ出したのはいくつもの冷笑で、ただ一人顔を真っ赤にして怒気を示したのは、魔術化大隊の責任者である()せぎすの将官であった。


「よりにもよって魔術化大隊は、〝あの〟223独立特務連隊に救出されたそうではないか」

「それは事実誤認(じじつごにん)である! 魔術化大隊は指揮下に入った223連隊を的確に運用せしめ、怨樹のトレントを討伐したのだ! これは赫々(かくかく)たる戦果である!」

「ものは言い様であるな」


 ツバを飛ばして抗弁(こうべん)する責任者を嘲笑(あざわら)い、ナイトバルトは肩をすくめた。


「では、223連隊の扱いはどうする」

報奨(ほうしょう)として物資でもやっておけばよい、所詮は亜人(デミ)どもだろうが」

「そうは言うがな、敵陣攻略ののち、もっとも早くその地を踏んだのは彼奴(きゃつ)らであろう」

「魔術化大隊が現着は先である」

「聞いたところによれば――風の噂に過ぎないと一笑(いっしょう)()してもらっても構わんが――223特務連隊の活躍がなければ、第61魔術化大隊は壊滅していたとか」

「なっ」

「それどころか、虜囚(りょしゅう)(はずかし)めを受ける寸前だったとも聞く。まったく、なんと滑稽(こっけい)赫々(かくかく)たる戦果か」

「……っ」


 ナイトバルトの並べる事実に、怒り心頭(しんとう)にして言葉の出ない責任者。

 当然だとヨシュアは思った。


 ナイトバルト少将と言えば、叩き上げの軍略家だ。

 このように杜撰(ずさん)な、口先だけの隠蔽(いんぺい)などなんの意味もなさないだろう。

 彼の目には、当時起きていたことが手に取るように解ってしまうに違いない。

 それこそ噂だが、〝風の噂〟というのは、彼が秘密裏に抱える諜報員(ちょうほういん)のことだと、まことしやかに(ささや)くものもいる。


 そのうえで、生粋(きっすい)の人間至上主義者でもある。

 だからこそナイトバルトは、223連隊の功績を認める方向では口を開かない。議会の流れを、第61魔術化大隊の瑕疵(かし)を追求するほうへと持って行く。

 口の(たく)みな男だと、ヨシュアは警戒を(げん)とした。


「しかし、死地にて奮闘(ふんとう)した努力は認めざるを得まい。第61魔術化大隊にはそれなりの功績……黒鉄(くろがね)勲章あたりを叙勲(じょくん)させる形ではどうだ? 無論、剣無しのだ」

「――――」


 責任者の怒りは、おそらくそこで頂点(ピーク)に達した。

 剣無しとは、間接的に(・・・・)戦争遂行へと(・・・・・・)関わった(・・・・)功績を称える(・・・・・・)意味合いの言葉だ。

 つまり、その程度の活躍だったと、言いたいのである。


「では……223独立特務連隊については、どうするおつもりか」


 責任者が、恨み骨髄(こつずい)といった様子で。

 それこそ意趣返(いしゅがえ)しのように、話を蒸し返した。


 叡智(えいち)牙城(がじょう)、参謀本部とはいえ、そこには種族間に対する越えがたい壁がある。

 だから、如何(いか)辣腕(らつわん)のナイトバルトであっても、下手なことは言えないはずだと、責任者は高をくくったのだ。

 しかし、ナイトバルトは表情一つ変えず、


「剣付き銀十字勲章を叙勲してやれ」


 と言い放った。

 これには議会全体がざわついた。


 剣付き銀十字勲章。

 それは、最も勇敢(ゆうかん)に戦い、直接的に戦局を左右した兵士へと贈られる、最上級の武功を示す勲章なのである。


 これが亜人に贈られたという前例を、ヨシュアは寡聞(かぶん)にして知らなかった。

 実行されれば、亜人たちにとって快挙(かいきょ)、これ以上ない実績となるだろう。

 報国(ほうこく)()たる愛国者、あのレインの悪魔など、諸手(もろて)()げて喜ぶに違いない。


「静まれ。別段不思議なことではあるまいよ。ジーフ死火山を攻略したのは間違いなく彼奴(きゃつ)らの手腕だ。それは記録に残っておる。これを無視すれば、国内の強制収容施設において亜人どもの暴走を招きかねん。その程度の配慮もできんのか、貴様らは?」

「し、しかし……それでは亜人どもがつけあがって」


「戦死させてしまえばよかろう」


 ナイトバルトの言葉に、議会は一瞬で凍り付いた。

 彼は太鼓腹(たいこばら)を楽しげに揺すりながら、口元の(ひげ)を撫で、戦の先を見据えた瞳で話を始める。


「怨樹のトレントおよび敵司令部の壊滅後、我が方の一斉攻勢により、ブリューナ方面は陥落(かんらく)。事実上我らが統治下となりつつある。であれば、次はその先を目指さなければならない」

「アシバリー凍土(とうど)……」

「うむ。よい合いの手をくれるではないか……あー、貴様はヨシュア大佐だったか?」


 思わず口を滑らせて、ヨシュアは縮み上がる。

 が、ナイトバルトは満足げであった。


「そうだ。永久凍土アシバリー。我々はついに、彼の地へと兵を進める。正面突破の必要がなくなったのだ、ブリューナから迂回(うかい)すればよい。アシバリー、はっきりいえば、地の利は魔王軍のものだ。だからこそ――真っ先に足を踏み入れるのは、失って惜しくない(こま)であることが望ましい。様子を見れば、対策は(おの)ずと立てられるものだ」

「ですが」

「うむ、そうさな。このたびの戦で戦傷者も多く出たと聞く。本国からえり抜きの亜人どもを補充(ほじゅう)してやれ。捨て駒とはいえ、最低限の役目を果たしてもらわねばならぬし――なにより、亜人どものガス抜きには丁度いい」


 恐ろしく冷徹な思考。

 肥え太った身体から放たれているとは思えない、尋常ならざる鋭利な威圧感に、ヨシュアだけでなくほとんどの参加者たちが口をつぐむ。

 ナイトバルトは、そんな一同の様子を愉快そうに眺め。


「おお、そういえば、だが」


 実にわざとらしく、本題を切り出してみせた。


「そのジーフ死火山攻略に、民間人が関わっていたというのは、事実かな? そう――ヨシュア大佐?」

「っ」


 来た。

 来ると思っていたと、ヨシュアは震えそうになる拳を握りしめ――それでも胃が痛み始めたために顔を歪ませかけて――立ち上がり、報告する。

 今日、この場所に彼が呼ばれたのは、ただそのためだったのだから。


「はっ。軍属の高等官一名と、回復術士二十名。その護衛として十八名の兵士が作戦に参加しました」

「焼け石に水ではないかね、援軍としては」

「彼女らには、別途役割がありました」

「彼女……ふふん。彼女らときたか」


 嫌らしく、ぎょろりとした目を見開いて、ナイトバルトは笑ってみせた。

 その黒々とした瞳の中で、無数の深謀遠慮(しんぼうえんりょ)がめぐらされていることは、誰の目にも明らかだった。


「それで。その軍属の名は」

「エイダ・エーデルワイス高等官であります」

「役割とは、なんだ」

「はっ……」

「どうした? 遠慮をすることはない、貴官には報告の義務がある」


 追求され、言葉の上では優しく背中まで押されて、ヨシュアは覚悟を決める。

 一度大きく息を吸い、一気に吐き出すようにしてまくし立てた。


「革新的兵科の実戦投入に対する、テストケースとするためであります!」

「ほう……それは」

「それについては、(わし)が話そう」


 これまで。

 会議が始まってから今この瞬間まで。

 かたくなに沈黙を守っていた男が、口を開いた。


 ロマンスグレーの髪をぴしりと撫でつけ、右目に片眼鏡をはめた帯剣礼装の男。

 レイン戦線が領主。

 人類が防人(さきもり)

 参謀次長ゼンダー・ロア・ページェントが、(おだ)やかな眼差しで一同を見つめていた。


 ナイトバルトが、口元をいやらしくゆがめる。


「これはこれはページェント准将。いや……先日付で少将でしたなぁ。さすがご子息を(・・・・)生け贄に差し出した(・・・・・・・・・)だけのことはあられる。兵站課(へいたんか)から人事課まで東奔西走(とうほんせいそう)させ、軍を私兵の如く総動員させた心地はいかがかな?」

「ナイトバルト卿と肩を並べられたことを、儂はうれしく思うとも。感慨はそれだけだ」

「ははぁ、我らが防人殿はやはり頭の造りが違う様子。皮肉一つとっても正面から叩き切る武勇(ぶゆう)がおありだ。さらには……どうやらその兵科について、ご存じの様子ではないか」


 話されよ、と主導権を手渡され、ゼンダーはかすかな笑みを浮かべた。

 色濃い疲労は隠せてはいないが、そこには旺盛(おうせい)な活力がみなぎっていた。


「では、諸君らに儂は問う。参謀次長として、問い掛ける。新たな戦術、新たな戦略、そしてあらたな兵科についての是非を。すなわち」


 防人は、言った。

 人類の剣が、刃としてではなく、大局的見地(たいきょくてきけんち)に立った軍人として。

 あるいは――ひとりの親として。


「兵士が生命を(まも)る兵士。〝衛生兵(えいせいへい)〟の本格導入について、議論をしたい」


 会場がざわついた。

 ヨシュアは、胃痛を飲み込んで、心の中だけでつぶやいた。

 さあ。


「さあ、ここからだぞ、エイダ・エーデルワイス」


 ここから。


「貴官の夢を叶える努力が、始まるのだ……!」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 連隊の方が大きいので、大隊の麾下に入るってのはありえないと思います。
[良い点] わぁい、大人の闘いだぁ [一言] ヨシュア……胃薬かコヒールいる??
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