その頃、勇者(失格)一行は (3)
「ともかく参加するしかないんだなぁ、これが」
昏く淀んだ瞳で、ドベルク・オッドーはうめくようにつぶやいた。
烈火団の仲間たちは、追い詰められた表情で同意する。
勇者の証しを手に入れるための討伐任務に失敗した彼らは、なにもかもを失っていた。
烈火団を去ったのち、聖女が広めた悪評は、瞬く間に関係者のあいだに広がって、もはや積極的に彼らへ関わろうとするものはいない。
不死身の冒険者としての名誉は地に落ち。
その実力すら、不相応なのではないかと疑われ。
ついには、酒場ですら小馬鹿にするような陰口を叩かれる始末。
限界だった。
輝かしい栄光と共に生きてきたドベルクには耐えられなかった。
だから――甘言に乗った。
彼らに勇者となる試練を与えてきた人物が、再び接触を図ってきたのである。
目深にフードをかぶった、甲高い声の小柄な男。
その男は、ドベルクに機会を与えたいと申し出た。
「これは内密なお話なのですが……どうやら軍部は、特別な作戦を考えているようなのです。精鋭部隊と勇者の皆様で、魔族四天王――〝怨樹のトレント〟を攻略したいと考えているのです。なんとしても、是が非でも、ここで敵軍の要を削り殺しておきたいと」
いまならば、烈火団がつけた傷も癒えていないだろうから、戦力を集中すれば確実に倒せるはずだと、その人物は言う。
「しかも、軍が繰り出すのはあのウィローヒルを攻略した最強の部隊、英雄として銀十字勲章を叙勲する予定の元第61魔術化戦隊――その大規模再編が成された姿である、第61魔術化大隊なのです。そこにあなたがた烈火団の力が加われば……怖いものはありません」
「つまり、なにかぁ? 俺たちのお膳立てをしてくれるってわけか?」
その通りだと、小さな男は首肯した。
「作戦には従軍記者も同行します。あなたがたのご活躍は、燎原の火のようにギルドから市井へと広がるでしょう。つまり、誉れ高き勇者として」
「…………」
考える。
これまでの人生で、こんなにも頭脳を酷使したことはないというぐらいに、ドベルクは考える。
果たして、この人物の言葉は信用に足るだろうか?
答えは、信じるしかない、というものだった。
もはや、ドベルクたちに友好的な相手などいない。失っていないのは、この身ひとつ、命ひとつ。
だが、どうだろう?
もしもこの作戦が成功すれば、自分たちの失墜した名誉は回復されるのではないか?
汚名は雪がれるのではないか?
汚名返上。
名誉挽回。
考えるまでもなかった。
仲間たちに目配せをして、ドベルクは了承の意を告げた。
そうして、数日後。
彼は再び、カールカエ大樹海へとやってきていた。
装備は新調されたものでピカピカだった。
烈火団に残された財産を、余さず費やして、可能な限りの装備を集めた。
「決戦だ」
ズズズと鳴る鼻をかみながら、烈火団団長は独りごちる。
ニキータとガベインも、同じような面持ちをしている。深刻な、追い詰められたもの特有の顔つきだった。
もはや引くことは出来ない。
両腰に差した一対の剣。その重さが、わずかな安心と、手に馴染まない不安を同時に与えてくる。
周囲には、無数の兵隊が同伴していた。
軍隊の精鋭、トップエリート。そういう肩書きだと聞く。
彼らの武装もまた、実に真新しかった。
なぜだかローブの小男も、行軍に参加していた。
「ふん……やることは、単純なんだぜ。隠密行動で樹海を突っ切って、魔族の本陣に突入。電撃的にトレントに復讐をかます……!」
憎悪に燃える瞳。
痙攣したようにつり上がった口元。
ドベルクは、自分の正気がすさまじい勢いで燃焼されていくのを感じていた。
敵の本陣は近い。間もなく、トレントと再戦を果たせるだろう。
そのときこそ、この黒々しい感情を――
「……あの子を捨てたのが、ケチの付き始めだったのかもね」
「あ……? そりゃあ、あのクソ忌々しいクソエイダのことか!?」
「だって、そうでしょう!? いまのあたしらには聖女だっていないし……」
ニキータの弱気な言葉が、彼の理性を破断させた。
ブツリ。
なにかが切れた音ともに、ドベルクは拳を振り上げる。
「やめるのである! 団長! ニキータも!」
反射的に動いたガベインに羽交い締めにされ、それでもドベルクは暴れるのをやめられない。
黒く歪んだ情動が、ほとんど暴走していたからだ。
「間違ってたっていうのかよォォ、おまえたちまで、俺をォォォ!」
そんなことは言っていないとふたりは首を振るが、ドベルクには届かない。
「俺は烈火団団長、最強の双剣士ドベルク・オッドーさまだぞ!? 馬鹿にされていい人間じゃあ、ないんだよねぇ……!」
軍人たちが「やめないか!」「敵陣のど真ん中だぞ、騒がしい!」「行軍の途中に無警戒だ!」などと警句を飛ばしてくるが、そんなものが耳に入る余裕はない。
ただただ怒りにまかせて、ドベルクは絶叫し、騒ぎ立てる。
彼に正常な判断力は残されていなかった。
そもそも正気ですらなかった。
ここは魔族領カールカエ大樹海。
中央にそびえるジーフ山に構えた、魔族たちの絶対的な支配域。
だから、そこでわめき立てるということは――
「っ――ぜ、全軍臨戦態勢!」
部隊の隊長が号令を発するよりも、最初の爆撃呪文が炸裂するほうが早かった。
「――――」
ドベルクの目の前で、兵士たちが弾け飛んだ。
そして、戦闘が。
ほとんど一方的な、殺戮が始まって。
「う、うそだ……嘘に決まってるよな、これって……?」
ようやくにして、彼は状況を把握した。
周囲全てを包囲する、無尽蔵の魔族たち。
そう、烈火団と第61魔術化大隊は――
「嘘だアアアアアアアアアああああああああ!!!!」
敵陣にて、孤立したのである。