第一話 パーティーを追放されました!
「ちぎれた手足も治せない回復術士とか、不要らないんだよねぇ!」
はぐれ魔族の討伐を終え帰ってきたばかりの拠点で、回復術士エイダ・エーデルワイスは、突然の解雇通知を受けた。
あまりのことに呆然としていると、彼女をクビにした張本人――烈火団の団長である双剣士ドベルク・オッドーは、聞こえよがしに舌打ちをしてみせる。
「ど――どうしてですか? 私はこれまで、皆さんのお役に立ってきたと思っていたのですが……」
ようやくエイダが絞り出した問いかけは、しごくもっともなものだった。
幼い頃に実家を放逐され、貧民窟同然の亜人街で食うや食わずのその日暮らしをしていた彼女を、貴重な回復術士だからと拾ってくれたのは、目の前のドベルクである。
粗末とはいえ食事と寝床を与えられた彼女は、ドベルクたち烈火団に多大な恩義を感じ、献身的に尽くしてきた。
炊事洗濯、家事百般。
それにとどまらず経理や雑魚の露払い、簡単な薬品の調合、ベッドメイキングまで、ありとあらゆる雑務を担当し。
そして、それだけではなく回復術士として、甲斐甲斐しく前線にまでついて回った。
これは、異常なまでの献身だった。
傷を癒やすことのできる回復術士、そして奇跡を行使する聖女は、とても貴重な存在だ。
ヒーラーの適性を持つものは一万人に一人産まれればいいほうで、手足を再生できる聖女ともなれば、十万人に一人産まれるかどうかといったところで。
その亡失は国家的不利益に直結し、だからこそ万一の過失致死を避けるため、戦闘について回る回復術士というのは、基本的に存在しない。
後方で待機し、戦闘を終えて戻ってきた戦士たちを癒やすのが本来の役目である。
そんなありえないことを、彼女はこれまで、平然とやってきた。
どんな強敵が相手でも、パーティーメンバーとともに戦線に立ち、ときに攻撃を防ぎ、ときには加勢し、仲間が怪我を負えば的確な処置を施してきたつもりだった。
事実、烈火団はいかなる死地、どんな強敵と戦っても生還する〝不死身の冒険者パーティー〟として勇名を馳せていた。
ゆえに、「どうしてですか?」と彼女は訊ねてしまった。
「おまえが、コ・ヒールしか使えない雑魚だからに決まってるじゃん」
たしかに、エイダは瞬時に傷を癒やすような回復魔術は使えない。
もげた腕をくっつけることも、失われた生気を取り戻すこともできない。
使える魔術は、代謝を高め回復をうながす局地的回復術だけ。
「ですから、私は応急手当を施してきました。応急手当は命を繋ぐ技術です。皆さんは、だからこれまで、無事に街まで戻ることができていたはずで――」
「それ。それが一番わからん。なんだ応急手当って? なんか役に立ってるの?」
「――――」
ドベルクは、鼻炎気味の洟をすすりながら、呆れたように言い放った。
絶句する彼女を、ほかのメンバーたちが冷笑する。
止血、心肺蘇生、凍傷や火傷の処置。
これまで彼女がおこなってきた傷の手当ては、どうやらドベルクには――そしてほかのメンバーたちにも、カケラたりとも理解されていなかったらしい。
ドベルクが洟をかむのを待って、エイダはおずおずと進言する。
「応急手当がなければ……皆さんは、死んでいたかもしれないんですよ?」
「俺たちが生き延びてきたのはさ、俺たちがめちゃくちゃ強いからだよ! みんなもそう思うだろ?」
「当たり前だわ!」
「おれたちゃ軍隊を除けば最強の冒険者だからな!」
はやし立て同意するメンバーたちの様子を見て、満足したようにドベルクが頷く。
それから、さもいま思い出したかのように手を打って、彼はエイダへとこう告げた。
「あー、じつはさ、今度パーティーに聖女様を加入させることになったわけ。もちろん手足の一本や二本生やせちゃう本物よ。そうなったら当然――おまえみたいな無能、お払い箱だよなぁ……? 言ってる意味、わかるかぁエイダぁ?」
「…………」
ことここに至って、エイダ・エーデルワイスは、それ以上言い募るのをやめた。
恩人たちが、自分を必要としないと言っているのだから、努力が足りなかったのだろうと考えたからだ。
彼女は下唇を噛みながら、無言でドベルクへと頭を下げ、団員の証しであるバッジを返上する。
受け取ったドベルクは、ニヤァっと趣味の悪い笑みを浮かべると、
「そうそう、それで俺たちはさぁ、これまでの功績が認められて勇者に叙勲されるんだってよ。あたりきしゃりき、きらびやかな社交界なんかにもデビューしちゃったりするんだけど。いやぁ、よかったぜ。おまえみたいな不細工、気味の悪い白髪お化けなんて、お貴族様の前には連れて行けないもんなぁ!」
違いない! とか、あひゃひゃひゃ! とか、品のない追従がメンバーたちからわき起こる。
白い髪に、赤い瞳。
物珍しいエイダの容姿を、ことあるごとに彼らは笑いの種にしてきた。
恩義があった。
大切な仲間だと思っていた。
だからどんな過酷な環境でも歯を食いしばり、彼らのために粉骨砕身の覚悟で歩んできた。
けれど。
「……なんだ? まだいたのか。早く出てけよ」
そう思っていたのは、彼女だけだったらしい。
彼らはこれから貴族と繋がり、甘い汁をたんまり吸っていく。その恩恵を、わずかなりともエイダに分け与えることすら、絶対に嫌だと考えている。
蔑み、奴隷のようなものだと考えている。
そうなればきっと、なにを言っても、聞き入れてはもらえないだろう。
だから。
「……お世話に、なりました。これ、置いていきます」
「なんだよ、これ」
「団長の、鼻炎の薬です。調合した分が、まだあったので」
「ふん……」
「では。えっと……これまで、ありがとうございました!」
顔を上げ、気丈に微笑んで。
そうしてエイダ・エーデルワイスは、パーティーから追放された身の上になったのだ。
ドベルクたち烈火団は、まだ知らない。
知るよしもない。
自分たちの活躍が、どれほどエイダに依存していたのかを。
そして、彼らがついぞ理解しなかった〝応急手当〟が、今後世界をどう変えていくのかを。
理解したとき、彼らはそのことを心から悔い改めることになるのである――