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魔戦士ウォルター62

 灰色。こいつがか。

 鋭い刺突を斧の腹で受け返し、ウォルターは傭兵達の間でも名高い「灰色」のことを思い出した。灰色の関わる戦に負け無し。

 評判高い傭兵だった。

「狼牙、貴様は最近何をしていた!?」

 袈裟斬りにされる寸前のところで後ろに跳んで避けて、間を置くとウォルターは応じた。

「秘密だ」

 そうだ、言ってはいけないこともあれば、言うほどのことの無いこともある。自然と出た解答だった。

「秘密!? 作戦中に寝返り、多くの同胞の血をその刃で啜って来た裏切者の戦好きめ! 皆の仇も含め、貴様を討つ!」

 と、ギャトレイ顔負けの機敏な動きを見せて、気付けば目の前で相手は大上段に構えていた。

「ちっ!?」

 刃が振り下ろされるのと避けるのは紙一重だった。

 風の音が空気を裂く。

 エルフの腕を見る。何という筋肉に溢れた太い腕だろうか。本当にこいつはエルフか!?

「灰色がエルフだとは思わなかったぜ!」

 ウォルターは今度はこちらから仕掛けた。

 斧を薙いで、薙いで、振り下ろす。

 だが、灰色が機敏な動作でそれらを避けてウォルターの背後に回っていた。

「さらばだ、狼牙アアアッ!」

 ウォルターはこれほどの窮地を知らなかった。だが、戦で磨いた勘が、背中から敵の中に飛び込むように身体を動かした。

「ぬっ!?」

 そのまま灰色の胸の中で反転し、斧で手甲の守りの無い敵の腕を切り裂くべく振るった。

 灰色は片手を放して手で刃を掴み取った。

「ちっ!?」

 ウォルターの首に灰色の左腕一本だけで握った剣の切っ先がぶれながら向かってくる。

 またしても死を前にウォルターの判断は早かった。

 彼もまた左腕を放してお守り代わりだった短剣を外套の下から抜いて、灰色の剣とぶつかった。

 だが、灰色は咆哮を上げるとウォルターを持ち上げた。

「今度こそだ! さらばだ、狼牙!」

 剣の切っ先が向かった先にウォルターはいなかった。斧から手を放し、着地するや、灰色の旋回撃を短剣で受け止め弾き返した。

「狼牙、貴様は三回死んだ!」

「それは違うぜ。こうして俺は生きている」

 ウォルターが応じると灰色は斧を差し出した。

「正々堂々とか。悪いが、敵の情けは受けない」

 ウォルターが頑なに言うと灰色は頷き、斧を自分の後方へ投げ捨てた。

「続きだ、狼牙! 短剣一本でどこまでやれるか見せて見ろ!」

「戦好きはお前の方らしいな、灰色!」

 短剣と長剣がぶつかり合う。ウォルターの眼前で、凶刃は幾度も狂ったように蠢き、こちらを仕留めようと動いている。

 俺の方こそ、カランやベレに短剣術を学ぶべきだったかもしれない。

 ウォルターは呼吸を荒げ、灰色の振るう一撃一撃を避け続けた。

「そうやって追い回され、追い込まれるがいい」

 灰色は笑みも浮かべず強い光の宿る眼差しを向けてきている。

 と、ウォルターは灰色の突き出した剣の刃をなぞる様に短剣を走らせ、一気に距離を縮めた。

 灰色が瞠目する。

 刃は灰色の心臓の前にあった。

「何故殺さぬ」

 その問いにウォルターも答えられなかった。

「気が向かなかった」

 ウォルターは心境をそう吐露した。

「まだやるか、武士、灰色」

「……手を引こう。少なくとも私自身は。だが、他の草原エルフ達を止めるつもりはない」

「それで充分だ」

 ウォルターは短剣を収めると斧を拾い上げた。

 大草原のエルフ、灰色のシュガレフはどっかりとあぐらを掻いて座り込んでいた。

「じゃあな」

 ウォルターはその隣を歩み去った。

 夜になっていた。

 アスゲルドから短剣を返してもらわなければこんな奇跡は無かったな。

 ウォルターはそう反省し、己も鍛錬を積もうと決意した。だが、まずは旅が先だ。

 酒場「リザードの炉」の前に仲間達が待っていた。

「ウォルター、遅かったな」

 ファイアスパーが言った。

「ああ、少しな」

 そうしてベレの手に短槍が握られているを見た。

 ということは。

 と、ギャトレイの隣にいるカランの腰には鞘に入った長剣が提げられていた。

「さぁ、狼牙も来たことだし飲んで食べよう! カランさん!」

「はい!」

「ベレもだぞ」

 ファイアスパーが言うとダークエルフの妹は頷いた。

「ファイアスパーは前科があるので酒は控えるように」

 ギャトレイが言うとファイアスパーは抗議した。

「私から酒を奪わないでくれ。それと寝過ごしたのと酒は関係ない。夜勤業務のせいだ」

 そう言いながら一同が酒場への入り口を開けようとしたとき、ウォルターはふと、後ろを振り返った。

 灰色の外套を纏った大草原のエルフがそこにいた。

「灰色」

 ウォルターが言うと、灰色は頷いた。

「考えて決意した。俺をお前達の一行に加えて欲しい。ダークエルフに対する神の意志は忘れよう。我は神を捨てた」

 仲間達を振り返る。

 月の光りと半分まで開け放たれた酒場の灯りがシュガレフを照らす。

「大草原のエルフ、灰色のシュガレフだ。今日から俺達の一行に加わる。反論は受け付ける」

 だが、すぐには誰も何も言わない。

「ウォルター、もしや、昼間いなかったのはそいつとやりあったのか?」

 ベレが尋ねて来た。

「その通りだ」

 ウォルターは頷いた。

「あの有名な灰色がエルフだってのは驚いたぜ。本当にダークエルフに対して変な真似はしないんだろうな?」

 ギャトレイが詰問するとシュガレフは堂々と頷いた。

「ウォルターの武の前に私は屈した。狼牙の魔戦士が何故評判が芳しく無いのか身を持って知った。そして震えた。その心根に」

 シュガレフの言葉にウォルターは照れ臭くなったが、顔には出さなかった。

 仲間達はシュガレフをまだ信用していないようだが、酒場の主のリザードマンに店に入るのか入らないのか? と、問われ、今は共に食卓を囲むことを良しとしたようだった。

 ウォルターは安堵した。そしてムッツリ黙りながら飲み食いするシュガレフが実は一文無しだと知ったのは宴が終った後だったのであった。

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