表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/115

その頃、勇者(仮)一行は (2)

「こ――こんなはずじゃあ、なかったのにぃ……っ」


 地面に突っ伏したドベルクが、息も()()えにうめき声を上げた。

 勇者の称号を手に入れるため、魔族四天王討伐に挑んだ烈火団。

 しかし彼らはいま、まさに行き倒れようとしていた。



§§



 数時間前。

 四天王のひとりが根城(ねじろ)にしている、カールカエ大樹海(だいじゅかい)へとやってきた烈火団は、意気揚々(いきようよう)と高笑いをしていた。


「四天王とかいってもよぉー、所詮(しょせん)は魔族畜生(ちくしょう)なわけだからよぅ、こりゃあ楽勝じゃんねぇ……! おまえらもそう思うだろう? なぁ、ニキータ、ガベイン?」

「ええ、あたしたちは無敵ですもの」

「いかなる相手も一刀両断! 我が輩が重双斧(じゅうそうふ)(さび)にしてやるとも! がははははは!」

「……聖女さまはビビって後方待機だがな。まあ、そんなことで俺たちの強さは、かわんねぇか!」


 違いないと笑い合う三人は、ずかずかと無遠慮(ぶえんりょ)に森の奥深くまで入っていく。


「うへぇ、返り討ちの勇者候補たちだ。我が輩、こうはなりたくないものだな」

図体(ずうたい)(わり)(きも)(たま)が小せぇぜ、ガベイン。こいつらには力がなかった、俺たちは最強。それだけさぁ」


 森林に散らばる真新しい死体を見ても、ドベルクはそのぐらいにしか思わなかった。

 自分たちの力を、信じて疑わなかった。

 少なくとも、そのときが訪れるまでは。


「――ニキータ、ガベイン」

「解ってるわよ」

「おうともさ!」


 烈火団が臨戦態勢(りんせんたいせい)へと突入する。

 森が、急にひらけたからだ。


 そしてそこには、巨大な。

 天を()くほど巨大な、樹木があって――


「聞いて、聞いてなかったんだぜぇ……まさか四天王ってのが、あんなドデカい樹巨人(トレント)だったなんて、よ……」


 彼らはもちろん戦った。

 逃げるなんて選択肢を考えもしなかった。


 トレントの召喚した無数の小木人(ウッドマン)を次々になぎ倒し、切り倒し、魔術で焼いて、防御などすべて捨てて果敢(かかん)に挑みかかった。


 ガベインの斧は小枝をへし折り、ニキータの放つ(さん)は木の葉を一、二枚散らし、ドベルクの火属性を付与した双剣は、連撃(れんげき)をもってして(みき)に一条の傷をつけた。

 その繰り返しを続ければ、彼らは勝てると踏んだ。


 傷つけられるなら、削ることができるなら、どんな魔物でも殺せると。

 けれど、結果は――


「なんで、なんでだよ、チクショウ……!」


 弱々しく、倒れ伏したまま、ドベルクは地面を殴りつける。

 彼の赤らんだ鼻から、ぼたぼたと鼻水がこぼれ落ちていた。


 戦闘中、彼は突然のくしゃみに襲われたのだ。

 一度だけではない。

 何度も、何度も、それこそ戦闘を中断しなくてはならないほど頻繁(ひんぱん)にくしゃみをした。

 戦いのさなか、目を閉じるという行為がどれほど危険か、考えるまでもない。

 だが、ドベルクはまともに呼吸することすら危うかった。


 トレントのまき散らす花粉が、彼の鼻炎を加速度的に悪化(あっか)させたからだ。


「薬……」


 双剣士の脳裏を、一瞬だけ白い少女がよぎる。

 彼女が調合した薬は、すべて破棄(はき)してしまったことを思い出す。


(クソ)が……糞が糞が糞が!」


 叫ぶ。

 だが、答えるものはいない。

 仲間は、ガベインも、ニキータも、完全に意識を喪失(そうしつ)してしまっていた。


「こんなこと、これまで一度もなかっただろぉ……!?」


 冒険者などというヤクザなことをやっていれば、敗走する機会などいくらでもある。

 それでもいままでは、どんなときでも無事に、倒れるようなことはなく拠点(きょてん)まで戻ることができていた。

 そう、いままでは。


「…………」


 いま、この瞬間、まさにドベルクは瀕死(ひんし)だった。

 有頂天(うちょうてん)になって四天王へと挑み、返り討ちに()い、敗走し、そのさなかに力尽きて死にゆこうとしていた。


「……――」


 やがて、彼の意識は途絶え。

 そして――


「――い、おい! あんた! いい加減起きろよ、コラ!」

「ぁ……ぅ……?」


 (わずら)わしい怒鳴(どな)り声で、ドベルクは意識を取り戻した。

 いつの間にか落ちていた目蓋(まぶた)を開け、かすむ視界で目をこらすと、自分を取り囲む数人の冒険者グループの姿が見て取れた。

 彼らは一様に、ニタニタと下卑(げび)た笑みを浮かべている。


 あたりを見渡せば、そこは樹海の外れであり、仲間たちの姿もあった。


「ガベイン、ニキータ、生きてたのかぁ……」

「一応」

「う、む」


 言葉少なに、彼女たちは応じる。

 ここでドベルクは妙だなと感じた。

 なにかがおかしいと。


 そしてその違和感は、すぐに確信へと変わった。

 自分たちの装備が、()ぎ取られていたのである。


 どういうことだと目を剥き、冒険者たちを(にら)むと、彼らの荷物の中にドベルクたちの武器はおさめられていた。

 冒険者の代表である禿頭(はげあたま)の男が言う。


「あんたら烈火団だろ? 新進気鋭(しんしんきえい)、王都で名の(とどろ)く大英雄、不死身の烈火団さまっていやぁ、俺でも知ってるぜ!」

「……ああ、そうだ。俺たちは常勝無敗(じょうしょうむはい)の烈火団――」

「それが野垂(のたれ)()にとは、いい様だな! おおかた、勇者の称号に釣られて樹海までやってきて、そのまま返り討ちに遭ったんだろうが! へへ、所詮(しょせん)はあんたらもその程度ってわけだ。こいつは笑えるぜ!」


 ふざけるなと激昂(げきこう)しそうになるところを、ドベルクはギリギリで踏みとどまった。

 身体の自由がまだ利かなかったこと。なによりいまは丸腰で、対して男たちは武器を構えていることが原因だった。


「なんだぁ、その反抗的(はんこうてき)な目つきは? 俺たちが救ってやったんだぜ? あんたらを、俺たちの回復術士さまが、だ。勘違いしてもらっちゃ困るがよ、これはビジネスだぜ」

「ビジネス?」

「勇者候補たちを救って回るのが俺たちの生業(なりわい)だから、仕方なーく助けてやったって言ってるんだよ」

「なにが……なにが言いたいんだぁ、おまえ」

「ダメダメ! 口の利き方がなってない! おまえらは圧倒的弱者、救われた側。俺たちは救ってやった側。ンー、立場を弁えてほしいわけよ……!」

「ふざけんなよ! おまえらなんて無名の冒険者だろうが……!」

「その無名の冒険者が助けるまで、鼻水たらして情けなく失神(しっしん)してたのはどこのどいつでしょうかねー? ぎゃはははは!」


 ギリリとドベルクたちの奥歯が(きし)みをあげた。

 侮辱(ぶじょく)への怒りと、あまりの羞恥(しゅうち)に、彼らのはらわたは煮えくり返っていた。

 だが、冒険者たちは嘲笑(ちょうしょう)をやめない。

 烈火団の武具や荷物の類いをもてあそびながら、撤収(てっしゅう)の準備を始める。


「まあまあ、俺たちだって魔族じゃねえ。命を取ったりはしねーからよ。でもな、あんたらだってタダで救われちゃ気が病むだろ? だから――おまえらの装備は全部いただいてやるよ」

「――は?」


 は? じゃねよと男は(わら)う。

 ドベルクらを、敗北者を嘲弄(ちょうろう)する。


「正当な対価ってやつだ。言ったろ? 商売なんだよ。だから――もらっていくぜ」

「待っ」

「待たねえって。最低限動ける程度には回復させてやったから、あとは自力で逃げ帰るんだな、負け犬ども」

「――――」

「あばよ、無敵の烈火団さま? ぎゃははははははは!」


 冒険者たちは、ゲラゲラと笑いながら、その場を去って行く。

 追いかけようと走り出して、ドベルクはつんのめった。

 そうして無様に、またも地面へと顔から突っ込む。


「糞……糞!」


 鼻っ柱をすりむき、ボタボタと血混じりの鼻水を溢しながら、彼はいつまでも毒づき続けた。

 その両目には憎悪が。

 これ以上も無い怨嗟(えんさ)と悪意が、(こご)りはじめていた。



§§



 その後、拠点へと戻ったドベルクは、いの一番で聖女を呼び出した。

 そうして、回復処置を受けるよりも先に、彼女へとわめき立てた。


「おまえなんだよねぇ! 俺たちが恥辱(ちじょく)を受けたのは、全部おまえが戦闘に付いてこなかったからなんだよねぇ、これが!」


 思いつく限りの悪罵(あくば)を。

 行き場のない罵倒(ばとう)を。

 責任逃れの言葉を。

 彼は聖女に浴びせかけ、そしてニキータたちも追従(ついしょう)した。


献身(けんしん)が足りないんじゃないの、あんた? 信仰が足りない似非(えせ)聖女じゃない?」

「よくもそれで聖女が名乗れたな! 我が輩なら恥ずかしくて実家にこもるレベルだ!」

「パーティーを癒やせなくてなにがヒーラーかねぇ! えらい聖女だと聞いていたが、所詮(しょせん)はこけおどしって訳だなぁこれが! 戦闘に同行しなかったせいで俺たちが死にかけたんだから、その名も地に落ちるよなぁ! その辺りの責任、どう感じてるわけぇ!?」


 彼らの罵声を、聖女は黙って聞いていた。

 そうして、息継(いきつ)ぎにドベルクが言葉を止めたところで、


「解りました。では、お(ひま)をいただきます」


 さくりと、致命的な台詞を言い放った。


「は――はぁ……?」


 なんとも言えない表情で、首をかしげるドベルク。

 そんな彼をまっすぐに見据(みす)え、聖女は(こうべ)を垂れる。


「短い間ですが、お世話になりました」

「待て」

「勇者に選出されるほど高名(こうめい)な皆様方のためならとお思い、ヒーラーを引き受けましたが、どうやらこちらの見込み違いだったようです」

「待てって」

「まさか、ヒーラーに戦闘へ参加しろ、などという無知蒙昧(むちもうまい)なセリフを口にするような連中とは思いもよりませんでした。見抜けなかったわたくしの、不徳(ふとく)のいたす限りです。では、失礼」

「待てよ!」


 きびすを返す聖女の肩をドベルクが掴んだ瞬間、


「くどい!」


 聖女が、激発(げきはつ)したように一喝(いっかつ)した。


「あなたがたのような常識を(わきま)えないパーティーなどこちらから願い下げだと言っているのです! ヒーラーを戦いの場に連れ回すとか、頭がおかしいんではありませんか!? 聖女を仲間に(ぐう)したいというパーティーなど星の数ほどもいるのですよ? もっとも――金輪際(こんりんざい)あなた方の仲間になりたがる回復術士など、ひとりもいないでしょうがね!」


 それはつまり、烈火団の悪評(あくひょう)を彼女が広げると宣言したに近かった。

 そして、それを(はば)む手段が自分たちにはないと気がついたとき、ドベルクたちは崩れ落ちるしかなかった。


「……では、今度こそ失礼します。せめて見捨てられたあなたがたに、()てられたものすべての味方、堕天使レーセンスの導きがあらんことを」


 祈りの印を儀礼的に切り、そして聖女は姿を消した。

 あとには。


「……ふざけやがって……ふざけやがって……くそ……糞が……糞がアアアアアアアアアああああ!!」


 聖女にすら見限られたドベルクたちの、悲痛な怨嗟(えんさ)の叫びだけが、むなしく響き渡っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 勇者もどき達が死なずにすんだのは、まさに堕天使レーセンスの導きがあったからと言えそうですね。エイダが一時的に仲間になるほどのめちゃくちゃな強運ですよね。
[一言] エイダは一人で抗アレルギー薬を作ったのなら半端ない有能では
[一言] あー、なるほど 主人公は最初から仲間にいて どこにでもついていってから 仲間?はそれが当たり前だと思ってたけど 世間の常識では回復術師は安全地帯までしかこないってことね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ