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はじまり  作者: 新戸kan
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ゆうき

 あっぶねぇ?!ぎりっぎり!超ぎりぎりだったわ。運がよかったな、うん。

(ふふん、これでも跡取りですよ?この程度余裕で見切れますわ。紙一重で回避するなんて余裕のよっちゃんですよ!)


 ユズは焦りや苛立ちで魔力を抑えられないのか、コントロールを制御できてないようだ。

 リングが硬い石床を切り裂いて突き刺さっている。


 これはかなり危険だ。ドアに早く非難するように言わないと――

「…どおして――――するの」

(ん?ドアはどうしたんだ?なんかボソボソと…?)

 頭を下げているせいで顔がよく見えないが、口が動いているのは分かる。

 難聴系ではないはずだが、声が震えていてよく聞き取れなかった。



 声をかけようとしたが、これまで何度も経験してきたあのオーラの高まりを感じ、そちらに目を向ける。

「…キオクを……よくもキオクを!」

 トスファからいつものオーラが……いやそれよりももっと大きな影が彼女を覆っている。

 彼女の魔力が影響を与えてか、空が暗く濁っている。

 暗いのは悪い兆候、間違いなく彼女は――――


(まずい!彼女もブチギレモードだ!このままじゃユズが危ない!)

 魔力どころか自身の感情を制御しきれていない。



 トスファをなだめようと急いで駆け寄ろうとした時、彼女から巨大な火の玉が放たれた。その一撃でユズの魔力の壁が夏場のアイスのように簡単に溶けていく。

 まだどこかで制御できていたようだ。そうでなければユズは影だけを残して消えていたはずだ。

 壁が溶けていく様を目の前で見ていたユズは、ガタガタと体を震わせ腰を抜かしてしまった。自信に満ちた顔は面影もなく、完全に恐怖で染まっていた。

「ひっ?!」

 トスファの顔を見たユズの目から液体が零れる。そして彼女が後退った後にも…。

 壁際に追い込まれ小さな体を更に小さく丸め込む。


 ――――それを見てもトスファが止まることは無かった。

 彼女愛用のサンダルの跡が床にくっきりと残っていた。


「あなたが、そうなのね?……わるいまじょ」

(げ!ここにきて例の思い込みが!)

 トスファの視界には中央にユズがいるだけで他は全く映っていない。

 その眼は彼女の姿だけを鮮明に脳に送っていた。

「トスファ!止めるんだ!」

 他の感覚を完全に閉ざしている――――彼女の状態はそんな風に見えた。

(――ダメだ!完全にスイッチが入っちゃって、僕の声が届いてない!)


 彼女に近づき、触れようとしたが――

(魔力の壁か!…くそ!どんだけガードが堅いんだよ!)

 初めて使ったと同じ半球状の壁が彼女の歩みに合わせて動いていた。

「トスファ!トスファ!」

 壁をドンドンと叩くも、ロックオンされた視線がこちらを向くことは無かった。

「わるいまじょは……私が!」

 ユズに手のひらを向け魔力を集中する。

 それは魔物を倒していた時によく見た光景。

(封印じゃなくて吸収か?!完全に我を忘れている!このままじゃ彼女がユズを…)

 手のひらを向けられたユズの体が重力に逆らえなくなる。

「――?!力が?!」

 ユズの体から溢れた魔力が螺旋を描きながら、トスファの手に吸い込まれていく。それにより彼女の魔力の数値がすごいスピードで下がっていく。

 口が助けを求めようと動いていたが、掠れた息しか出ていないようだ。



(――止めないと!でもどうやって?)

 壁のせいで彼女には近づけない。声も届かない。

 なら―――割って入る?

 いやそれは最終手段だ。あれをもう一度試すしか!

 ジャージの中に隠しておいた刀を背中から取り出す。刀を抜き鞘を投げ捨て、一呼吸ついて構える。



 流れに乗せて斬る。それが流し斬り。そう教わった。

(――大丈夫。僕には魔力が見えている。あとは、心。心と体が一つになって初めて技となる!

 僕にもできるはずだ!)

 もう一呼吸ついて、足に力を込める。


「たあああああ!!!」


 勢いあまって体がそのまま前方に回転してしまう。

 背から床に落ち痛みが伝わってくるが、それよりも手の感触の方が優先され、その結果を確かめようと体を向ける。

 だが目に飛び込んだ二人をつなぐ螺旋の道は、今も一方通行を保っている。

(確かに一度は斬った。けど…流れが強すぎる!水を切ったようにすぐさま元に戻ってしまう!

 どうすればいい?どうすれば?!)


 長い時ほど、焦った時に頼りたくなるものはないのではないかと思う。

 頭に浮かんできたのは毎日欠かさず見ていた道場の風景。


(兄貴ならどうする?兄貴なら――――)



『フィニル、流れを止めるのは良くないな』

 ――流れ?

『そう、どんなものにも流れというのがある。例えば一連の動きもそう。それが自分の流れだ。相手がいる試合は言いかえればお互いの流れのぶつかり合い。そこで自分の流れを止めて相手の流れに呑まれてしまってはダメだ』

 ――自分の流れに相手を乗せる?

『それが一番手っ取り早いのかもしれないけど、相手だってそう簡単にはさせてくれない』

 ――それならどうやって?

『自分から相手の流れに乗るのも悪くないんじゃないかな?魚だって速く泳ぐときはそうするだろ?』

 ――でもそれじゃ相手が主導権を握ってるんじゃ?

『魚だって常に流れに身を任せるわけじゃないだろ?逆らうこともある。それが急流でもね。――呑まれるんじゃない、自分で乗るんだ。そして時には――』


 

(兄貴、ありがとう。また会うことがあったらお礼を言わないとな)


 目蓋の裏に兄貴の姿が浮かんだ。


 立ち上がり、長い時間をかけ完成させた自身の構えを取る。

 剣道でいうところの中段の構え。

 溜まっていたものをすべて吐き出すため、長い息をつく。


(――流れが強いならそれに乗る!乗り切ってみせる!)


 余計なものは必要ない。

 足りるだけの息を瞬時に取り込む。


(――――見えた!今だ!)


 流れに逆らう一太刀…それが――――


「逆流の太刀!!」


 そして――


「逆らう……勇気!!」


 一瞬だけ途切れた魔力の渦の間に割って入る。それにより吸収の対象がユズから僕へと変わる。

 力を奪われる前に首を向け、彼女を確かめる。

 

 ユズは前方に倒れ込み顔が床に強打されるが、肩が動いていた。

 それを見たキヲクの表情には安堵しかなかったのだが――――


(ああ、これ3回目かな……この力が抜けていく感覚。慣れるもんじゃないけどやっぱ慣れないね……。

 そうだ、最後だから言っとかないと……)


 そう、最後なのだ。

 でもどうしてかな?なんで全てがぼやけて見えるんだろう?

 ああ、そうか……僕は――――


「トスファ……ありがとう。君に会えてよかった。僕の大事な……」

 走馬灯のように頭を駆け巡る彼女との思い出。その中には僕の覚えのないものがあった。


『今度は…私を――――ね?――ル』


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