第187話
とりあえず自分の部屋に荷物を運んどくか。
新居に引っ越してるから、俺の持っている荷物はほとんど置いていないみたいだけど。
「あー、そうだお兄。お兄の部屋、私の荷物置き場になってるから。布団はそのままだから、寝るのに困ることはないと思うけど」
「ん、わかった」
どうせ、記憶がある時に甘えられて許可したんだろう。
俺、琴乃には甘いからなぁ。自覚あるくらいには甘々だ。
荷物を持って自室に行く。
と……本当に琴乃の荷物が多いな。
というより、ハンガーラックに服が沢山吊るされてる。まるでウォークインクローゼット状態だ。
琴乃の言ってた通り、ベッドと布団はそのまま。直ぐに横になって眠れるようになっている。
荷物を片隅に置いて、ベッドに座る。
……本当に俺、この家から出たんだな……俺の荷物がゼロだ。
こうして見ると寂しいと思うけど、この半年で色々あったんだと思い知らされる。
ベッドに寝転がって天井を見上げる。
「俺、記憶戻るのかな……」
どれだけ強がってても、心の底ではそればかり考えている。
たった半年。されど半年。
この半年で、俺の周りの環境は大きく変わった。
……このままじゃいけない。それはわかってる。
でもどうやって記憶を戻すのか……全く見当がつかない。
小さく嘆息すると、扉がノックされた。
「暁斗、いい?」
「……梨蘭? ああ、いいぞ」
梨蘭は「お邪魔します」と返事して、ひょこっと顔だけ覗かせた。
「暁斗、大丈夫? 気分悪かったり……」
「い、いや、大丈夫だ。今の所絶好調だから」
「そう、よかった」
……こいつ、本当にあの久遠寺梨蘭だよな?
こんな可愛い心配をするような奴だっけ?
それとも俺が知らないだけで、実は心配性だとか?
部屋に入ると、梨蘭は物珍しそうに部屋を見渡した。
「うわぁ、本当に琴乃ちゃんの荷物ばかり。前来たときとは変わってるわね。当たり前だけど」
「……え、部屋来たことあるの?」
「ええ。もう何度もね」
な、何度も……だと……!?
それってつまり、その……そういうことしてたりする、のか!?
妙にリアルな想像をしてしまい、顔が熱くなる。
梨蘭も俺と同じことを考えたのか、一瞬で顔や耳、首まで真っ赤にした。
「ちちち、違うから! まだ私とアンタはそんなことしてないからっ!」
「そ……そうか」
ほっとしたような。残念なような。
梨蘭は慣れたようにベッドに座る。
俺に触れるか触れないかの距離感で、またドキドキ。
「…………」
「…………」
無言の時間が続く。
でも不思議と居心地は悪くない。これが普通というか、梨蘭と一緒にいることに体が慣れてる……そんな感じがする。
梨蘭を横目で見ると、梨蘭も俺を見ていた。
安らかな笑みを浮かべ、俺の手をそっと握って指を絡ませてくる。
「ぅっ……!」
「痛い?」
「い、いや、大丈夫っ……!」
手の神経が剥き出しになり、興奮と快楽物質が脳から噴き出すような感覚が全身を貫いた。
そう、これは普通。普通だ。
俺と梨蘭は『運命の赤い糸』で結ばれていて、付き合っていて、婚約までしている。更に同棲までしてるんだ。これくらい普通、普通、普通……!
必死に自分に言い聞かせていると、梨蘭が楽しそうに笑った。
「ふふ。暁斗、本当に半年前に戻ったみたい。反応が初々しいわ」
「しょ、しょうがないだろ。実際半年間の記憶がないんだし……」
「確かにね。でも半年で色々変わったわよ」
「みたいだな。色んな人に聞いたけど、交友関係も人脈も広がったみたいだし」
これが『運命の赤い糸』効果ってやつなのか。
濃すぎる半年を送ってたみたいだな、俺は。
そんなことを考えていると、梨蘭はそっと俺の肩に頭を乗せてきた。
ふわっと香る柑橘系の香りと、久遠寺梨蘭そのものの匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
すぐそこにある綺麗なブロンズヘアーと、肩から感じる梨蘭の存在感。
心臓が高鳴り、正常な判断ができない。
「ぁ、ぇ……り、梨蘭……?」
「人脈だけじゃなく、他にも変わったものはあるわよ」
「え……?」
梨蘭はいたずらっ子のような上目遣いで、楽し気に見つめてくる。
すると、おもむろに立ち上がって俺の前に立つ。
「変わったのは、私も。私はこの半年で、だいぶ素直になれたわ」
「り、梨蘭……?」
俺の頬に手を添えて、そして——チュ。俺の頬に、キスをした。
「好きよ、暁斗。私はあなたが好き」
「…………」
「あなたの記憶を戻すためなら、なんでもするわ。一緒に頑張っていきましょうね」
「…………」
「じゃ、私はリビングに行ってるから。ゆっくり休んでなさい」
……。
…………。
………………はっ!? あ、あれ、梨蘭……?
部屋を見渡すと、梨蘭はいなくなっていた。
でも梨蘭の残り香と頬に触れた感触が、あれは現実だと言っている。
…………。
「素直になった梨蘭、ずりぃ……」
可愛すぎかよ、くそ……。
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