おうじきかん
多少はスッキリしたおかげか、朝まで寝れたようだ。これからのことを思えば気は重くなるが…。
彼女にはどう話そうか……。何も言わずに帰るのがいいのだろうか…。
いやそれは、さすがにどうかと。僕がいなくなった後に問題が起きても困る。
それなら――――
「ミケ、帰ろう。ごめんな。子供たちほっといて付き合わせて。ありがとうな」
頭を撫でると、ニャアと返事してくれる。通じたのかは分からないけど、それだけで僕は救われた。
帰りもミケに任せる。猫にも帰巣本能があると聞いたことがあるし。迷ったらその時だ。
来た道を戻っている、とは思う。
あれから何日経ったのか分からないほど平静さを失っていたから、それは願望かもしれない。
でも今は景色を眺める余裕が多少はある。
全部話そう、全部。彼女なら分かってくれる。
それにユズとドアもいる。何より彼女の理解者である両親がいる。
両親も義父さんもいない僕とは違って…。
記憶にない景色が巻き戻っている。
頭の中までそうされているようだ。
両親――――そのワードで思い出す。いつか見た夢を。
顔はよく見えなかったが、二人が僕の本当の両親で間違いないだろう。本当の名前を知っていたわけだし。
二人は何を言いたかったんだろうか?何を伝えたくて夢に出てきたんだろう?それとも僕が作り出した幻想に過ぎないのだろうか?
でも夢の中でも感じられたあのぬくもりは本物だった。この世界の家族がくれたものと同じもの。間違えるはずがない。
そして母さんは僕の幸せを願っていた。
親が子の幸せを願うのはどの世界でもどの時代でも共通なのか。だからお母さんも――――
いや、考えるな、フィニル。帰るんだ。
確証はない。けど…あの光の中での何とも言えない不思議な感覚は、この世界に来た時と同じもの。確証はないが、間違ってもいないはずだ。
約束を守るため、僕は――――
揺れた。
ミケが何かを避けようと丁度飛んだ時だった。
身構えていなかったため、頭が揺れた。
『今度は…私を――――ね?――ル』
――――ッ?!あの時の記憶…。
あれはもしかして、トスファなのか?でも僕は彼女に本当の名前を告げてない。どういうこと――――
ここで生かされる向こうでのオタク経験値。良くある話を思い出す。
――――繰り返してるのか?同じことを何度も?
いやいやそれこそ漫画とかアニメの見過ぎ…。
ミケの背から伝わる揺れが弱くなった。
何かあったのか、速度を落としたようだ。
「…え?」
これは…どういうことだ?
たくさんの人が不安そうな顔で佇んでいる。危険な外で。
遠目でも分かるほど目立つみんなの頭――――城の人たち?思ったより近くにいたのか、僕は?
そういえば猫って縄張りあるんだっけ?そこをグルグルしてたのかな?
まだミケのことを知らない人がいるかもしれない。
パニックにならないよう背から降り、彼女の前を歩く。
僕の姿を確認した人々が集まってくる。
みんなの表情が安心したものに変わっていた。
それを見て胸がチクリと痛む。
「王子!城内にマモノが?!」
「ユズとドアの二人が対処してますが、苦戦してるようでみんな逃げるようにと」
二人が苦戦?トスファがいるんじゃないのか?僕がいない間になにがあったんだ?
後ろの巨体に気付かないほど、みんな混乱してていまいち状況がつかめない。パニック状態が伝染してるようだ。
その群衆をかき分けて近づいてくる二人――――お父さんとお母さん。
僕を見るなり、
「トスファ、トスファは一緒じゃないの?!」
憔悴しきった顔で尋ねてきた。すごく取り乱している。
「…あなたなら……あなたなら大丈夫だって、そう思ったから――――」
お母さんの言葉を遮るように肩をガシッと掴んで首を横に振るお父さん。そして僕の方を向き問いかける。
「キオクと一緒じゃないんだな?」
「城にはいないんですか?」
僕の問いに目を伏せ首を横に振る。
それを見て疑問が生じる。
僕には分かる。彼女は城内にいるはずだ。
何故なら城の方から強大な魔力を感じるからだ。今まで何度も感じたあの――――
それを証明するかのように城の上空が黒い。
そこだけ夜になったみたいだ。
これを見たのは二度目。ユズの時以来か。
「トスファの事は僕に任せてください。もう、逃げませんから。――二人はみんなと共になるべく城から離れててください。――――ミケ!」
ミケに護衛を頼む。いつの間にいたのか、3匹の子猫たちも鳴き声で返事を返した。
一人、城へ向かって全力で駆ける。
僕のせいだ。彼女はきっと――――
それならこの世界での僕の最後の仕事は――――
「アニキ!あっしらも行きますぜ!」
「いや、外でみんなをお願いします!彼らはまだ戦えない」
今の状態ではなおさら、ね。
ミケだけで充分だと思うが、彼らもまた、戦えないだろう。彼女とは。
そうでなければ良いとは思うが、最悪は考えねば。
「…ですが、アレは…?」
モブさんが指差したのは、外敵の侵入を阻む城の玄関口。
「アレだけ…お願いします…」
初めて来たときは10人以上が汗を流して押していた。
それを一人で開けるのは、中でのことを考えたら自殺行為だった。
「ぐぬぬ…。これは…なかなか……」
「うぬぅ…せめて……もう一人」
「ふんぬぅ…」
「…むり……にかいはむり……」
4人が殿を務め、城門を閉めた。
魔力によって身体能力が向上したとはいえ、短期間で体力が回復するとまではいかない。
「やっぱり、僕も……」
「いや、ここはあっしらが――――」
そうは言うが時間は掛けたくない。
それに彼らが魔物と戦えなくなっても困る。
手伝おうと、何年前のものか分からない古びた木目に触れた。
「だらしないねぇ、あんたたち」
おばあさん?!もしかして…?
「ここらで、力を見せとこうと思ってねぇ」
「いやいや、ばあさん、無理すんな――てぇえええええええ?!」
彼女が力を入れるとほんの少しずつだが、扉が動き始めた。
「あ、あんたたち、ほんとに…情けないねぇ…。年寄り一人に、やらせる気かい?ハァハァ…」
「あ、はい。すんません。手伝います」
僕も彼らと同じように恐縮しながら、5人の魔力の輝きを見守った。
彼らが重い城門を押して隙間を作ってくれ、そこから侵入する。
「では、アニキ。お気をつけて!アネさんにもよろしくどうぞ!」
「…ありがとう。トスファをよろしくね。あと彼女も…」
「ひゅー…ひゅー……」
最後かもしれないけど、彼らの顔は見なかった。
おかしく聞こえていたかもしれないからね。
それに…余計なことを考えている余裕はない。
――奥か。彼女の魔力は奥の方、ユズとドアの二人のも!
人一人いない広大な城内に床を蹴る靴の音だけが響いている。
外の影響が中にも出ており、暗くなっているが見えないというほどではない。
その中で僕はあることを考えていた。
この先は…、お母さんと共に歩いた――――彼女がいるのはあそこか?
「…ああ?!」
「くぅうう?!コイツ、なんでこんなに強いのよ?!」
ユズとドアは目の前の魔物に対し何もできないでいた。二人の魔力は魔物に対して有効なダメージを与えられず、魔力の壁は魔物の魔力を前にあまりにも無力、一瞬で溶かされていた。
「おねえさまが来るまでもたせるのよ、ドア!」
「…ユズ様…でも……。――ううん。一緒なら、がんばれる…!」
おねえさまの部屋には誰もいなかった…。
せっかく、よば…ゲフンゲフン。
おねえさまはきっと来る。
男のアイツとは違う!…アイツとは…違う!
ユズ様は私が守る。
それに二人が来れば、なんとかなる。
それまでは私も頑張る!
何度膝をついても二人は立ち上がる。
彼女らでは倒すことは出来ない。それは二人にも分かっている。
けど倒すことが出来る人はいる。
なら話は簡単だ。その人が来るまでもたせればいいだけの話。
それが折れることは無く、何時間も戦い続けていた。
「トスファ!」
勢いよく扉を開けると、彼女とボロボロになった二人の姿が最初に確認できた。
…良かった、無事なようだ。
「どこ行ってたのよ、アンタ!…遅いじゃない!それでおねえ――」
「…トスファ、さんは……?」
二人が目の前にいるはずのトスファの所在を尋ねてくる。
そして何故か勝利を確信した顔をしている。
しかし、いないと分かると、その顔に不安が宿る。
「おねえさまがいなかったら、あのマモノどうやってやるのよ!」
二人にはそう、見えるのか…?目の前にいる彼女が――――
ここに入ってからずっと『彼女』を見ていた。
「二人がここまで連れてきたのか?彼女を――」
「――え?」
「あのマモノはアタシたちを無視してここまで来たのよ!それより、おねえさまは――」
僕は『彼女』だけを見続けていた。
そうか、自分の意志でここに来たんだ……彼女は――――
知っていたのかな?ここで式を挙げるって――――
両手を広げてみせる。だけど――――
「待たせてごめんね。お父さんもお母さんも心配してる。一緒に行こう、トスファ!」
いつものように彼女が飛び込んでくることは無かった。
それどころか、彼女の手には巨大な火の玉が――――
まじか?!あんなん食らったらあっちゅう間に蒸発してまう?!
二人の手を引き、慌てて部屋の外へ逃げ出す。
後ろからは凄まじい轟音が聞こえてきた。
扉の陰からこそこそ中を窺う。
煙が晴れて姿を現した彼女からは攻撃の意志を感じなかった。
言った傍から逃げてんじゃねぇか。いやでも真正面からあれはヤバい。
まだ完全ではないようだ。
暗い空の隙間から星のように輝く光が細々と降り注いでいる。
本当の夜空みたいだ。
……彼女は祭壇前から動いてないな。中に入らなければ大丈夫なのか?ゆっくりはしたくないが、作戦を練れるチャンスか。
考え事をしている僕の服を引っ張る人物が――――ユズか、一体なんだ?
「あれがおねえさまってどういうことよ!仮にそうだとして、なんでアンタに分かるのよ!」
なんでってこっちが逆に聞きたい。なんでトスファに見えないんだよって。それに僕が来るまで戦ってたみたいだし。
そういえば、フウマの時も、か?この世界の人間にはそう見えるのか?
いや、考えるのは後で良い。
早くしないと…彼女が完全に負に囚われてしまえば、体が持たない。
ナタカがやったように彼女の負を断つ。それしかない。
左手が空気を握りつぶす。何度も何度も…。
――――って刀ねぇじゃん!プチ家出した時、ここに置いていったじゃん!
この広い城内を移動すんの?!体力は無駄に使いたくな――――
いや、その必要はないか。
彼女と一緒だ。いつだって傍にいる。
―――なぁ?相棒!
静寂が辺りを包む。
それに耐えられず掲げた左手を閉じたり開いたりと繰り返していた。
「アンタ、ホントにいい加減にしなさいよ!何がしたいのよ!」
「まぁまぁ、ユズ様。そういうお年頃なんですよ」
ドアさん、それ効くんで止めてもらって良いですか?
でもそうだよね。今までないがしろにしていたのに都合のいい時だけ呼ぶなんて。
多目的刀とかかわいそうだよね。
やはりここは自分の力で何とかしないと――――
正にそう考えた瞬間だった。
手に感触が伝わってくる。
掲げた左手には刀が握られていた。
呪われたBGMではなく、貴重品を手に入れた時のような音が聞こえた気がした。
ありがとう。
何故!?とかご都合主義乙!なんて全く考えなかった。
ただただ感謝した。
「良いか、二人とも。よく聞いてほしい」




