お弁当好きな死神と駅の話
哀れみの目で読んで頂ければ幸いです……!
「ねぇねぇ、知ってるー?〇〇駅の〇〇駅弁の噂!」
「えっ、なにそれ」
「なんかねー、期間限定で発売されるらしいんだけどね……」
GWも終わってしまう。
またあの激務に追われた日々がやってくる。
憂鬱だ。
「はぁ……」
楽しかった家族との団欒を過ぎ、俺は新幹線に乗ってまた苦痛しかない日常を過ごすことになる。
「そこの駅弁ね、美味しいらしいよ!」
「ほんとにー?あんた何でも美味しいって言うじゃん」
「あはは、バレてた?」
「てかさー、明日から学校ってまじだるくね?」
「ほんとそれ」
10代後半くらいの女子高生と思われる女子たちが甲高い声で、電車の中を賑やかにする。この休みに旅行にでも行ってきたのだろうか。
きゃいきゃい言いながら電車を降りていく。
さよならと手を振って2人は別れていく。
駅に残された1人は、思い詰めたようにただ突っ立って電車を待っていた。
先ほどの強気な明るさは何処へやら。
急に性格が変わったかのように絶望した顔をしていたから驚いた。
……学校も窮屈なのかもな。
俺も明日から仕事だ……。
君と同じ。明日なんてこなければいいのに、と思うよ。
せっかくのGWだっていうのに取れた休みも2日だけ。
あとは、戻って仕事仕事仕事仕事……。
駅のホームを降りると、あの女子たちが話していた〇〇駅弁の文字があった。
「期間限定の出来立て〇〇駅弁!」の上りも立っている。
「新幹線に乗る前に、駅弁でも買っていくか……」
レパートリーはいたって普通だ。
混ぜご飯か白ごはんに、玉子、和物、コロッケ、鮭、シューマイなどのおかず……。
本当に期間限定なのだろうか。
「すみません、一つください」
「1200円になります」
「はい」
「ちょうどですね、どうも」
目を合わせない店員に違和感を覚えながら、レシートを受け取る。
ずいぶんと若い子みたいだ。
もしかしたら、GWだったから人手が足りなかったのかもしれない。あの女子たちみたいにもっと遊べばいいのにな。
俺は駅弁を片手に新幹線へ乗り込む。
だが、いつまで経っても列車出発しなかった。
……間違ってないよな?
それか点検でもしてるのか?
ああ、そうだ、駅弁……。
「景色を見ながら、、とも思ったが食べちまうか……」
ガサガサと袋から取り出し、カパッと蓋を開ける。そういえば腹が減っていた。割り箸をパキッと割って、弁当を左手で持つと俺は貪り尽くすようにそれをかき込んだ。
おお……美味いじゃないか。品目は陳腐だったが、なかなかに味が良い。こう、食欲を煽るような。
丸いのはシューマイか。ふむ、コリコリしていて歯応えが楽しい。
おっ、ウィンナーも入っているな。こういう赤いウィンナーって好きなんだよな。
鮭やコロッケも焼きたてだからかホクホクしている。美味い。美味いじゃないか。
俺はあっという間にペロリと平らげてしまった。
どことなくふわっとした意識が、途切れ途切れに脳内を漂う。
「…………」
腹に手を当てふーっと満足していると、目の前に駅員がいた。
目を見開いて信じられないものでも見たかのように、ガタガタと震えている。
どうしたのだろう……。それより、出発はまだなのか?
「まだ動きそうにないのですか?」
「…………」
仕方がない。
一度降りて、別のルートで帰るか……。時間はかかるが電車でも……。
「あ……ぁあ……」
なんだ?変なものでも見るような目をして。
……この駅員も疲れているのかもしれないな。
俺は不審に思いながら列車を降りると、電光板の時刻を見て気付いた。もう0時をまわっている。
あんなにきて欲しくないと思っていた明日がきてしまった。
嫌だな……ああ、仕事には行きたくない……。仕事に追われてただ帰って寝るだけの生活。上司に理不尽に怒られストレスをかかえる毎日……。休みなんてほとんどないんだぜ……。昨日と一昨日が唯一の休みだったんだ。実家は楽しかった。ずっと居たいくらいだ。仕事は……嫌だ……。
右を見ると、終電の電車のアナウンスが流れてきて遠くから列車の音が聞こえてくる。
駅弁美味かったな……。
期間限定だというけれど、今度はいつ売っているのだろうか……。
また食べたいな……。
…………。
……。
、。
――お弁当を食べた幸福感からだろうか。
何故だか、足元がふわりと浮いて、心地良く冷たい風が流れた。
汗ばむ額を撫で、身体を急激に冷やす。
どこからか呼ばれた気がして、いや、行かなければならない気がして、俺は淵を蹴った。
脳裏に浮かぶのはあの美味しかったお弁当。
仕事に疲れた俺を癒やしたのは、そのお弁当だった。
彩豊かな弁当だ。
……待てよ。
果たしてそれは、彩豊かだっただろうか?
…………。
ゆっくり堕ちながら、口元を拭ったその手に着いたのは、真っ黒でドロリとした液体だった。
「あ゛ああ゛アア゛ァ!!!」
――俺が食べたのは果たして本当に、お弁当だったのか?!
そんな陳腐な問いが頭から離れない。
だけれど、それが恐ろしく、認めたくないのだということはわかっている。
深淵に飛び込む風の冷たさを感じながら、俺は思い切り歯軋りをした。
「ねぇねぇ、知ってるー?〇〇駅の〇〇駅弁の噂!」
「なぁに〜それ?」
「なんかねー期間限定で発売されるらしいんだけどね……、すっごく美味しいの!」
「へぇ〜」
「……今度は、お盆明け限定なんだって……!」