よるかいわ
やっと帰ってこれた…。
大きな大きなため息をつく。そのついでで呼吸を整える。
上のジャージを軽く摘まんで腕を振り、中に風を送り込む。
漂ってくる汗の匂いがいつもとは違う気がした。
あの後も平穏無事とはいかなかった…。
ジャージがなかなか見つからず、慌ててたら転びそうになって……それで偶然トスファを押し倒すような形になって、更に心配になって見に来たご両親にそれを目撃されて、さらにさらに……。
とまぁ、アクシデントが重なって重なって重なりまくって、もう精神力、体力ともにZEROです。疲れた……。
(しかし僕の戦いは始まったばかり!そう、好敵手が待っている!
ふふ、このくらいのハンデで良いのかい?もっとやってあげてもいいんだぜ?)
腕を組んで目を閉じ、静かに座して待つ。
心の中でテンションを上げて、士気を保つ。
「キオク、持ってきたけど……」
僕の状態を見て心配してくれてるのだろうか?
彼女は控えめに両手を伸ばす。
手のひらには珍妙な草が盛り付けられた皿が載せられていた。
(僕はね、約束は守る男なんだよ!食べずに寝るという選択肢はない!
それに徹夜明けがハイテンションになるように疲れた時こそその真価が現れる!今、戦うのがベスト!)
満を持して目の前に置かれるトスファの料理。僕は生き残ることが出来るのか?
「では、開・戦!」
得物の刃先を強敵と書いてともに向ける。
(いただきます)
手は淀みなく食事を口へと運ぶ。
(美味しんだけどなぁ。これがなぁ。いつの間にかなぁ。っておや?)
異変は感じないな…。
いつもだったら何かしらの副作用が出てくるんだが?
…ネタが尽きたか?
咀嚼しながら、つい天井を見上げてしまった。
もしかすると今の僕の体の状態が良いように作用してる?
今までは余計な力が働いていたとかだろうか?
例えば抗体的な?
むむ、掴めてきたかも。無心でありのままを受け入れる。それが…。
あ・い!
これこそが彼女が求めていた答え…あ・い、だったのだ!
そこで意識は途切れた。
「あら?お目覚めかしら?」
視界にはお母さんの顔と星空が映っている。
(これは…どういう状況だろう?何故に僕はお母さんに膝枕されている?しかもここは外じゃないか?何があった?)
「今日は代わってもらったの。トスファを説き伏せるのは苦労したわ」
(見張り…もうそんな時間なのか。僕はまた倒れたってことかな)
星々が輝くのにも魔力が関係しているのだろか、いつもよりも明るく輝いているように見える。
そんな色彩豊かな光に紛れて、トスファに遺伝したであろう彼女の青い瞳が僕の目を捕まえる。
髪と同じように目の色も変わっていた。
それと同時に後頭部に伝わる感覚が心地良さをもたらす。
(この感触…初めてだな)
母親ってのを知らない僕にとってはこの人がお母さんみたいに感じるんだよな。思わず甘えそうになる。
(けど堪能するのは止めにするか…よっと!)
後ろ髪を引かれる思いで、彼女のぬくもりと柔らかさに別れを告げる。
だけど惜しんでいるのは僕だけではなかったようだ。
「そのままでも良かったのに…」
残念そうな彼女に苦笑する。
しかしすぐにまじめな顔をして正面に向き直る。
その姿勢は兄貴の説教タイムと同じものだ。
「僕に話があるんでしょう?違いましたか?」
「…気づいてたの。さすがね」
(大体の人は気づくでしょう、おそらく。それでトスファの事ってのも)
「あの子の…トスファなんだけど」
(そら、きた。ヒミツの事でも話してくれるんだろうな)
「あの子…思い込みがすごく激しいの!」
(はい?重いミコ?真面目ちゃんかな?)
想像していた内容ではなかったため、黒目線の入った別の女の子の顔が浮かぶ。
正座したまま横に倒れそうになる僕を放置して、彼女は話を続ける。
「あの子が小っちゃいころ、私がいろいろお話を聞かせてたせいもあるんだけど」
(それは良いことなのでは?感受性が豊かになるとかで)
「特に好きだったのが王子様とお姫様の話でね」
(女の子だからね。普通の事だと思うけど)
「あなた言ったそうね?トスファを女王にするって…」
なんか雲行きが怪しくなってきたな…。これはアレか?以下妄想。
「あの子には幼いころからいろいろ教えてきたのよ!」
お母さんは手に持った鞭を意のままに操り、僕の体を拘束した。身動きが取れなくなった僕の体を、艶めかしく光る瞳が舐めまわすかのように見ていた。
「や、やめてください…」
「ふふ。口では嫌がっていてもその体はこの鞭が恋しいようよ?」
「それは…!」
「今夜もたっぷり可愛がってあげるわ!ほら!豚らしく鳴きなさいよ!」
「ぶ、ぶひぃぃぃ!」
「オーホッホッホッホ!!」
今日も女の高笑いと、豚の泣き声、鞭の音が演奏会を開いていた。
唯一の客である星たちは静かに聞き入っていた。
「キオク?聞いてるかしら?」
(は!なんか変なこと考えてた…。なんの話してたっけ?)
「あの子はね、昔から憧れてたの。王子様とお姫様に」
(女の子だからね。普通の事だと思うけど)
「そこへ王子であるあなたが現れ、そのあなたが女王にするって言った…」
(なるほどなるほど。そういう事でしたか。なら次に言われるのは…)
背筋を伸ばして、腿に拳を置く。
日々の生活で身に付いた姿勢。兄貴の教育の賜物。
「もちろん。責任取ってくれるわよね?」
「当然ですよ。当たり前のことを言わせるために僕と話したかったんですか?」
彼女の目を正面から見る。
1秒たりとも逸らしはしない。
(結果として彼女に直接言ったわけだしね。彼女を導くのは僕の役目だ)
僕の顔をまじまじと見ていたお母さんは、その解に安心したようで表情を和らげた。
「余計な心配だったみたいね。それじゃ娘のことはお願いね?トスファの王子様?」
変な言い方するなぁ。それじゃまるで僕とトスファが…。
いや変な勘違いするなって。これだからDTは…。
これはもうアレしかないね。いつものってやつだ。
無心で刀を振り続ける僕を、お母さんは母性溢れる笑顔で見続けていた。




