第六話 待望の支援物資です!
「こ――これはなんの騒ぎですかー!?」
聖女付きの折衝役、マリア・イザベラは驚きの悲鳴を上げた。
トートリウム野戦病院の前に、大量の荷馬車がやってきたからだ。
――否。
トートリウムだけではない。
レイン戦線全土の野戦病院すべてに、その日幾台もの馬車が到来することとなった。
混乱するマリアの前に、馬車から飛び降りたひとりの少女が姿を現す。
「あ、あなたは」
黒煙たなびく戦場にあってなお潔く、輝くように揺れる白髪。
意志の焔を煮詰めて固めたような、まばゆき輝きの紅眼。
その小柄な体躯からは想像も出来ない破天荒を成し遂げる、少女の名はエイダ。
エイダ・エーデルワイスが、再びトートリウムの地へと降り立っていた。
「マリア、なんの騒ぎかしら?」
「聖女ベルナ! こ、これは――」
「――――」
駆けつけた聖女も、壮観な馬車の群れを見て言葉を失う。
彼女たちの前に歩み寄ってきたエイダは、一抱えもある書類――物品目録を聖女へと差し出しながら、活力に満ちた表情で告げた。
「補給物資です」
「補給――」
「清潔な包帯、医療器具、まっさらなシーツ、洗剤……その他諸々、用立ててきました」
「どう、やって?」
引きつった表情で訊ねてはみるベルナだったが、なんとなく予想はついていた。
どうせ――とんでもないことを言い出すのだろうと。
「はい! ページェント辺境伯に、必要だから準備していただきました。今後も継続的に届きますが……あ、これがその目録です!」
「――――」
今回白目を剥いたのはマリアだった。
ほんの出来心だったとはいえ、彼女がエイダの清掃を手伝ったことが、廻り巡ってここに落ち着いたらしいと悟ったからだ。
だから聖女は、逆に落ち着いてしまった。ゆっくりと現実を噛みしめながら、ベルナは考える。
このあとに控えたマリアの激務は、きっと大変なことになるだろう。
けれどなにより、大変なのは。
「……エイダ・エーデルワイス高等官」
「はい、聖女ベルナデッタ・アンティオキア」
「あたしは、全ての医療行為を禁じました。覚えているわね?」
「もちろんです。なにか問題でも?」
笑った。
ベルナは声を立てず、口元をにこやかにつり上げて、これ以上無いというぐらい勝ち気に笑った。
「あんたはすごいわ、リトル・エイダ。惚れ直してしまいそう」
「?」
「わかんなくていいのよ。でも、物資があっても、誰が洗濯をしたり、掃除をしたり、包帯を替えたりするのかしら?」
「それについては、つい最近まで悩んでいたのですが」
「悩んでいたのですが?」
「ここに来て、どうなるか解りました」
「解ったの?」
「はい、解りました。だって――」
言いながら、少女は病院を指さしてみせた。
ゆっくりと――奇妙な確信に満ちながら――聖女は背後を振り返る。
そこには。
「おかえり、エイダちゃん!」
「待ってたぜ、このときをさ!」
「あなたから教えて貰ったこと、これで役立てそうだわ!」
上がるのは大歓声。
白き少女を迎え入れる、幾人もの回復術士、看護士、兵士の姿。
彼らは一様にこう言っていた。
戦場の天使を、歓迎する――と。
「ああ、まったく」
まったく、この少女はたいしたものだと、ベルナは心を温かくした。
そうして、エイダへと向き直り。
「エイダ・エーデルワイス。あなたに」
実に聖女らしい慈愛に満ちた微笑みとともに、こう告げたのだった。
「あなたに、この病院でのあらゆる活動を、許可します」
「や――やったー!」
諸手を挙げて喜ぶ少女。
そんな彼女を祝福する無数の声。
ベルナは天を見上げ、心の内だけでつぶやくのだ。
「本当に」
この少女は、導きの天使のようだ――と。
§§
かくして、野戦病院の姿は変わっていく。
この場に居合わせた者たちは、後の世で異口同音に次のようなことを語っている。
たしかにそのとき、
「時代が変わる音を、聞いたのだ」
――と。