第六話 死火山に英雄たちの雄叫びを聞きました!
「全隊、撃ち方はじめ!」
「撃ち方はじめ!」
レーアがエルクの情報を元に立案した作戦とは、次のようなものだった。
まず、223連隊の総力を結集し、トレントの動きを封殺する。
地面を抉って飛来する太い根や、枝による攻撃は、イラギ上等兵を筆頭にした突撃隊が防ぎきり、大規模攻撃を出来ないよう動きを制限する。
その隙に、残りの部隊員が山頂へ向かって駆け上る。
「エルク殿、それは間違いないことなのですな?」
「はい、調べはついていますから」
「ならば……ダーレフ伍長!」
「応!」
次いで、高地をすみやかに制圧し、準備を整えたドワーフたちが、酩酊魔術を多重発動。
「たちこめる膨大な酒気は山肌を伝ってトレントまで滑り落ちる。トレントの足下は、先ほどの大破壊で窪地となったからだ」
文字通りに山を抜くほどの一撃が、ここに来て意味合いを反転させる。
この地形こそ、勝利の鍵だった。
すり鉢状に整形された山の中腹に、酒気はどんどんたまっていく。
それはトレントにこそ効果は薄いが、着実に魔族たちの動きを滞らせる。
「酒気が一定量に達したときが勝負だ。ドレッドノート大佐率いる第61魔術化戦隊と、エーデルワイス高等官、貴様が伴ってきた援軍。そのすべての火力を彼奴に集中! さすれば!」
エイダとエルクのふたりに支えられながら、レーアは不敵な笑みを浮かべ、下唇を舐める。
一か八かの賭けだった。
木人は火に弱い。
けれども、怨樹のトレントともなれば、多少の火炎では焦げ目をつけるのがやっとだ。
「ならば、膨大な火力で、一気呵成に焼き尽くすしかない。そのためには、酒気」
「はい、アルコールは良く燃えますから」
「そうだな、エーデルワイス高等官」
束ねた酒気に引火させ焼き尽くす。
それが、死中にてレーアが見いだした作戦だった。
「しかし、不思議なものですね」
ぽつりと、エイダがつぶやく。
その視界の中では、彼女の薫陶を受けた衛生兵たちが、戦場を駆けずり回りながら負傷者たちを助けている。
「剣林弾雨の最前線。こんな光景、考えもしませんでした。ここに……戦場に来るまでは……」
エイダの胸に去来するのは、パーティーを追放されたあの日出会った、ウンメイの広告。
彼女は未だに、その文面をそらんじることが出来た。
「『求む回復術士! 対魔族戦線にて後方勤務、有り。欲するは危難の戦場にて傷病兵を救う慈愛と、激務に耐えうる健全な肉体、および献身。治療を行えるものには即日、特例的軍属待遇(下士官相応の給与、権利、三食付き)を保障。身分による貴賤なし。国家の礎たる兵士を救う名誉のみ有り。なお、最前線勤務を希望するものには、生還ののちささやかなる誉れと報償を与える』」
「――――」
それを聞いて、レーアは驚いたような顔をした。
そうして急に、声を上げて笑い出す。
「なんですか、特務大尉殿」
「はーははは! 貴様、あの募兵広告を読んでレイン戦線にやってきたのか? はははは!」
「大切な想い出なんですよ?」
ぷくりと頬を膨らませるエイダを優しく笑って。
レーア・レヴトゲンは、いたずらっ子のような顔でネタばらしをした。
「その広告を考えたのは私だ」
「は――?」
硬直するエイダ。
もっとも、その草稿をだがなと続けるエルフ。
「しかし、そうか。我々は、出会うべくして出会ったのか。縁は異なもの味なものか。あはははははは!」
ひとり呵々大笑するレーアに、納得のいかない面持ちでふくれっ面を晒すエイダ。
そんなふたりを、エルクはただひたすらに、うれしそうに見つめて。
「……っ。いけません、レーアさん! やつが、トレントが、再び大規模破砕攻撃に出ようとしています!」
「なに!?」
警鐘を告げるエルク。
たしかに、大木人は223連隊の妨害を突破し、拳を天高く振りかぶっていた。
「誰か! ……いや、もはや部隊に余裕はない! 私がやるしか――」
「――そいつは最後までとっておくんだなぁ、軍人さんよぉ!」
大怪我を押してレーアが最後の切り札を使おうとしたとき、三つの颶風が、彼女たちの横を駆け抜けた。
それは、ボロボロの鎧に身を包んだ、女魔術師と重斧戦士と。
「この大戦、勇者ドベルク・オッドーさまがいただいた……!」
双剣士が、走る。
「ありったけの拘束魔術を放つわよ……!」
ニキータが後先考えない魔術の連続詠唱で、山に生える樹木を急成長させ、トレントの四肢を縛る。
「雑魚は我が輩に任せるのであーる!」
行く手を遮る魔族たちを、ガベインが長斧にて薙ぎ払う。
その間隙を、男は見逃さない。
「いくのである、ドベルク!」
「行きなさいよ、ドベルク!」
「あたぼうよぉ!」
駆け抜け、地を蹴り、跳躍。
両手に構えた刃を、身体の前で大きく交差させ、ドベルク・オッドーは魔術を発動する。
「烈火双刃斬……!」
間に合わせの武器に、炎が宿る。
「……っ! 第61魔術化大隊各員、攻撃を合わせろ!」
ドレッドノート大佐の号令一下、彼の部下たちも死力を尽くす。
だが。
「ぐはっ!?」
トレントが拘束を引きちぎり、全身にて周辺を薙ぎ払った。
その直撃を食らい、双剣の片割れが砕け散る。
彼本来の武具であれば耐えられたであろう一撃は、最悪の場面で決定打となってしまう。
ドベルクの右腕は無惨にへし折れ、血をまき散らし。彼の顔は苦痛に歪み、鼻水が、涙が、よだれが、ボタボタとこぼれだし。
されど、それでも。
「まだなんだよねぇええええええ、これがああああああああああああああああああああああ!!!」
満身創痍のドベルクが、咄嗟の判断で刃をトレントへと向かって投擲した。
それは、あたかも奇跡のように。
先の戦いで彼がつけた、一条の傷へと吸い込まれ――
「一斉射!」
ほんのわずかにトレントが硬直した刹那、火炎魔術が殺到する。
大爆発を起こす一帯。
吹き飛ばされる烈火団たち。
それを、白き少女はたしかに見て。
「征け」
彼女の背中を押したのは、他ならないレーア・レヴトゲン。
少女はうなずき、駆けだした。