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はじまり  作者: 新戸kan
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おもわく

暴走してますね。いろんな意味で。

 子供のころ、よく母がお話を聞かせてくれた。

 その中でも特に好きだったのが王子様とお姫様の話だ。それはとてもこの世のお話とは思えないもの。私が知らない昔にあった本当の話なのか、それとも誰かが作ったお話なのかは分からないけど…。

 そのお話を聞くたびに私は瞳を輝かせ、胸を高鳴らせていた。…いつか私も、と子供心に思いを馳せらせた。

 だけど、大きくなって現実を知ってしまった。だから…これは夢なんだ。



「私は、トスファ、です……」


 トスファと名乗った少女は恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら体を揺らしていた。落ち着かないのか前で組まれた手が度々形を変える。



 ふぅ、やっとこっちへ返ってきてくれた。名前もちゃんと聞けたし、良かった良かった。

 ん?とすふぁ?これまたどこかで聞いたような…?

 とすふぁ…とすふぁ……んん?


 考え事をするときの癖なのか、彼は無意識に声に出し彼女の名を呼んでいた。顎に手を当てているのは創作物の影響を受けてのことだ。


 見た目が良く、年が近いように見える男が真剣な顔で自分の名前を呼び続けている。

 意識しなくても聞こえてくる声に反応し、トスファの顔がみるみる赤くなっていく。それはもう食べごろの熟した果実のように。



 な、なんで私の名前連呼してるの?!もしかして変な名前なの?!でも父さんが寝ずに考えてたって母さん言ってたし。それとも何か意味あるの?!

 でも、彼の声を聞いているとどこか安心する…。


 思考を重ねる探偵のようにぶつぶつ呟いている彼の横顔を、トスファはぽうっと眺めていた。



『初代女王トスファよ』


 凛々しい声が彼の頭に響いた。探していた記憶の一部を思い出したのだ。

 口と目を大きく開いている。


 あ……そうだ!あの時お姫様がそんなこと言ってたような…。

 でも、とてもじゃないけどそんな風には見えないし、同名ってだけの可能性も…。

 いやでももし仮に、仮にだけど彼女がそうだとしたら?そう考えたら今いる世界は…過去?転移かと思ったらタイムスリップしていたと驚きが鬼なる。

 そういえばフウマが時間にズレが生じる可能性があるって言ってたような…。でもそれは、異世界移動した時の話であって、そのまま過去に跳ぶなんて聞いてないし。あれか?最近よく見る…、ある(あるとは言ってない)ってやつか?


 彼の視線が地面とトスファの顔を行き来している。それに気づいた彼女は慌てて自分の体を確認し始めた。


 今度は真剣な顔してちらちらこっち見てるし?!何?!何なの?!

 まさか私の服が変なの?!彼は見たことない服着てるけど…。

 もしかして母さんが言ってたのってこういうこと?!女の子なんだから身だしなみには気をつけなさいって。でも、服の交換は貴重なものだし…。


 トスファは上下一体となっている服を引っ張って唸り声をあげているが、それが聞こえてないのか彼の方は顎に当てた指を離さない。

 それを遠目で見つめていた森の住人たちは普段通りの生活を始めた。



 過去に跳んだと仮定して話を進める。あの時代から一体どれほど時を遡ったのか分からないけど、僕が下手に行動を起こせば未来が変わる可能性がある?育ったのは向こうの世界とは言え、生まれはこっち。僕が生まれてこない未来になる場合も?あ、でも世界が分岐してパラレルワールドが誕生するかも?

 あー、なんか頭痛くなってきた。何でこんなこと考えてんだろ…。これ絶対僕向きの話じゃないわ。修正汁!

 って言えたら良いんだけどなぁ。しょうがない、ここはまず探りを入れよう。

「いきなりだけど、一ついいかな?君はもしかして、お姫様?」

 しまった。何ダイレクトアタックしてんだ僕は!遠回しにさりげなく聞くのがタイムスリップものの定番じゃないのか。え、違う?いやそれよりももっと推理物とか読んでたら良かった…。あー未来の僕が消えるぅ?!



 慌てているようにせわしなく動いていたトスファの動きがピタッと止まる。服を引っ張ったまま、彼の顔と服を交互に見ている。

 日が傾いてきたのか、照明のように二人の顔を照らしていた。


 お姫様……?

『お姫様は王子様と出会い結ばれ、二人は末永く幸せに…』

 ということは彼は王子様?私が子供のころ夢見た…?彼が着ている見たことのない服…。もしかして王子様の服?



 何だろう。ムッチャジャージ見られとる。ってそれもそうか。こっちの世界にはジャージなんてないよな。きっと珍しい恰好だからあんなまじまじ見るんだろう。ふふ、我ながらなかなかの洞察眼だ。


 閃いたとばかりに自慢げな顔をしている。その顔がトスファが想像する王子様像と一致した。



 そうだ、お名前。これから一緒に過ごすお方の名前をまだ聞いてませんでしたわ。…確かこんな感じよね?お話に出てきたお姫様の喋り方は…。今から少しずつ練習して早く慣れないと…。

「あの、お名前は…?」


 発する言葉にも気品を漂わせようと普段の声より高く発生している。仕草もそれらしくしようとスカートを摘まんでやや広げていた。


 おおっとしまった。名前を聞く前に名乗るのが礼儀だと古〇記にも書かれていたんだった。…いや知らんけど。

「僕はフィ…」

 いやそのまま名乗るのは良くないのでは?未来に影響が出るかもしれん。下手をすれば僕の名前がキラキラ輝いてしまう!しかし、この世界のネーミングセンスが分からんな。何か良い名前浮かばないかな…。


 先程と同じ格好で名前を考え始める。良い名前が浮かばないのか、口からは息だけが漏れていた。

 それを見たトスファは不安に襲われ、顔を逸らす。彼女は彼女で考え事を始めた。



 黙ってしまわれたわ。もしかして尋ね方が間違ってたのかしら?今度はうまくやらないと!


 両こぶしを作り気合を入れる。そこに優雅さや気品はなく、普段通りの彼女だった。


 そういえばナタカは記憶喪失って話だったな。僕と会ったときはいろいろ思い出してたようだけど。僕もこの手でいくか?ラノベ読書経験を生かして上手く話を作れるかもしれんし。とにかく臨機応変に対応し未来への影響を極力抑えないと!


 彼はがばと振り向き、口角を上げトスファの顔を見つめる。


「僕は記憶喪失なんだ」


 完璧な回答をしたと確信した彼の顔は、いつかの時のために鏡の前で練習していた、どや顔といわれるものだった。

 


「キオクソーシツ……。素敵なお名前ですわね!」

 今度は完璧でしょう?それにしても本当に素敵な名前…。王子様にふさわしい…!


 トスファは噛みしめるように復唱し、ぱあっと顔を輝かせた。


(ボケてるのかな?)

 彼は戸惑い素の表情に戻る。

 しかし何やら閃いたようで視線を上に送る。


 いや彼女の顔を見てもそんな空気は感じないしな。マジで名前って思ってるのかな。ナタカもひょっとして同じ苦労したのかな…?でも彼女が不審に思わなければこれでいけるか?まぁ最悪、後で何とかしよう。

 誰だ!夏休みの宿題を最終日まで残すタイプとか言ったやつは!何でバレたし!

「そう、僕の名前はキヲク。そう呼んでほしい」

 ヲにするのがポイントな!厨二感が出て最強に見える。ついでにアクセントも変えてばっちし!ええやん、ええやん!


 会心の出来とばかりに嬉しそうに表情に出すキヲク。


「キオク…。分かりましたわ!」


 その名を口にしたトスファも嬉しそうだった。

 

 ふふ、これからは毎日呼ぶことになるお名前なんだからしっかりと心に刻みつけないとね!

 ああ!これからどんな日々が待っているのかしら。うふふふ。


 期待に胸を膨らませるトスファとは対照的に、キヲクの方は渋い顔をしていた。


 なんか微妙に違う気がする。それに話し方も…。気のせいだろうか?まぁ『ぶ』と『ヴ』みたいに分かりにくいことってあるよね。漢は細かいことは気にしないのだ!


 その間僅か一呼吸分。切り替えの早さはチート級かもしれない。


 それよりもこれからどうするかだ。彼女の顔を見てたら何となく思い出してきた。彼女はあの時のお姫様、ナディによく似ている…。どことなーく面影がある。やはり、そうなのか…?だとしたら…。


 キヲクは確認しようと前屈みになってトスファの顔をじっと見つめている。視力はかなり良い方だが、集中してるためかじわじわとその距離を詰めていた。


(はぅあ?!)

 そ、そんな真剣な眼差しで見つめられたら私は…。ああ!胸の高鳴りが抑えられない!はぁはぁ、張り裂けてしまいそう!どうしよう!どうしたらいいの?!


 キヲクは眉を顰め目を細め顎に皺まで作っていたが、トスファの目には違うものが見えているようだった。

 彼女は左胸辺りをギュッと掴んで鼓動の速さを確かめていた。


(?何か呼吸が荒いな?大丈夫かな?うつむき加減で顔赤くしてハァハァしてるけど…)


 トスファの様子に気付いたキヲクは上体を起こし、腰に手を当てたまま窺うように見ている。


 は!そうか!さっきのアレ、彼女にとってはものすごい負担がかかったのでは?そう考えると、彼女がしばらくの間放心してたのも納得がいくな!やはり僕……天才か!



 もう!もぉう!これから私たちは二人で暮らして…。子供はそうね…たくさんいた方が賑やかで楽しいかしら?あ、でも、王位継承権で争いが起こるってお母様が聞かせてくれたお話にあったわ。兄弟で争うなんて嫌だものね。そう考えると…男の子と女の子の二人がいいかしら?名前は二人の名前から字を取るのも良いわね!今から楽しみだわ!


 トスファは勝手に熱を帯びる頬に両手を当てている。目を閉じると浮かんでくる光景が彼女の体を自然に揺らしている。


 今度はダンシングフラワーみたいにくねくねしだした…。もしかしてトイレかな?でも下手に聞いてセクハラ案件だったら…。いやこの世界にセクハラなんてないよな?…ないよね?似たような意味の言葉はあるかもしれないな。じゃ迂闊に言うのは危険だな。彼女のためにも早く用件を済ませよう。

「ちょっといいかな?実は(住むところがないから(ヒューーーーーー))君と一緒に行きたい(いたい)んだけど…」

 何だ、この作者に都合のいい風は?彼女にちゃんと聞こえただろうか?


 その風は一過性のもので今は音無く穏やかに流れている。しかしそれは彼女の熱を冷ますほどではなかった。


 こ、ここここここれは?!お母様の話にあった求婚の言葉!出会ってすぐなんて!やっぱりこれは神様がくれた私の物語…!でもまだ両親に報告もしてないし…。そうだわ!

「謹んでお受けしますわ。それでは私の住処へ!」


 両手を大きく広げ、体全体で受け入れ態勢を取る。それよりもキヲクは彼女の発言の方が気になっていた。


 住処?家とは言わないのかな?ああ、でもモンスターがいる世界で普通の街があるのはゲームとか小説とかの創作物ならではなのかな。結界とかそういうの無いと普通に街の中に入ってきちゃいそうだし。

 何にせよ良かった。野宿はさすがに危険すぎる。いろんな意味で…。



 森の住人たちが木の幹や根本に開いた巣穴に戻っている。まだかなり早い時間だが就寝の準備に入るようだ。



 帰ったらさっそく二人に紹介しなきゃ!それでたくさんの料理でお祝いして…。そして夜は…。きゃっ!


 ピンク色の背景をバックに、二人の男女の顔から肩までが見える。何故か肌色が多い。あと距離も近い。さらにさらに、何故か作画が少女漫画風だ。

 その空間の周りがキラキラと輝き、良い雰囲気を演出していた。


「えへ、えへへへ、えへへへへへへへへへへh」

 ゲホッゲホゲホ?!むせちゃった…。彼の前で恥ずかしい。



(何かむせてる…。彼女から同じものを感じる…)


 呆気にとられ、背中をさすってあげるのを忘れていた。

 恥ずかしいのか顔を赤く染めているとこまで似ている…。


 彼女が落ち着いたところで二人、横に並んで歩き始めた。


 そういえばその住処までは遠いのだろうか?それならいろいろ話を聞きながら、というのも悪くない。時は金なりって言うし。効率厨とかそんなんじゃないよ?ホントだよ?

 で、何を聞くかだけど…。うーん…。そうだ!さっきのスライムちゃんについて聞いてみよう。僕の頭脳ならそこから何かが分かるはずだ。

「あのさ?さっきのモ…えっと……僕に纏わりついてたやつなんだけど…」


 言い終わった後で口を押える。目が勝手に泳いでいた。


 あっぶね。モンスターとかこの世界で通じるか分からんし、下手に言っちゃったら名付け親として歴史に名が残ってしまう。よくごまかせたわ。GJ!



(?アイツラのこと知らないのかしら?)


 トスファは行動ではなく言葉に疑問を持つ。そして土で汚れたキヲクの服を見て察する。


 あ…そうよね!王子様だものね!きっと今まであんなもの見たことがなかったのよ!それで襲われたことで怖い思いをされたのかもしれないわ。でも大丈夫。私があなたを守るから!

「あなたはアイツラのことを気になさらなくて大丈夫ですわ。私が滅しますから!」

 あなたって言っちゃったわー!?ちょっと気が早かったかしら?


 言い終わった後で両手で口を押える。顔が勝手に熱くなっていた。



 伝わってないのかな?それとも呼称がないとか?いや勝手に決めつけるのは良くないな。きちんと聞いておかないと。

「ソイツラは何て呼ばれてるのかな?」

 首傾げてるな…。せっかくの可愛い顔がアホっぽく見える。

 悲報!アイツラはアイツラでしかなかった!不便だよなぁ。でも下手に名付けると歴史がががが。

 あ!そういえばフウマが化け物みたいな姿になった時…確か、魔物って…。魔力あるしピッタリじゃね?よし、決定!

「実は同じ様なのを見たことがあってね。魔物って僕たちは呼んでたんだけど」


 あたかも自分が考えましたと言わんばかりに、またもどや顔を披露する。二度目ですでに精練された顔だ。


 何故かキュンと効果音が鳴る。可愛いものを見た時に鳴るアレだ。


 マモノ…。素敵な響き…。

 アイツラのくせに生意気ですけど、王子様がそう呼んでらっしゃるのなら仕方がないわね。今度からそう呼ぶことにしましょ。

 それにしても博識でもあらせられるのね。そんなところも…す・て・き!


 彼女の青い瞳が一層輝く。少女漫画も驚きの輝きだ。



 とりあえず彼女からは不信感や疑念といったものは感じられないな。

 というか目がヤバい。さすがの僕でも勘違いしてしまいそうなアッツイ眼差しを向けられている。このままではまずい。また過去の過ちを犯してしまう!

 何か他に聞くこと、何か他に…。


 必死に頭を回転させる。もちろん非物理的に。しかし、これだという考えは思い浮かばなかった。だけど結果として意識がそれ、勘違いはどこかへ飛んでった。

 そうこうしている間も足が止まることはなかった。そしていつの間に辿り着いたのか、気づけば彼女の足が止まっていた。


「ここが私の住処ですわ」


 これから訪れるであろう日々はこの世界が如何なるものだったとしても、退屈とは無縁なものになりそうだった。

 何故かって…?



(んほぉおおおおおおお!洞窟暮らし!?これぞ異世界生活!最高やん?!)


 彼女の住処を目の前にしてテンションアゲアゲスキルが発動しちゃったからだよ!言わせんな恥ずかしい!





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