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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冥界に佇む休憩所

作者: いと

 何日。いや、何年歩き続けただろうか。

 暗い道を裸足で歩き続け、坂道を越えたと思ったらまたさらに坂道が見える。

 一週間前は大きな狼に襲われた。二週間前は凶暴な熊に襲われた。

 どの動物も獰猛で、目が合えばすぐに襲い掛かって来る。そして私は大怪我をする。

 しかし翌日にはその大怪我は治っている。残るのは痛かった記憶。そして嫌な感じ。

 初めてこのどこかわからない場所へ来たときは夢だと思った。

 でも私は確実に死んだ。ここはいわゆる死後の世界。そして地獄とか冥界とか言われる場所だろう。まあ当然のことである。私はそれ程の事をやったのだから。

 ゴールが無いこのまっすぐな道を私はあと何年、何十年歩み続ければ良いのだろう。


「ん? 良い匂い?」


 食べ物の匂いを嗅いだのは何年ぶりだろう。この世界では空腹にはなるが翌日にはその感覚が無くなる。口に食べ物を入れたのは死んでから一度もなかった。

 匂いの追ってみると、そこには小さな家があった。この世界で家という家は初めて見た。

 洞窟に入れば動物がいる。沼に入れば得体の知れない怪物がいる。そんな世界に家?

「『寒がり店主の休憩所』……人の言葉で書かれてある」

 看板には文字。文字を読むという行為すら久々なのに、目の前の家を前にして驚きの方が勝っていた。

『お客様ですかー?』

 中から声? でもここには人なんて。


 そんな事を思っていたら、扉が開いた。

 そこには水色の髪の小さな少女がちょこんと立っていた。沢山のマフラーをしていて、店の名前通りすごく寒がりなのだろうか。

「おや、人間のお客様とは珍しいですね。さあ入ってください。先ほど仕込みが終わったので料理を出せますよ」

「料理?」

「はい。ここは冥界の休憩所です。と言ってもワタチが勝手に始めたので、もしこの世界の偉い人が訪れたら困っちゃいますね」

 何を言っているのか全く分からない。いや、言葉は分かる。日本語……で話しているけど、どう見ても外国人の少女である。

「さあさあ、裸足で歩き疲れたでしょう。温かいラーメンでも用意するので入っちゃってください」


 ☆


 店の中は冥界とは思えないほど綺麗な木造建築だった。いや、死ぬ前に行った日本の建物と比べたら雲泥の差だが、それでもこの世界では間違いなく一番綺麗だろう。

「はい。ラーメンです」

「い、いただきます」

 箸を渡されて手を合わせてラーメンを口に入れる。

 口に食べ物を入れるのは本当に何年振りだろう。しょっぱいスープにツルッとした麺が喉を通り、普通のラーメンのはずなのに、今まで食べたラーメンの中で一番おいしく感じた。

「空腹は調味料です。そしてこの世界で食べる料理はおそらく一番美味しいでしょう」

「ええ、凄く……美味しいです」

 全てが懐かしく思えた。幼い頃、母が用事で出かけて父しかいないとき、不器用ながらも卵や海苔を乗せたボリューム満点なラーメン。

 友人の家で食べた駄菓子屋に売っているラーメン。

 お店で食べた行列のできると話題だった普通のラーメン。

 食べている時は何も感じなかったが、今となってはすべてが懐かしく、そして切なく感じた。


「ふむ、泣くほど美味しかったですか?」

「え?」


 気が付くと私の目には涙が流れていた。

「すみません。生きていた頃に食べていたラーメンを思い出しました」

「ふふ、故郷のラーメンには劣るかもしれませんが、頑張って作りました。この世界は植物は育ちにくいし肉もまともな物は少ないのですよね」

 ため息をつく店主。いや、少女? いったい何歳だろう。

 いや、それよりもラーメンを食べたおかげか少し頭が回るようになってきた。

 毎日感じていた空腹だが、昼間から満たされた状態は何十年以来だろう。

 本当ならこの場で昼寝をしたいところだが、凄く久しぶりに出会った『人』である。

「あの、もしかしてこの辺に村とかあるんですか?」

「え? 無いですよ?」

 無い? じゃあどうやってこの食材や家を用意したのだろう。

「当り前じゃ無いですか。ここは冥界で、罪ある人間や獣が辿り着く牢屋ですよ。出口も無ければ村も無し。ただただ苦痛な毎日を送るだけの牢獄ですよ」

 意味が……わからない。いや、言っている言葉は分かる。でも少女が話した内容と少女のやっていることに若干の違和感が残る。

「待って、貴女はどうしてここで宿を?」

「ワタチはここに迷い込んだ……ということにしましょう。ワタチから望んでここに来て、やることが無いからここで宿を経営しているだけです」

「ちなみに私以外にお客は?」

「時々変な生き物が来ますが、ちゃんとした人はもしかしたら初めてですね」


 気が狂いそうだ。


 じゃあこの子は何のためにここで休憩所を?

 客も来ないこの場所で何のためにここで?

「どこかへ行こうとは思わないの?」

「思いません。歩くだけ無駄です。さっきも言いましたがここは牢獄で歩いても何もありません」

「諦めているの?」

「そうですね。諦めています。だからここに家を建ててお店を開いてお客様を待っているのです。今日みたいに誰かが来るかもしれませんしね」

 笑って少女は答えた。

 しかし私にはその笑顔がすさまじく怖く感じた。

「もしかしたら出れるかもしれないじゃない。こんな世界から出たいと思わないの?」

「冥界からですか?」

「そう! ここから出て次の人生を過ごすの! ほら、転生……とか生まれ変わりとかあるでしょ! 漫画や小説みたいに!」

 必死に問いかける私に少女は首を傾げた。

「えっと、貴女は生前何をしてここに来ちゃいましたか?」

「え?」

「簡単な質問です。実体験ほど語りやすい物は無いと思いますよ?」

 少女は空の器を方付けながら質問してきた。

「親友を……殺したの」

「何故?」

「好きな人が一緒だった。でも親友は私に黙って先に告白して……取られたの」

「なるほど。恋ですか。となると、その先駆けした親友が許せなくて手を出したということですね」

「その場には好きな人もいたの。我を忘れてその人にも手を出して、もう嫌になって……」

 そして私はここにいる。彼のいない世界が考えられなかった。だから私は自分の命を自分で……。

「ふむ。なかなか興味深い『物語』でした」

「作り話じゃないわよ」

 思わず大声が出てしまった。しかし少女は淡々と話し始めた。


「いえ。この世界において現実はここであって生前は夢みたいなものです。奇跡とも呼べる確率から生まれたことに目を向けず、目の前の出来事に葛藤しただけでなく自ら命を絶つ。それは両親やご先祖様に対する冒涜であり、罪です」


 器を洗いながら淡々と話し出す少女。先ほどまで優しくラーメンを渡してくれた彼女とは思えない口調だった。

「確かに両親には申し訳ないと思うわ。でも祖父母は……」

 私が生まれる頃にはすでに亡くなっていた。だから感謝する理由が見つからない。謝罪する理由も見つからない。

「ふむ、目に見えるものだけが真実ではありません。簡単な事です。祖父母様が出会って無ければ貴女は生まれていません。同様にその先のご先祖様がいたからこそ貴女はいます。線と線がつながって貴女に辿りつき、そして貴女の代で断ち切られた。人と言うのは色々な状況で亡くなる存在です。例えば事故。例えば病気。それは一言で言えば不可抗力でしょう。ですが貴女のやったことは自業自得という物です」

 器を拭き終わった店員さんは棚に戻した。

「どうしてそんな淡々と話せるの? 貴女はここから出たいと思わないの?」

「ワタチはこの世界と契約しているのでここから出られません。だからこうして毎日時間をつぶしているのです」

 こんな少女がここから出れない? 契約?

「じゃあここで働かせて! 人と話すのは久しぶりで、その、何かしたいの!」

 ずっと歩き続けるのは嫌だ。もう何十年も歩き続けて、身も心も砕けていた。

 ここなら何かに集中できる。とにかく歩くことは無い。それに、何かに襲われることもない。


「それはこの世界のルールを破ることになります。貴女は歩き続ける運命のはずです」

「え……」


 何よりも冷たい言葉だった。

「先ほども言いました。貴女は大きな罪を償わないといけません。ここで貴女が働けば、間違いなくここで生きる希望を持ってしまう。それでは駄目です」

「良いじゃない! 永遠と続くただの道を歩んでいくよりもここで働いた方が絶対に……」

「絶対に?」


「楽しい……でしょ?」


 その瞬間、私を中心に周囲が一気に燃えた。

「何冥界で楽しもうとしているのですか? ここは重い罪を背負った人の牢獄です。貴女は現実世界に帰るために頑張って『無駄に』歩いていたのに、こんなちっぽけな休憩所を見つけた途端簡単に折れる程の意思だったのですね」

「ちが! 帰りたい! 帰るまでここで働きたいの!」

「それは甘えです。ここは休憩所。つまりちょっと足を止める場所であってそのまま留まる場所ではありません」

 さらに炎が強くなり、すさまじい熱気が私を襲ってきた。

「熱い! ちょ、これは」

「冥界の炎ですよ。残念ですがここで貴女とはお別れです」

「え……」

「生きる目標を失った魂はその炎で消えます。神様も人を作り出すなら元気な人間の方が良いでしょう。その逆は……ポイでしょうね」

「待って! あつっ。ちょ、出れない!」

 まるでガスバーナーのような勢いで下から出てくるため、そこから出れない。

「あ、盲点ですね。炎で燃えたらこの世界から出れるので、ある意味貴女の願いは叶ってしまいます。良かったじゃないですか?」

「良く無い! ここから出して!」

「都合の良い方向へいつも逃げますね。まだここに来たばかりの貴女の方が、生きる希望を持っていたのに」

 手足が燃え、そして体が燃える。

「きっともう二度と会わないと思いますが、万が一出会う事があれば、『寒がり店主の休憩所』をどうぞご利用ください」

「嫌だ……死にたくない」

「すでに死んでいるのですよ?」

「違う……生きてる。貴女は言ったわ。地球での私が夢だとしてここが現実。なら今の私は生きているの」

「ほう」

「いくらでも歩むわ。暗い道がどれだけ続くかわからないけど、絶対たどり着くわ。ずっと生きて、そして――。



 ☆


『ピー……ピー……』


 鳴り響く音。

 真っ暗……いや、目を閉じているからか。

 口には何かマスクのような物があった。

「先輩! 意識が!」

「先生を呼べ! 緊急手術だ! まだ息がある!」

 騒がしい。ここはどこだろう。

「桜花! 聞こえる!? 桜花!」

「おかあ……さん……」

 声がかすれて上手く出せない。ここは一体。

 薄い意識の中、冷たい手が私の頭をさすった。

「ふふ、まさか意識が戻るなんてね。綺麗なお花畑で遊んでいたのかしら?」

「マリー先生! 早く手術の準備を!」

「そうね。もう大丈夫。貴女は生きているわ」

 生きて……いる?


 ☆


 すごく長く、そして嫌な夢だった。

 結果暗い道をひたすら歩く夢。そこは冷たく、そして怖い場所だった。


「だいぶ良くなったそうね」

「先生」

 白衣を着た紫髪の先生が私の部屋に入ってきた。

「先生、ここは?」

「ここは病院よ。本当にお花畑にでも行ってたの?」

「お花畑とは縁遠い場所です。暗くて冷たい場所でした」

「へえ、まるで地獄ね」

「ですが、そこに一軒の休憩所があったんです。そこでラーメンを食べました」

「ら……えっと、なかなかシュールな夢ね」

 苦笑する先生。まあ、これは夢の話である。

 でも結局最後はとても怖かった。自殺なんて考えるんじゃ無いと思った。

 自殺……。

「そうだ! 加奈と壮太は!?」

 私が刃物で刺した二人の名前を言った。

「二人なら生きているわよ。刺しどころが良かったのかしらね」

「ほ、本当ですか!?」

 二人は……生きている!

 今すぐに謝罪しに行こう。そしてやり直そう!


「あ、でももう貴女の知る二人はいないと思った方が良いかしら」

「え?」


 先生の言っている意味が分からなかった。

「加奈さんは声が出なくなったわ。それと対人恐怖症にもなったわね。壮太くんは記憶障害。ようやく昨日『おはよう』が言えるようになったわね」

「なっ!」

 二人は生きているのに……まるで別人?

「貴女のやったことは間違いなく犯罪。これから待ち受けているのはあの二人の責任を貴女が持つのよ」

「それじゃまるで」


「そうね。地獄ね」


 私が言う前に先生が言った。

「生きているだけでマシな方よ。貴女に関してはこうしてお話ができるんだもの。あらゆる偶然に感謝して今日を生きなさい」

 そう言って先生は立ち去ろうとした。

「病院の先生として忠告するわ。二度と寒がりな店主がいる休憩所なんかに行きたくなかったら、自殺はしない事ね。辛い毎日は償いだと思いなさい。いつか報われる日が来ることをワタクシも祈っているわ」


 そう言って先生は去って行った。


「生きている世界が現実で、それ以外は夢。そうよね。あの時食べたラーメンは……夢よね」

 ラーメンは美味しかったけど、二度とあの休憩所には行きたくないと思った。確か店の名前は『寒がり店主の休憩所』だっけ?


「あ……あれ? 先生、さっき……」


 寒がりの店主って言ったような。



 了


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― 新着の感想 ―
[一言] おお、まさか『寒がり店主の休憩所』が冥界にまで……! とても深いお話でございました!
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