かべ
まずは壁の方から教えるとしよう。
しかし、どう説明するかな。
向こうの世界だとぬり〇べとかでいける気がするけど、こっちだとなんだ?普通に洞窟の壁で良いのかな?
壁を高く、そんなイメージだろうか…。
場所を広く使うため、両腕を地面と平行になるよう伸ばして、彼女にも同じようにするように促す。
互いの手に触れない辺りで手を下ろす。
(体育の授業なんかでよくやったなぁ。懐かしい。…でもですねぇ)
2メートルくらい離れた彼女は恥ずかしそうに下を向いている。
(触れそうになって顔を赤くするのやめてくれませんかねぇ?僕も照れてしまうんですが?)
気を取り直すために一つ咳払い。始めますよと、合図を兼ねて。
目の前に透明の壁をイメージしてパントマイムのように手を動かす。
存在しないはずの壁をパンパンと叩き、何度か頷く。
そのキヲクの動作をトスファは無言で見ていた。
「まずは洞穴の壁を思い浮かべてみようか。それを魔力で形成するんだ」
何故か満足気な顔をしている。
何かの影響を受けて練習していたのかもしれない。
もしかしたら、これが初披露だったのではないだろうか?
(これで結果はどうなるかな…?)
催促するようにキヲクにしか見えない壁を叩いている。
しかしトスファは体をもじもじ動かすばかりで、始める素振りを見せない。
「ん?どうしたのかな?何か分からない?」
「そんなことではないのですわ。あの…その前に一つ……できたらごほうびを…」
ここでやっと彼女の顔が赤くなっていた理由が分かる。
――――ハァ。
(このいやしんぼめ!そんな可愛らしく言われたら久々の真唯さんですよ!
しかし僕は王子!クールにいきましょう、クールビズ!)
頭と体は別物。
時には勝手に反応することもある。
彼は精神集中することでぴくっと反応したそれを抑えた。
「良いよ。それで何が欲しいのかな?」
「……教えてほしいのですわ」
「…?何をかな?」
「お母様とキオク、二人が仲良くしているのを見るとイヤな気持ちになるのですわ。それが何なのか分からないのです」
(こ、これは?!もしかして嫉妬?!俗にいうやきもち!英語で言うとバーニングmoti)
あ、餅美味しいよね。何とかしてここでも作れないかな?
いやいやいや。お母さんにじゃなくて僕に、だろう。お母さんを取られる、そう思っているのかもしれないな。子供はいつまでもこどもってやつかな。
頭の方が暴走することが多い彼は、邪念と認定するのも早く、否定を正念と捉え、冷静な判断をしていると考える節がある。
そうして辿り着いた答えに疑問を持たずに、そのまま口に出す。
「それは独占欲ってものだよ」
「どくせんよく?」
「独り占めしたいってことさ」
間違いではないと思いますわ。
ですが…その気持ちは前からありました。だから今回のは違う気持ち…。
せんせいにも分からないのかしら…?
「…分かりましたわ。それではやってみますね?」
引っかかるものはあったものの、そういうものかもと納得し、キヲクがやったように両手を前に出す。
(ご褒美なのに先に教えちゃったな。彼女が良いならいいか。
さて、あの説明でどんな壁になるのか……)
彼女の魔力量を考慮してもう少し離れてから見ることにした。
トスファは頭の中で今まで暮らしてきた洞穴を思い起こしながら、その壁を触るように手を動かしていく。
彼女にとっては閉塞されたイメージが強いのだろう。
コンパスの針のように自分を軸にして回転し始めた。
時には下の方を、時には天井を触るように手が弧を描く。
手から溢れる魔力がその動作で透明な壁を形作っていく。
そうして作られていくドーム状の魔力の壁をキヲクは見守っている。
(彼女を中心に半球状に形成されてるな。ボウルを上から被せた感じ?)
忠実に再現しているのか、ボコボコした内壁を表現するかのように線が入っている。
それが彼女の髪と同じように輝いて、そこに壁があると認識させていた。
だが見ただけではよく分からないこともある。
なので、彼女の邪魔をしないようゆっくりと近づく。
「そのまま維持しててもらえるかな」
指先でそっと触れてみる。
透き通った壁を通して見た感じでは、厚みはかなり薄いように思える。
(強度はどうだろうか?あ、でもどうやって試そう?刀で叩いたとしても結果は分かり切ってるし…)
そこで先に形状を変えれるか試してもらうのがいいなと考える。
「ごめん。形を変えることは出来るかな?例えばトスファの前だけに作ることは出来るかな?」
「やってみますわね」
トスファは一度背後に両腕を向ける。そして後ろから集めるかのようにしながら腕を前にもってくる。
壁は線が重なり合って厚みが増したように見える。
(おお!壁っぽくなった!飲み込みが良いのかな?)
そういえばお母さんが言ってたな。お話を聞かせてた、思い込みが激しいって。子供のころから培われた想像力の賜物か?
なんにせよ、覚えが良いと教えがいがあるね!
「その壁を維持したまま離れられるかな?」
「分かりましたわ!」
高まった気分が顔に出て、それが彼女にも伝わっている。
教える立場からしたらかなり良い雰囲気になっている。
彼女は両手を突き出したまま、言われたとおりに後ろに下がっていく。
自分がいいと言うまで下がり続け、10メートルほどは距離が空いただろうか。
暗さに慣れた目で風景と見比べてその距離を確かめた後、壁を注視する。
距離をとっても壁は消えない、か。これなら離れた位置に設置するのも可能か?
しかし、目的はこれではない。ここからが問題だ。
「その壁を維持したまま、もう片方の手で違う魔法を出せるかい?火でも何でもいい」
「…難しそうですわね」
「大丈夫!トスファならできるよ!」
可能性を信じ背中を押すのも指導者の役目。通称褒め殺し。(個人の意見です)
トスファはそうっと右手を下げる。
壁は消えていない。
彼女は確認するかのように壁と右手を交互に見る。
何度も見て壁が安定しているのを確かめてから、右手に集中し始めた。
遠くで周囲を照らす明かりがついた。
「やりましたわ!」
「それを壁にぶつけるんだ!」
トスファは相変わらずの緩い動作で火の玉を投げる。
しかしそれは、周囲の木々を昼間のように次々と一瞬だけ照らしながら、壁に向かって飛んでいく。
壁と火とが衝突した瞬間、二人を起こしてしまわないかと心配させる轟音が鳴り響いた。
風下のため向かってくる煙から守るために腕で顔を守る。
片目は沁みながらも、もう片方で壁の行方を見守った。
(結果は……壁は壊れることなく、火が消えたか。ふーむ…)
少しだけ咳き込みながら、考察に入る。
これはおそらくだが、洞窟の中では明かりとして火を使っていた。つまり、強さのイメージが壁>火となったからではないだろうか。
まぁそんなのどうでもいいです。壁としてはかなりものだと分かったわけですしおすし。
同時に二つ使うことも可能と分かったし、成果は上々ではないだろうか?
十分な成果に満足し、簡単に結論付ける。
上手くいきすぎているのは、自分の指導の賜物と受け取った。
鼻がピノ〇オのようにニョキニョキ伸びている。
(おや?トスファの様子が…?)
浮かれていて彼女の接近に全く気付かなかった。
すぐ傍に顔があるのに、前髪がかかって彼女の目が見えない。
小さめな口が動いて、そこに注意が向く。
「…ご褒美、ください……」
自分でも分かっているから恥ずかしいのだろう。
顔を少しだけしか上げられないみたいだ。
しかしそれは僕に効いた。
伸びた鼻が上に向かっている感じがする。
(このいやしんぼめ!さっきあげたというのに!けどそんな可愛らしく上目遣いで言われたら、童貞の僕は喜んであげちゃう!)
キヲクは指導者として面目を保つため、左胸を押さえる。
顔は平静さを保っていたようだが、あまり意味はなかった。
「それじゃ交代まで夜空でも見てようか」
彼女の肩を抱き寄せ、仰向けに寝る。
何が起こったのか分からなかったようで、彼女は目をぱちくりとさせる。
その後、今度はどうしていいのか分からなかったようで、僕と空を見比べている様は僕の失笑を誘った。
僕がこうしたかったんだ。
それだとご褒美にならないかもと思ったが、彼女も嬉しそうに僕の腕にその身を預けてくれた。
これでは見張りの意味がないなと苦笑しつつも、時間まで邪魔しないでくれと魔物に願うのだった。




