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第一話 敵陣で孤立した大隊を命がけで救出するため、223連隊出立します!

傾注(けいちゅう)!」


 副官の一声を受けて、223独立特務連隊の全員が、直立不動の姿勢を取った。

 一堂を見回して、真新しいスコップを肩に(かつ)いだレーアは、〝休め〟を許可する。


「諸君、どうやら我々は、いつも通り死地に(おもむ)かねばならんらしい。なぁに、こなれたもの(・・・・・・)だろう?」


「はははは」

「違いない」

「連隊長殿はユーモアに(ひい)でてらっしゃる」


 まばらに上がる笑い声に、わずかばかり不敵な笑みを深くしながら、レーアは続ける。


「目標、魔王軍ブリューナ方面軍(ほうめんぐん)。目標、カールカエ大樹林中央、ジーフ死火山に敷かれた敵軍本陣。我々の任務はこれを突破し、上層部にて〝失われた大隊〟と判断された第61魔術化大隊、およびそれに同行する民間人を救出することである。副官、地図を」


 背後で広げられた地図を一読し、レーアは(うな)った。

 何度見ても、それは圧倒的に不利な状況を示していたからだ。

 不利でなければ、こう言い換えることも出来ただろう。


 ――達成不可能な任務、と。


「敵前線司令部は、樹海中央に位置するジーフ死火山に陣取っている。そして、周囲はすべて彼奴(きゃつ)ら魔族の領域だ」


 副官がレーアの意向(いこう)を受けて、地図に大きく赤い線を引いた。


「これが、現在友軍が形成している半包囲網、塹壕の位置となる。見て解るとおり、樹海のこちら側――前半部のみを取り囲んでいる」

「つまり、あれですかい。そのほかはカバーすら出来ていないと」

「その通りだイラギ上等兵」


 巨漢のオーガが、目に見えて顔をしかめた。

 包囲陣の完成していない布陣など、なんの役にも立たないからだ。

 樹海をぐるりと回るように、赤い矢印が書き足され、レーアが続ける。


「回り込もうと思えば、この距離だ。移動中に部隊が全滅する」

「つまり、迂回(うかい)陽動(ようどう)も現実的ではない?」


 ハーフリングの准尉(じゅんい)が口元を引き()らせるが、レーアは肯定するしかない。


「はっきり言おう。正面突破以外の結論はない。それが、どれほど達成率の低いものであってもだ」


 ぐっと、連隊にかかる重苦しい雰囲気が密度を増した。

 これまで彼らが挑んできた、どんな戦場よりも過酷な地獄が、目の前にぽっかりと開いていることを、このとき全員が理解したからである。


「なに、たいしたことではない」


 それでも、レーアは笑う。

 不敵に、無敵に、悪魔的に。

 問題は些事(さじ)で、活路(かつろ)はあって、だから自らはまったく折れていないと、誇示(こじ)するように。


「敵陣は高所に位置し、高台(たかだい)から一方的な魔術投射が可能だ。散開(さんかい)すれば各個撃破、密集すれば高射魔術の(まと)となる。塹壕を掘っても無意味だろう。栄光ある英雄殿たちを助けるため、どうやら軍部は我々を()(ごま)にしたいらしい」


 いつものことですな、とか。

 名誉の戦死ですか、二階級特進はありがたいとか。

 亜人たちが気丈(きじょう)に笑う。

 だから、レーアはやめない。彼らが振り絞った勇気に応えるため、作戦の説明を続行する。


「よろこべ。当日においては友軍が、可能な限り敵軍を樹海内に押しとどめてくださるらしい。ありがたくて涙が出るな。その隙に、我々は正面から突撃。防衛線の(ことごと)くを食い破り、孤立している第61魔術化大隊と合流。その後、最大火力を以てして敵司令部を叩き、混乱に乗じて脱出――いや、撃滅(げきめつ)だ。敵を殲滅(せんめつ)し、勝利する。これ以外に、勝機生存の(みち)はない!」


 大きく手を振り上げて、無謀な作戦を、さも実行可能だというように粉飾(ふんしょく)し。

 彼女は、仲間たちを鼓舞してみせる。

 普段ならば、レーアは部下たちを、さらに奮い立たせていただろう。


 しかし、掲げられた拳は、(ゆる)やかに降ろされた。

 そうしてエルフの特務大尉は、穏やかに告げる。


「今回ばかりは、異存(いぞん)を許す。なにか、あるものはいるか?」

「エイダ殿は?」


 声は、すぐに上がった。

 ダーレフ伍長(ドワーフ)が、真剣な眼差しでレーアを見つめていた。

 彼女はひとつ息を吸い、できるだけふざけた調子で答える。


「我らが白き天使殿は、衣替(ころもが)えにいそしんでおられる。おそらくは間に合うまい」

「それは……残念ですな」

「伍長、気高(けだか)き同胞、ダーレフ。正直に言うがいいさ。エーデルワイス高等官を巻き込まずにすんで、安心しているとな」

「ははは」


 彼女の言葉を受けて、ダーレフは気恥ずかしそうに笑った。気のいい男の笑みだった。

 レーアもまた、内心で同意する。

 言うまでもなく、エイダの不在は部隊の戦死率を跳ね上げるだろう。

 応急手当が、どれほど有用であるかは、レーアたちがその身をもって知っている。

 本当ならば、是が非でも同行させたいとレーアは尽力しなければならなかった。

 それでも。


「エーデルワイス高等官は、今後の世界に、絶対不可欠の存在だ。こんなクソッタレた地獄に、付き合わせるべきではない」

「…………」

「同胞よ。剛毅果断(ごうきかだん)な盟友たちよ、エイダ・エーデルワイス高等官を、どう考える? 彼女は我らが家族ではないか?」

「無論! 言うまでもなく! 護るべき家族であります!」

「であれば、これが今生(こんじょう)の別れというのは、どうにも寂しいではないか」


 あがる支持の雄叫びをゆっくりと両手でなだめ、レーアは胸の前で拳を握ってみせた。

 決意を示すために。


「我々は必ず、彼女と再びまみえる。そのときは精一杯天使に甘え、十分英気(えいき)(やしな)うことを許可しよう。なんなら秘蔵の酒を振る舞ってやってもいいぞ、私()ずからだ」


 そりゃあいい。

 これは楽しくなってきましたな。

 やりがいってのは大事なもんです。


 それぞれの亜人たちが、それぞれの思いを胸に、レーアの言葉へ賛同し、明日という明確なビジョンを持って、自らの恐怖を塗りつぶそうと躍起(やっき)になる。


 いい部下を持った。

 レーアは、心の底からそう思った。

 大きく息を吸い込んで、胸の内で言葉を選び、彼女は静かに吐き出した。


「生きろ――とは言わん」

「…………」

「命を預けてくれ、ともな。だが……心せよ」


 エルフの指揮官は、遙か遠方を指し示した。

 銃後の地を。

 この場が陥落(かんらく)すれば、いずれ戦火に侵略される彼方(かなた)を。

 故郷(ふるさと)を――


「我らが一命は、己がものにあらず! 故郷にて(しいた)げられる無辜(むこ)なる同胞一万の、その一生に相当するものと知れ」

「――――」

「連隊員諸君。勇猛果敢(ゆうもうかかん)にして死を恐れぬ誇らしき、我が同胞、大莫迦者共(おおばかものども)諸君」


 彼女は。

 連隊長レーア・レヴトゲンは、告げた。


「諦めるな」

「応!」


 返答の感触は上々。意気軒昂(いきけんこう)にして士気高揚(しきこうよう)

 これ以上無い仕上がりを持って、彼らは。

 命知らずの亜人混成部隊は、歩を進める。


()くぞ」


 振り下ろされるスコップ。

 かくて、223独立特務連隊は、最前線と向けて出立(しゅったつ)した。

 それは、彼らが経験したこともない、常軌を逸した規模の戦いへと続く、血まみれの歩みだった――



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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸が熱くなる激励、自らを鼓舞する彼らに目から汗が。 [一言] そんな結末は見たくないけど、バカな貴族の政治のせいで彼らが全滅したら魔族との戦いは負けるだろうし、そのバカな奴らはその時になっ…
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