でぇと
目を慣らすため先に外に出る二人。
彼らを見送る母親は日陰から出ようとはしなかった。
「気を付けてね。キオクも」
「大丈夫ですわ!私が守りますから!」
それ僕が言いたいんですが…。悔しい、でも言えない!
一応刀は持っていこう。…置いて行ってもいつの間にか手に持ってそうで怖いというのもあるけど。
手を振りながら歩き始める。10歩くらい後ろを向いたまま、歩いていた。
えーと?目的地は旧市街だっけ?
旧ってついてるってことは今は人は住んでないってことだよな?今までの話から察するに魔物の住処になってそうなんだけどな。そこへ一体何しに行くんだろうか?
でぇと!でぇと!でぇ・とですわ!!今日は素晴らしい一日になりますわ!
見て!木々のざわめきが私たちを祝福しているようですわ!
こんな日が未だかつてあったでしょうか?いえ、ありませんわぁーー!!
トスファの想いに応えているわけはないだろうが、確かに強めの風が枝を揺らし色とりどりの葉が舞っていた。
しかし決して祝福をしているわけではない。
例えるなら、呆れている、ではないだろうか。
――――ハァ。
彼女もテンションアゲアゲスキル持っているのだろうか?やけにハイテンションなんだが?
しかし彼女の両親もよく許してくれたよな?僕の同行を。昨日あんなこと言っちゃったから無理かなとも思ったんだけど。
やっぱりあれか?彼女がいるからか?
相手は(勝手にランキング)最弱スライムとはいえ中には炎を吐くやつや数多のスキルを持ってるやつもいるのにあっさりと消滅させたしなぁ。
何か今余計な説明がありましたね?オタクは自分が得た知識を他人に披露したいものなのです!
(ん?彼女が見ているのは?)
トスファの視線に気づくが、キヲクとは目が合わなかった。
彼女の視界は周りがピンク色で覆われ、はっきりと見える中央には彼の一部が映っていた。
でぇととは!手をつなぎ仲良くお出かけすること!(お母様談)
私からいくのは、はしたないのかしら?
でも王子様は奥手でいらっしゃいますから、私から……でも!でもぉ!恥ずかしいですわぁーー!!
トスファは歩きながらも器用に体をくねらせる。
キヲクはそんな彼女を見ずに手にしていた刀を見ていた。
――――ハァ。
ああ、刀が気になるのか。
多分この世界にはないよな。あの時も誰一人として刀とは言わなかったもんな?
しかしなんて説明する?詳しく説明すると未来に影響があるよな?ナタカが困っちゃうか?
まぁまだ過去って決まったわけじゃないんだけど……ごまかすか。
そう決めたキヲクはどうするのが一番いいのか思案する。
洞穴を出てからずっと、彼は忘れていた。異世界だということを。
どうすっかな?昨日一緒に寝たように意外と子供っぽいところあるようだから…。
「手……つなごっか?」
迷ったら困るからね。主に僕が…。
「?!?!?!??!?!」
トスファの手足が前後に振られたまま硬直する。その直後ボンという音が聞こえた。
彼女の頭からは煙のようにもくもくと湯気が出ている。
こういうの実際あるんスね。
そんな場合じゃなくて!
普段洞窟暮らしだから熱中症とかか?!
いやでもまだ出てちょっとしか…。
それに手はそんなに熱くは…むしろひんやりとして柔らかく…。
僕の視線が彼女の瞳の中にいる僕の顔を捉えた。
その瞳はゆらゆらと揺れていて僕に何かを求めているようだった。
だけど…僕はそれに耐え切れず顔を逸らし、彼女の手を手に先へと歩き出す。
木々のざわめきがまるでブーイングしているかのように聞こえた。それは僕の心をかき乱す。
それから助けてくれたのは彼女の声だった。
「…キオク。そっちではありませんわ」
風がぴたりと止み、木々のざわめきも消えた。
――――ププッ。
(はぁあああああああああああああ。なんかカッコワREYYYYYYY)
これじゃそこら辺にいるDTと変わらんぜ?いや手を繋げてる分だけ僕の方が上か。
…これが目くそ鼻くそってやつか。
彼女はご機嫌だな。それだけが救いだわ。
それとも僕が気にしすぎてるだけか?また何か勘違いでもしてたか?
ああ、幸せですわ!幸せですわ!幸せですわぁーーーーーー!!
こんなに幸せで良いのかしら?彼の手のぬくもりがこんなにも私に幸せを運んでくれるなんて!
このままでは今日の分の日記が書ききれなくなってしまいますわ!
落ち込む男と超が付くほどご機嫌な女を繋ぐのは二人の手。落差を示すかのように激しく前後に振られていた。
皆さんはお気づきだろうか?
まるで青春ラブコメみたいなことしてんな、とか思ったり思わなかったりするかもしれません。
実際ほのぼのーな雰囲気が辺りを包んでいます。
ですが今…というか先程から魔物の襲撃を受けているのです!それなのに何故自分は落ち着いているのか?
最初に出てきたときはそれはもう驚きましたよ?
だけど、自分が驚いてる間に彼女が始末していたのです。
彼女が魔物に手を向けたと思ったら、パッと手が光ってシュッと魔物から光が出てシュルルルゥと吸収されて…なんかSE間違ってますね。で、大量の魔物が出て来ても同じように……もうダイ〇ンもびっくりの吸引力ですよ。
他人の無双を実際目のあたりにするとこんな感じなんだなぁってのが感想です。
あと怖いのは彼女が一切魔物を見てないんです。僕にずっと笑顔を向けてて。
最初は可愛いなって思ってましたよ?
けど段々とそれがヤンデレっぽく見えて…。彼女にそんな意図はないにしても恐怖を感じずにはいられませんでした。
うふふ、うふふふふふ。
この世のすべてが私たちを祝福しているようですわ!
あのマモノたちですら!美しい光を放ちながら!
それはさながら祝福の光の渦のささやきの幸せの求婚の鼓動の秘密の歌のようですわぁ!
自らの趣味を優先して女を付き合わせる男。男は白けていく女をほっといて一人楽しむ。
そんなデートの縮図のような光景が広がっていた。配役は逆ですけどね。
キヲクは空を見上げ、思いを馳せる。
……平和だな。この世界はなんて平和なんだ。
自然に溢れ、魔物たちの叫びが響き、可愛い笑顔に包まれて、つないだ手に謎の汗をかき……すみません、ちょっとだけ逃避してました。
そして僕が正気を失っている間にどうやら着いたようです。旧市街へと。
(ここが、そうか…)
道はかなり広いが現代の車道って感じではないな。舗装されてるわけでもないし。
他の乗り物が存在していたとかか?例えば馬車のように動物にひかせるとか。
地面は土がむき出しになっており、石も出っ張っている。
ただ植物は一切生えておらず、突き出てくるのが無理なほど固い土だった。
続いて辺りを見回すと建物のような物体が目に入る。
しかしそれらの外見に個性はなく、同じ見た目の建物が軒を連ねていた。
ほむ…ビルのような高い建物はないみたいだ。だけど古臭い感はない。
興味を惹かれ不用意に近づく。
壁に触れて見るとひんやりと冷たく感じた。
……木材ではないっぽ?触った感じ、コンクリートみたいだな。
まさか岩を刳り貫いたり削ったりとかじゃないよな?
建築知識はないから分からんな。
ただ四角いだけの家。屋根部分も雨を下に流すための斜面ではなく、平らになっている。
窓も丸く刳り貫かれているだけで、外とを遮断するガラスもない。
割れただけかもしれないが、外にはその破片は落ちていなかった。
キヲクはその時ようやく気付く。手に彼女のぬくもりがないことに。
あれ?トスファはどこに?
おや、慣れた感じで建物の中に…。
(…………)
体に吹き付ける風が妙に冷たく感じた。
慌てて彼女の後を追う。
ぼ、僕を一人にしないでくだしゃいーーー!!
ここはお店ではないみたいだ。荒れてはいるがそこかしこに生活感が感じられる。
学習能力というものが無いのか、中を見回し観察に注意を向けている。
あれは、テレビ?
昔の箱みたいな…他にも家電っぽいのがあるが……配線はないようだけど電力ではないということか?
彼女はこの辺は放置か。
そこから考察しますと…ポクポク…チーン!
一つだけ学習していた。トスファから目を離すのは危険なので視界には常に収めようとしていた。
しかし妄想は止めない。
結果、彼女は一人奥へと向かう。
今のこの世界はこれらを使用できない、更に分解とかして部品として使うこともない、もしくは出来ない。魔物のせいで退廃してしまい技術も失われていったと……これでドヤァ!
…まだ狭い世界しか知らないわけですし、彼女が今必要としてるわけでもない可能性は大いにあるわけですが。
「見つけましたわ!」
む…何か見つけたようだ。行ってみよう。
トスファがいたのは台所のようだ。
灰のようなものが溜まって残っている。
暖かい気候だから暖を取ったわけではないだろう。
トスファが漁っているのは床下収納みたいだ。世界が違ってもあるんだな。
彼女がそこから取り出したものが傍に置かれていた。
それは見覚えのあるフォルムをしていた。
これは……缶詰?!
異世界で缶詰!缶詰の利便性は世界の壁を超えるというのか!
しかもコイツは…缶切り不要タイプ!
なんてことだ…世界は…世界は一つだ!
またあのスキルが発動しちゃってるよ。パッシブスキルだったのか…。
しかし目的が缶詰だったとはこのリ〇クの目を……え?ネタはいらないって?なんて世の中だ!
ラベルには肉の絵、かな。貴重なたんぱく源といったところか。
いやこの世界でも栄養素は共通かどうか分からんけども。
見たところ肉の絵しかないな。魚食文化はないのかな?それか先に無くなったとかかも?
彼女はご満悦のようですな。
でもこれ食えるの?消費期限無いの、この世界の缶詰…?
キヲクは手にした缶詰をくるくると回している。字は読めなかったが、数字を探していた。
物欲しそうにされてますわね。私にはすぐ分かりますわ!
ふふ、しょうがない王子様。少しだけですわよ?
トスファは徐に一つ開ける。聞きなれた音と共に良い匂いが漂ってくる。
我慢が出来ず、手を伸ばした。
(いただきます)
こ、これは?!う、うま!
缶詰とは思えないほどジューシーで…これ負けてるんじゃね?!この世界の缶詰技術すごくね?!
これほどの技術が失われてしまったのか…。オノレ、魔物め!
トスファが期待していたよりも多く残っており、収納部にはまだまだ缶詰があった。
これだけあれば十分かしら?
…片手だと持ちきれませんわね。ですが両手で持つとなるとあのぬくもりが…。
彼女の手には10個ほど缶詰が積まれていた。慣れているのか、持つ手も缶詰も全く動かない。
それを見てキヲクは自分もできるような気がしていた。
本来の目的は言い訳に変わろうとしている。
(あ、これは僕の出番だな。荷物持ちにきたんだから当然だな!)
トスファが見ていたのは彼の手。もちろんこれから先も手を繋いで行くため。
それを理解しようとしない愚者。
――――ハァ。
まだ二日目だけど彼女のことがだんだん分かるようになってきたぞ。
これも女友達のおかげかな!ありがとう、みんな!僕は異世界でも元気です!
よーし、持てるだけ持って、と…。
ジャージのポケットにも入れとくか?いや、ずり下がっておぱんちゅこんにちはとかイヤだな。手だけにしとこう。
王子様が両手いっぱいにお持ちに…。お優しい心感謝いたしますわ。
ですが……ですが!ああ、優しさが罪ってこういうことなのね!
…それなら私も持てるだけ持っていきましょ。
キヲクは5個ずつ。計10個。
挑戦するもそれ以上は積めなかった。
トスファは10個ずつ。
魔物のことなど全く気にせず、あるだけ持った。
トスファは普段通りに、キヲクは手元を気にしながらも時々バランスを崩し、その家を出た。
もう用は済んだのかなと思ってたら、彼女は行きとは違う方へ歩き出した。
他にも用事があるのかな?それなら籠持ってきた方が良かったんじゃ?あるぇ?
「次、行きましょ!キオク!」
逆光でも分かるほど彼女の笑顔は眩しかった。