第五話 この戦場にある、あらゆる命を助けます!
「なぜ、貴官が……」
震える声で、それでも問えば。
エイダは相変わらずのまっすぐさで答えてみせる。
「助けるために」
「――――」
「けれどひとりでは、ここまで来ることは出来なかったでしょう。安心してください、特務大尉殿。わたしは、ひとりではありません」
少女の言葉に、レーアは目を見開いた。
ようやく焦点が定まってきた彼女の瞳に、戦場の有様が映ったからだ。
地に蹲り、うめくものたちがいる。
倒れ伏し、痛みに叫ぶものたちがいる。
そんな彼らを――助け起こすものたちがいる。
それは、純白の衣装を身につけ、杖に巻き付く赤い蛇の紋章を背負ったものたちだった。
彼らは倒れた兵士たちの元に駆け寄って、呼吸を確かめ、意識を確認し、止血をして、比較的安全な場所へと引きずっていく。
これまでずっと、エイダが繰り返してきたことを。
戦場医療を。
応急手当を行うその一団こそ。
「〝衛生兵〟――いまより運用される、新たな兵科です。みなさんを助ける、命の守り手です」
「貴様が、貴様が連れてきたのか、エーデルワイス高等官」
「はい。応援の兵士さんたちも一緒です。衛生兵は急造ではありますけれど、みなさん立派にやってくれています。だから!」
だから、諦めるなと、少女は言った。
「――――」
瞑目して、大きく深呼吸。
肺臓を満たすのは、戦場特有の泥濘と血と小便と煤煙が混じった臭い。
レーアの茫洋としていた頭脳が、それを貪って、急速に覚醒する。
「クリシュ准尉!」
「はっ!」
トレントと戦っていたハーフリングの准尉は、彼女の一声へ即座に応じた。
「現状を報告せよ!」
「負傷者多数! 敵兵は陣地を建て直し! なれど我ら223連隊、ここに意気軒昂! 問題などありませんぜ!」
「よし」
レーアは頷いた。
信頼できる部下が、同胞がそう言うのだ、信じるしかない。
彼女は立ち上がる。
ぐらりとふらつき、両脇を支えられた。
右をエイダが。
左をエルクが、支えていた。
「エルク殿」
「すみません、レーアさん。ぼくの、ぼくのせいで――っ」
レーアはそっと手を伸ばし、少年の頭を撫でた。
初めて触れる頭髪はとても柔らかで、手袋の上からでもそれが解った。
一瞬で砕けてしまいそうなか弱さ。
エルクが生きていたことが、レーアにはどうしてだか、とてもうれしかった。
「エルク殿、やつについて知っていることを、教えてくださいますな?」
「どうするつもりですか」
「……討伐します」
ニヤリと。
レインの悪魔が、不敵な笑みを口元に浮かべる。
§§
伝えられた作戦を、第61魔術化大隊の生き残りたちは聞いていた。
衛生兵たちによって負傷の手当を受け、立ち上がりながら彼らは動き出す。
……そして、もうひと組。
作戦の内容を聞いていたものたちがいた。
烈火団である。
彼らは既にしてボロボロだった。
目も当てられないような惨めな格好で、どうしようもないような顔つきをしていた。
魔術化大隊を危機にさらしたことで、正当な怒りや憎悪、罰則をぶつけられていたからだ。
「……ドベルクよぉ」
「なんだぁ、ガベイン」
「ドベルク」
「ニキータまでかよ」
ふたりがなにを言わんとしているか、ドベルクとて解らないわけではない。
このままでは逃げ帰ることも出来ないし、無事に戻れたとしても処罰を受けることは明らかだ。
けれども。
ブルブルと手足が震えて、言うことを聞かない。
「俺たちは、しょせん勇者じゃなかったんだぜぇ。だったらよ、だったらよぉ」
「悔しくないわけ?」
女魔術師の言葉に、ドベルクは激高した。
「悔しいぜ! 腹が立ってるんだよ! 傷ついてるさぁ、見て解るよねぇ! ふざけやがって……!」
「…………」
「はらわた煮えくり返ってこれ、仕方ないんだなぁ、ほんと! けどよぉ、けどそれはよぉ」
それは、魔族に対してではない。
仲間にも、人類に向けた感情でもない。
「このまま情けなく俺たちが退場ってのが、納得いかないんだよねぇ……!」
だから。
「我が輩たちも、やろう」
「今度こそ上手くいくわよ」
「…………ああ、やってやるさぁ、くそったれが!」
そうして、烈火団は立ち上がる。
きっとはじめて、冒険者としての意地を示すために。