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第一話 兵士たちの慰安をするため、夜を徹して見回りをします!

 戦火(せんか)の音すら途絶(とだ)える、暗闇(くらやみ)の夜。

 トートリウム野戦病院内部に急造(きゅうぞう)された無数の病床(びょうしょう)で、兵士たちは苦痛に(うめ)き、孤独に震えていた。


 回復術(ヒール)は傷を癒やす。

 だが、それはどこまでも肉体的なものに過ぎない。

 ひとの心は、魔術とて癒やすことが出来ない領分(りょうぶん)だ。


 だから彼らは(おび)えていた。

 夜の闇を。

 朝が来ないことを。目覚めないことを。

 時折(ときおり)響く、高射魔術の爆音を。


「――――」


 そんな闇の中に、一条の光が()した。

 ちいさな、ちいさな灯火(ともしび)

 ランプの明かりだ。


 それが、病床の間を()って、ゆっくりと進む。


「大丈夫ですよ」


 脂汗(あぶらあせ)を流し、痛みとトラウマにもだえる兵士の横へと、灯火はやってきた。

 そうして、優しく語りかけながら、額を()いてやり、乱れた毛布をそっと掛ける。


 地にまみれてなお白く。

 血にまみれてなお(しろ)い。


 それは、白髪赤目の少女だった。

 エイダ・エーデルワイス。

 日中、最前線での応急手当を終えた彼女は、夜になると各地の野戦病院を(めぐ)り、このような慰撫(いぶ)を行っていた。


 兵士たちの枕元には(すず)が置かれており、何事(なにごと)かあればそれを鳴らすことになっている。

 エイダが駆けつけるための仕組みだった。


 遠くで小さく、遠慮がちに、鈴が鳴る。


「はい」


 少女が進む。

 灯火を(たずさ)えて。


「どうしましたか?」

「あ……じつは、眠れなくて……」


 まだ年若い兵士が、少女に問われるまま、恥を告白するようにうつむき言った。

 彼の右足には痛々しく包帯が巻かれており――ただし、真新しく清潔な包帯だ――激戦の末に怪我をしたことを物語っていた。


「では、あなたの手を握りましょう。よく眠れるように、物語を(うた)いましょう」


 そうしてエイダは、彼が寝付くまで側にいた。

 青年の(まぶた)が落ちて、その端から大粒の涙が落ちると、彼女はそっと清潔(せいけつ)な布で目元を拭ってやって、また歩き出す。


「エイダさん……」

「戦場の天使……」

「……おれたちの救い主」

「ありがとう……ありがとう……」


 彼女が歩んだあと、兵士たちは自然と(いの)りの仕草(しぐさ)を取っていた。

 あるものは涙を流し、あるものは本物の天使を見いだしたようにして、白い少女のことを――自らたちを見守る小さな奇跡へ、感謝と畏敬の祈りを捧げ続けた。


「――まったく」


 その様子を、ずっと(うかが)っていたものが、ひとり。

 聖女ベルナ。

 彼女はエイダの献身に心からの敬意を寄せながら、しかし回復術士の統括者(とうかつしゃ)として、苦々しげにこうつぶやくことしか出来なかった。


「いったいあんたはいつ、眠るつもりなのよ。ねぇ? 戦場の天使(リトル・エイダ)さん?」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 武将でもなく革命家でもなくナイチンゲールをファンタジー世界でオマージュした作品は新しくていいですね! ナイチンゲールの有名な逸話を散りばめているのも素晴らしい✨
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