こんどこそ
物語の進展に合わせてキーワードを追加していきます。
今はまだなし。
そこに生きるモノたちの微かな声だけが聞こえてくる静かな場。見渡す限りの木で埋め尽くされ、その葉は昼であっても暗い影を生み出している。
所々光が差し込んでいる日だまりは暖を求める生き物たちの溜まり場となっていた。
そんな彼らがぴくっと何かに反応し、慌てて木陰へと移動する。
直後、辺り一帯を閃光が襲う。目が潰れてしまいそうな強烈な光の訪れを本能で感じ事前に逃げ出したのだ。
いや、光の強さが問題なのではない。それが発する力に慄き、危険を感じ取ったのだ。
木の中ほどの高さに出現し、ゆっくりと降りてくる光の玉。光が弱まっているのか中に人の形の影が見える。それは段々と濃くなっていった。
地に着いた光の玉はその形を形作るように収まっていき、あとには人の形だけが残った。
光と同じように輝く金色の髪。辺りの影と同じように黒い服。現れたのは空の色と同じ青い目をした少年だった。
「慣れないな…」
風が吹けば消えてしまうほどの呟きを漏らす。
2回目なんだし何回も経験したいことではないから慣れたくはないんだけど。さすがに懲りたし。ってこれ3回目か。
彼は頭を掻きながら下を向くと、暗い場に立っていることに気付いて何か思い出す。
おっと、早く帰らないと兄貴に怒られるな。いや、これはこってりお説教コースか?
それだけで済めばいいんだけどなぁ。帰りたくないなぁ。
そんなことは言ってられないので、とりあえず状況確認のためキョロキョロと辺りを見回す。家から近ければ良いんだけどと期待を込めて。
だがそこに立ち並んでいたのは見慣れた建造物ではなく、僕の背丈の数倍はありそうな巨木たちだった。
森?森かな?これを林さんってボケる人がいたら是非ともそのお顔を拝見したい。
それよりも、だ。近所にこんなとこあったかな?転移ポイントがずれたとかそういう系の話かな?まさか秘境グ〇マーに転移してしまったとか?さすがにそれはないか、ハハハ。
僕の笑い声が静かな森の中に響いた。むなしい。
視線を再び下におろす。先程は敢えて視界に入れなかった部分を網膜に映し出す。
いい加減現実を見よう。僕は逃避を止めて、右手に目を向けた。
刀だな。どう見ても刀だ。
光が消えてからずっとその感触があったのだが、僕はそれを無視し続けていた。
いやだって、あの時――――
彼が思い出していたのはここへ来る前の光景。直前の出来事にもかかわらずぼやけて見えた。
そこで同じ黒い服に身を包んだ少女と向かい合い、長い棒のようなものを押し付け合っている。
「あ!そういえば、この刀返さないと」
そう言って、彼女は刀を差し出してきた。けど僕は両の掌を彼女に向け、意思を表す。
「それも多分義父さんが君に遺したものだよ。だから君が持ってなよ」
やんわりと断り、それを受け取らなかった。
――――はずなんだけど。何で持ってんの?あれか?呪われた装備か?外そうとしたらあのびぃずぃえむが流れんのか?試しに捨ててみるか?いやだからポイ捨てはダメだって…。
容量を超えた現状に彼の脳が付いていけず、思考力が失われていく。うんうん唸りながら左右に移動したり、刀を持ったまま頭を抱えたりと、まるで自身の動きを制御できていないようであった。
イカン。頭が混乱してる。賢さが遊び人レベルにまで下がってる。いやでもこのままレベル上げれば賢者に?刀装備の賢者とかカッコよくね?ヤバくね?
彼は刀を見つめながら妄想にふけっていた。自身の格好いい姿を想像し、決めポーズまで模索し始める。
しかしわずかな時が彼を冷静にする。照れから頬を少し赤らめていた。
一旦落ち着こう。このままじゃダラダラと文字数が増えていってしまう。もっと計画的にいかないとね!
動揺して創造神とリンクする。たまにあるらしい。
しかしそれが許されるのはCMが流れる時間のみ。本編Bパートが始まれば彼が帰ってくる。
僕は誰に何を言ってるんだ…。落ち着けー。僕とりあえず落ち着けー。
もちついた!もう大丈夫だ!
この間僅か数秒。結局は彼の気分次第だ。
落ち着いた彼は腕を組み目を閉じて、状況整理を始めた。
よし!今こそラノベで鍛え上げた考察力の見せ所さんだ!
むむ…。
むむむむ……。
………。
…分からん。
この間僅か数秒。彼はあることに気付く。
顔を上げて見せた表情は開き直ったかのような爽やかな笑顔だった。
よく考えたら考察なんて高度なことなどしたことがなかったわ。ワハハハハハ。
風が彼の頬を撫でるように通り過ぎる。日陰で冷まされた空気が彼の熱も冷ます。
むなしい。これがツッコミ役がいない恐怖か。恐ろしさの片鱗を味わった気分だぜ。
そろそろキャラ変わってね?とか言われそうなので真面目に考えよう。
ある日僕は森の中。クマさんにはさっき会った。クマさんの言うことにゃ僕には魔力が…。
だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
心の叫びと共に地を右足で思いっきり踏みつける。衝撃で伝わる痺れを怒りで消した。
ここまでコケにされたのは生まれて初めてですよ。いや、自分からこうなったわけですが。
誰かタスケテー。せめてツッコミ役さん急募!アットホームですよー。
僕の願いが天に通じたんだろうか。森の中から何かが迫ってくる音がする。
いや、音よりも先にその存在を気づかせる何かがあった。これは確かあの時感じた…。
味覚のように繊細な感覚で自分の中で上手く捉えられないが、良い方向には考えられなかった。
刀を握る手に力が入る。無意識で行われたその行為に気付き、右手を見る。
そして喉を鳴らし、刀を左手に持ち替え右手を柄に添えた。
ソイツが現れる地点を特定していたかのように木の根元に視線を移す。
それはゆっくりとその姿を現した。
何かヌルヌルドロドロした液体状のものが動いてる。
ス〇リンかな?僕悪いス〇イムじゃないよとか言い出さないかな?
彼がイメージする青いソレではないが、その生物は体が透けており、その体内には草や石ころなどが見られた。
移動するたびにその内容物が増えていっている。
ん?んん?ということは?
ここは異世界ですか?転移からの転移デスカ?特殊スキル異世界転移でも習得したかな?
もしかしなくてもこれはついに来たか?僕の僕による僕のための無双タイムが!
「ふ…、ふふふ。ふははははははっはははははh。…ゲホッゴホッゴホッ?!」
高笑いを始めたと思ったら急に咳き込みだした。
彼がス〇イムと言った生物は音に反応しないのか、動きに変化はない。
むせってぃ。テンションアゲアゲスキル発動してしまったわ。
僕は手に持っていた刀を抜いた。
スラ〇ムといえばレベル1でも勝てる最弱モンスターとして有名。こいつを倒せば経験値が入って、ひたすら倒しまくれば初期街カンストも夢ではないはず。
彼の頭の中で夢の花が咲く。ラノベを初めて読んだ時から抱いていた野望がついに目覚める。
彼は子供のころから教えられてきた中段の構えをとった。
「目指せチート!目指せ無双!今ここに僕の物語…爆・誕!」
そう言って斬りかかるが…、粘着性液体物を斬ったとは思えない音が辺りに響く。手には硬いものに弾かれたような痺れがあった。
首を傾げ気づかれないように静かに後ろに下がる。
木の幹に手を置き体を支え、額もつける。静かに目を閉じ、脳を働かせ始めた。
えっと?状況を整理しようか?
僕はスライ〇に斬りかかった。そんでその体に刀が弾かれた、と。
おかしくね?液体状だから斬っても意味ないとかならわかるけど、弾かれたって何さ?
硬質化のスキルでも持ってんの、この〇ライムもどきは。
刃を確認してみるが刃こぼれは見られない。芸術的にも美しい刃文がきらりと輝いた。
疑問符が大量の花を咲かせている最中、僕はあることを思い出す。
興奮しすぎて忘れてた。この感覚、もしかして魔力か?
閃きに近い感じで思い出した彼は勢いよく振り返る。早速目に入ったソレは本能の赴くまま捕食を続けていた。
僕は目を凝らすようにしてスライムをじっと見つめた。すると、微量ではあるがその体からオーラのようなものが発せられているのが分かった。さらに同じようにして刀を見てみたが、それからは何も感じ取ることが出来なかった。
納得したように何度も頷いている。その目には新たな希望の光が宿っていた。
ははあ…なるほどなるほど。そういうことね。理解した。
つまりこの刀にも魔力を付与すればこいつは斬れるわけだ。
危なく最弱モンスターに負ける主人公になるところだったわ。そんな主人公、ラノベにはおらんやろ。(笑)
だがしかし、僕には魔力があるのだ!…残りカスレベルですがね。(小声)
そうと分かれば早速実践ですぞ!
両手で柄を握り、構える。
……。
…………?
…………………(汗)
どうやってやるんだよぉおおおおおおおおおおおおおお!
力を入れてみたり、精神を集中してみたりと、思いつく限りのことをやってみたが刀には何の変化も見られなかった。
あったとすれば、自分の手に柄の跡がついただけだった。
そりゃそうだ。ついさっきまで普通の人間だと思って生活してたんだから、いきなりはいそうですかってできるわけあるか!そんなご都合展開ダメだろ!いやむしろ今コイ!
心で叫ぶが何かが起こるわけではない。
反応の無さに寂しさが増し、過去に読んだ作品を真似してみることにする。
大賢〇さん、いませんか?ちょっとだけで良いんで僕にもいろいろ説明してもらえませんか?
いや、いるとしたらむしろアッチか。スラリ〇だし。
その時、僕に思い出し電撃が走る。
は!キタコレ!思い出しキタコレ!ご都合展開キタコレーーーーー!!
あの時彼女はあの技を使っていた。そして魔力に包まれた負を断ち切ったのだ。
同じ教えを受けた自分ならば出来るはず。いや彼女に出来て僕に出来ないはずがあろうか?
同じ服、同じ刀を振るう少女の姿が頭に思い浮かぶ。
何もできなかった自分とは違い、勇ましく刀を振るった彼女のことは脳裏に焼き付いていた。
脳内の情報量の多さにしばらくの間、片隅に追いやられていたわけだが。
「ふふ、思わず慌ててしまったよ…。だが!貴様の!命運も!これまでDA!」
僕は刀をビシっと突き付けた。感動のあまりしばらく動かなかった。
これは決まったわ。明日の一面もろたで。
アカン、作画崩壊の前にキャラ崩壊しとるで!影響を受けやすいのも問題やね…。
気を取り直し、刀を構える。期待で口が自然とニヤリとする。
スライムさん、今まで大変長らくお待たせしました。では、参ります!
「(見様見真似)真・流し切り!!」
くぅぅぅぅぅ…、子供だってこう言っちゃうよね…。
手が、しびびびびびび。
えー、結果から言います。僕にはあの技使えませんでした。今、手が痺れてる真っ最中です。スライムさんは元気です。そして、今まさに僕の体に…。って!
「のぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお?!」
ちょまっ?!体にまとわりついてきて?!
スライムはその体を自在に伸ばし、彼の全身を包み込もうとする。慌てて体を動かすも、水の中のように動きが鈍かった。
これはアレか?服が溶かされるサービスシーンか?早くもテコ入れか?!女キャラならご褒美ですが僕男ですよ?!誰得ですか?!あ、一部の人にはこれもご褒美になるのか…。
「らめぇぇぇえええええええええええええ?!」
スライムちゃんが服の中に入ってきてるぅぅ?!
あ!やめて!そこは?!
初めての相手はスライムでした…。
とかイヤだろぉ?!あ、でも擬人化してたらアリか?
ちょ、現実見ろ!逃げんな僕!今纏わりついてるのは擬人化前のスライムちゃんだから!
体を暴れさせ必死に抵抗する。こんなことで貴重なDTを失うわけには、という思いが僕を強くした。多分。
握りつぶしても再生するかのように元に戻る。が、気にせず力の限り暴れ、秘所への侵攻を遅らせる。
ここが踏ん張りどころ。今こそ漢を見せろ僕!粘れば打開策が思いつくはずだ!
だが、急に力が抜けていく。その感覚には覚えがあったのだが、その時は余裕がなく気が付かなかった。
(ああ…。最早これまでか…)
〇学生のとき告白してきたA子ちゃん。彼女と付き合ってたら捨てていたんだろうか?だけど、あの時は中二病真っ盛り。魔法への夢が捨てれなかった。取捨選択を誤ったのか…。
卒業式の時呼び出されてもしやと思わせたB子ちゃん。だけど、彼女のことが好きな親友がいた。友情を選んだ僕は誤りだったのか?
他にもあったけどこれ以上は自慢になるからやめておこう。(自慢)
走馬灯のように過去の思い出が頭の中を駆け巡る。女の子の顔ばかり浮かぶのは後悔の念が強いためだろうか。
ありがとう童貞。こんにちはプレイボーイ!…いやそれはどうよ?
――――って、おや?おやおや?
気づけば初体験のお相手の体がボロボロと朽ちていってますよ?これはもしかしなくてもセーフ案件では?一体何が起こったんでしょう?
先程まで掴むことすら困難だった液体状の体が硬質化し乾いた土のように崩れている。地に落ちた土塊は瞬く間に消えた。
顔を横に向けると、そこにいたのはこちらに手をかざしたままぼうっとしている女の子だった。
光を浴びキラキラと輝く金色の髪、透明感あふれる白雪のような肌、そして空のように青く澄んだ瞳…。
「綺麗だ…」
元がどんな色だったのか分からないほど、土で茶色く汚れていて、裾もぼろぼろな服を着ている。
それでも、思わず声が漏れてしまった。だが自分はそれに気づかなかった。そして彼女も。
時が止まったかのような錯覚を覚えた。
その時が永遠だったら良かったと、今の僕は思うだろう。だけど、それは無理な願いだ。
赤く染まった頬の熱に気付き我に返る。恥ずかしさからか顔を逸らした。
やっべ。思わず見惚れてたわ。この世界の子レベル高いのかな。アニメで良くあるモブかわとかか?それよりも。彼女が助けてくれたのかな?こっちに手のひらを向けてるけど…。あれ?似たようなの最近見たような?
出てこないな。喉のあたりまできてるのに。
おっと、それよりもお礼を言わないと。
しかし、スライムに後れを取るとは思わなかったよ、ハハ。
カッコ悪いところを見られたせいか、照れ隠しで頭を掻きながら彼女に近づく。
そして改めて彼女の顔をじっと見た。
しっかし改めて見るとホント可愛いなこの子。嫁がいなかったら全力で口説くレベルですよこれは。あ、ちなみに今の嫁はキャ〇ちゃんです。猫耳可愛いよ猫耳。
でも…、あれ?似たような顔どこかで見たような?さっきから何だ、このデジャブ感は…。
何かが彼の頭を横切るのだが、電車が通り過ぎるように一瞬で消えていく。そうしなければならないほど彼の脳の容量はいっぱいだった。
容量が少ないとか、無駄な知識が多いとかは置いといて、だ。
とりあえずお礼を済ませよう。どうも横道それそれだし。
「助けてくれてありがとう。ええと…」
しっかりと目を見て礼を言う。幼いころから教えられたことの一つだ。
しかし意識を集中していないと目が明後日の方向を向きたがる。今までこんなことなかったのに。
僕はDTだが、女友達が数多くいたおかげで女性を前にしてきょどることはない。言ってみれば女性完全耐性スキル持ち!…なんでDTなんだろうね?
だけども、反応がない相手だといささか困る。何か不備があっただろうか?気になって集中が途切れそうだ。
目の前の少女は微動だにせず彼を見つめていた。彼が手を振っても目蓋一つ動かない。
しかし彼は諦めず妙な動きをしたりして彼女の注意を引こうとしていた。
あっ、気づいた。もしもーし。…また反応が消えた。
たださっきとは様子が違うような…?…なんか目がキラキラしてる。頬もちょっと赤いような…。あれか?僕に一目惚れってか、HAHAHA!
これだからDTは。すーぐ勘違いする。だがしかし、僕をそこら辺のDTと一緒にされては困る。この辺りはもうすでに経験済みだ!
とりあえず彼女が気づくまで声かけ続けよう。
しばらくの間、僕の独り言が森の中でむなしく声楽祭を開いていた。この森の住人も含めそれに反応を返すモノはいなかった。
「早くこっち返ってきてぇぇえええええええええ!」