へんか
セーフだよね。
「終わったわよ。あら?あなたどうしたの?」
お父さんは両膝と両手をついて、激しく脈打つ心臓の音が聞こえそうなほど苦しそうに息を吐いていた。
慌てず騒がずゆっくりと近づいて、不思議そうな目で見ているお母さん。心配はしてないように見える。
僕とトスファとは正反対だ。
野草採り中、襲ってきた魔物は全てお父さんが倒しました。気を紛らわせるには一番いいかなって。
その結果ものすごくお疲れです。
ゼハーゼハー言ってるけど帰りは大丈夫かな…。
容赦なく照り付ける空が、今は悪魔の贈り物のように思えた。
「…これはすごいね」
彼女は自身の変化にすごい驚いてるようだった。
両の掌をまじまじと見つめている。
僕も彼女の身に起こったことを一つ一つ確かめるため、さりげなく横目でチラチラと見る。
おばあさんの髪が真っ白に…普通に年相応って感じだな。
だけど、曲がっていた腰が真っすぐになってるし、杖もいらないみたいだ。身体能力が向上したみたいだな。
どれどれ…。
おばあさんから見て取れる魔力量を脳内に送る。
僕の妄想力が変換作業に入る。
(数値にすると…40ってところか。お父さんより多い…。見るからに60超えてそうなのに…。女性の方が魔力が強いってことか?)
それなら良かったですね、お父さん?
―――良かったのか…?
しかしかなり早く結果にコミットしたな?お母さんの教え方が良いのかな?
これなら一度に教えられる人数も増やせそうだな。
それにここを訪れる人におばあさんが教えられるかもだし。
効率アップで世界平和が見えてきたな!―――やっぱ効率厨じゃねぇか!
それよりもっと。ここへ来た目的は他にもあるんだよね。
肩を回したり腰を回したりと、体の具合を確かめているおばあさんの傍に寄る。
「おばあさん。他に人がいるところ知りませんか?出来れば多く集まっているところとか」
「…そうだねぇ…。よくここへ来てたのがいるんだが、最近は見なくなってねぇ…」
「教えてもらえますか?」
「こことは旧市街の反対方向さ。どのくらいかかるか分からないから今日は止めといた方が良いよ」
それなら今日はいったん帰るべきか。
野宿の回数は減らした方が良いだろうし、未知なる場所で強い魔物もいるかもしれないからね。
「ありがとうございます。また来ますね。あ、他の人にも…」
「分かってるよ。こちらこそね」
皺まみれだったおばあさんの顔には新しい皺が出来ていた。
(よし、帰りますかね。あれ、お二人さんどうしましたかね?)
女性陣が何やら頷き合っている。
「頼もしいですわ…」
「そうですね、見習ってほしいものです」
トスファとは対照的なお母さんの細めた目がお父さんに向いている。
(しまった…。出しゃばりすぎたか?お父さんの地位が大幅下落してしまう)
チラッと見ると無言で首を横に振ってる。
心配するな、そう言ってくれるんですか?ありがとうございます、お父さん!
洞窟出る際、彼女らが見てないところで無言の握手を交わした。
帰りはお母さんが先頭に立っていた。
一度通った道は覚えられるそうです。
獣道…いや魔物道というべきか、それは道といえる道ではないんですが…。
お母さん、そのスキル僕にくれませんか?
でも、そのおかげでお父さんとの物理的距離は縮まったかな。繋がった手にチラチラ視線を感じるようにはなったけど…。
一部だけ変に枯れていたり溶けていたりと、自然にはそうはならんやろ草道を行く。
時々足を取られながらも、トスファの手に助けられお母さんの後をしっかりついていく。
そうしなければ遅れてしまうほど、彼女は健脚を誇ってズンズン突き進んでいた。
その腕にはお礼にともらった新しい服がかけられていた。
「帰ったらすぐ用意しますわね!」
僕にだけ伝わる――すぐに笑顔を返せない重みがその言葉にはあった。
忘れてたよ。帰ったら試練が待ち受けているのを。
おそらく進化は一度だけではないはずだ。二度、三度と進化していき、いずれは最終形態へと至るだろう。
それに対抗するには強靭な精神を身に付けなければならない。
僕で勝てるのか…?
思わず出た弱い心が体を震わせる。
いや、そんな弱気ではだめだ。戦わなければ勝てない。ある人もそう言っていた。
昨日の第一段階も何回も挑むことにより勝利を収めた。決して死ぬわけではないんだ。
これはもう勝ったな!道草食ってくる!
他に誰かいるわけがないと思うけど、一応辺りを確認してから木のすぐ側に立つ。
ちょっと催しましてね。皆様には待ってもらっています。
ついてこようとした人いましたけど、その人の母によって阻止されました。こういう時は頼もしいですね。
「ふぅ」
勢いよく聞こえてくる水音がいろいろなものを一緒に流していく。
ああ、今日も空は青いな。
そういえばこっち来てからずっと晴れてるな。異世界っていっても天気あるよな?雨降らないと水が循環しなくなるよな?
その思考が妨げとなって僕は気づかなかった。目の前に立っている木が動き始めていたことに。
「え?!」
かけられた液体を飛ばそうと、濡れた根が地面を割って出てくる。
(こ、こいつ?!魔物だったのか?!いけない、ひび割れた地面に足が取られてツタが躱しきれない!)
あっという間に体にツルが巻かれ、拘束されてしまう。
そんな力があるようにも思えない細いツルで持ち上げられ、両手足をあられもなく広げられる。
(なんでだ?!魔力が自然に見えるようになったのになんで気づかなかった?!…もしかして…?!)
ジタバタと体を動かしながら、周りを見てみる。
(やっぱりそうなのか!普通の木々にも魔力がある!それだけじゃない。石ころなんかも…)
この時初めて気づいた。キラキラと光っていたものの正体に。
(あん時、しっかり確認しとけば…!)
全身に力を漲らせようとしたせいか顔が赤くなる。
(くそっ!これが兄貴が言ってた慢心か?油断があったのか?いやそれよりも早く助けを…!)
彼女らに聞こえるよう大きく口を開いた。
「ふごっ?!」
丸みを帯びたツルの先端を口の中へ滑り込ませてくる。
(男の口にそんなもんツッコんで誰が得するんだよ?!やるなら女の子だろ?!前にもあったぞ、こんな事!どこの需要に応えてんだよ!)
暴れるキオクの体を押さえるツタのうち一本が怪しい動きを見せる。下のジャージを脱がし始めたのだ。
(ちょ?!ナレとか初めて聞いたかもしれない?!いやそれより、これヤバいって!薄い本が厚くなる展開だって?!まさかまさかの…ですか?!)
やべ!久しぶりだからオフにするの忘れてたわ。
おっと、仕事仕事っと。
嫌がる体は異常なまでに汗を噴き出し、それが潤滑油となって…。
(だからそれヤメロッテ!あ、いや?!そこはらめぇええええええええええ!?)
声なき声が森に響き、青い空はその全てを見ていた。
――――フゥ。
「ありがとぉおおおおおおおおお!!!」
僕はトスファに抱き着いていた。目と鼻と口から多量の液体を出しながら。
間一髪というところで彼女に助けてもらったのです。
おかげで未使用です。
「怖かったよぉおおおおおおおお!!!」
これはマジです。初めて恐怖を感じたかもしれません。
その今の僕の姿は王子としての威厳もへったくれもねぇ、って感じです。
だけど彼女は優しく頭を撫でてくれました。安心させるように。
覚えてないはずの母のぬくもりをそこに感じた。
これこそがBABUMIだったのか?
しかし甘く感じたその時は長く持たなかった。
彼女が手を止め、顔を赤くし困っているのです。チラチラこっちを窺いながらね。
きったない顔したまま、彼女の顔を見上げると目が合った。
「…キオク……当たってますわ…」
(ん?何が当た……)
「………………ポッ」
目を逸らす彼女を見て、血の気が引いていく。
この状況と彼女の言葉と赤い頬で、思い浮かぶ真実はいつも一つ。
(しまったぁああああああ?!脱がされたままだったァアアアア?!ぬぅおおおおおお?!これこそ使い古されたネタじゃねぇか?!何やってんだよ、僕?!)
慌てて象さんを隠す。
見られて喜ぶような癖は僕にはない。
(ご両親に見られる前に履かないと……。どこだ?どこにある?!)
「トランクス(とジャージ)さーん、どこぉぉおおお?!」
続きを催促するかのように空はまだまだ青い。
赤く染まるまではまだまだ時間がかかりそうだ。




