いつかのきみと
(ここは…?)
見回す必要がなかった。
360度何もない――――そこに上も下もない。それが感覚として伝わってくる。
夢とは違う現実離れしたこの感じ、忘れるわけがない。
あの時と同じ?
それじゃあ僕は帰れるのか?
だけど…。
あんな中途半端で帰っていいのか?
確かに世界を救う答えは残してきた。
でもだからってこれは寂しすぎないか?
別れもしてないのに…。
真っ白な空間にそれ以外の色が侵食しようとしていた。
いや僕は約束を守るために帰らなきゃいけないんだ!それが早かっただけのこと。
それに今度また同じことが起こるとは限らない。
だったら…!
他の色を押しのけて、黒が周りを侵食しようとしている。
迷ってる?僕が?今まで迷いという言葉が辞書になかったこの僕が?
いやそんなはずはない。帰りたいのは本当なんだ。
…でも。
だったらどうして、あの時『いつかは』帰るって考えた?本当に帰りたいのならすぐ、だろう?
答えが出ない…。こんな事初めてだ…。
キヲクの周りを黒い影が囲み込んでいた。
彼は母親の中で眠る胎児のように身を丸めていた。
時間の感覚がない中、どのくらいそうしていたのだろう。
一筋の光がキヲクの額に向かって伸びている。
この空間に溶け込んだように何の感覚も感情もなかった彼は、確かな温かさをその光から感じた。
全身を駆け巡るそのぬくもりを知っていた。
それは音に変わる。
『キオク、久しぶりですね』
この声…トスファ?!でも、姿が…?
『ずっと…待っていました…。あなたがなかなか迎えに来てくれないせいですよ?ふふ』
一体何のことだ?トスファじゃないのか?
『私はトスファですよ?あなたの知っているトスファとは違うかもしれませんが』
ここは?僕はこれからどうなる?
『…ごめんなさい。あなたに話すことは出来ないの。あなたとの約束だから…』
約束…?そんなものした覚えは…?
『あなたは私を導いてくれた。だから今度は私が導く番!』
か、体から力が?!
『…封印の一部を解きました。残りはあなたと私次第です』
まさか魔力が?でもどうして?
『…ごめんなさい、キオク。あなたとの約束破っちゃうね?』
質問に…!声が届いていない…?
『今度は…私を――――ね?――ル』
何を言ってる?聞こえない!
「トスファ!トスファァアアア!!」
「はい?」
あれ?ここは?確か刀が光ってそれから…?
背中や手から伝わってくる――昼間の温かさが消えた土の感触。
ぼんやりとしていた頭にも伝わってきた。
(そうだ!トスファは?!他の世界に跳ばされたんじゃ?!)
腹筋を使って上体を起き上がらせる。
その勢いに驚いたのか、すぐ横には目を丸くしているトスファの顔があった。
「キオク?どうしたんですの?」
「トスファ!…良かった……良かった!」
「あっ…」
僕はトスファを思いっきり抱きしめていた。
打算や理屈、そんなくだらないものじゃない。ただそうしたかった。
その時の僕は気づいていただろうか?
離れたくない、離したくない。頭の中を占めていたものの正体に。
そして彼女もまた想いに応えるかのように、僕の背に回した手に力を込めた。
彼女から伝わってくる同じ想い…。
今僕たちは一つなんだ。
いつまでそうしていたんだろう?
気づけば何やら視線を感じる。二つほど。
(気づかないふりをしよう。そうした方が穏便に行くはず)
しかし、それぞれの意味を持った視線に耐え切れない体は大量の汗を生み出す。
そしてそれは事態を悪化させる要因となる。
「この匂い…いいですわ」
トスファはすんすんと鼻を鳴らしている。
その行為は首元辺りで行われ、彼女の鼻が動く度に、息がかかる。
(なんでものすごく嗅いでるの?!あ、ちょ、やめて?!なんかくすぐったい!)
逃れようと、体を捩らせる。
しかし、彼女の力が思いの外強く、体を揺らす程度しか出来ない。
そこへ我慢の限界が来る。
「く、くふふ、ふひひひひひ」
なんか変質者っぽい!
片方の視線が突き刺さるほどにレベルアッポ!
収拾がつかなくなってないか?また選択を誤ったのか?
くねくねした動きと怪しい笑い。もう言い逃れは出来そうにない。
僕はそっと目を閉じ、開き直って彼女を強く抱きしめた。
(今までありがとう、トスファ。君のことは忘れないよ…。君も僕のことを忘れないよう、心に刻み込んでくれ…)
「…二人とも。食事にしましょう?」
今気が付いたとばかりに、声が聞こえてきた方を向く。
僕の顔はきっと、くしゃくしゃになって涙をこぼしていたことでしょう。
(あなたが神でしたか。なんにせよ助かった…)
トスファに声をかけるも、なかなか離れない。
しょうがないので強引に横に移動させ、その状態で二人の背を追う。
その後しばらく、抱き着かれていたわき腹が痛かった…。
今日は缶詰付き!これが贅沢に見えるほど普段の食事は質素なのです。
普段の僕なら、ヒャッハー!肉だぁ!とスキルが発動するんですが……上の空ってやつですかねぇ?
気になってしょうがないのです。
綺麗に片づけられた部屋。
お母さんが配置を決めたのか、模様替えされた室内は、この世界での普通の家の様相なのだろうか――中央に机が置かれている。
その四角机を囲む4つの椅子。僕らが外にいた間に汚れが拭き取られて、綺麗な木目が姿を見せている。
座る場所は洞窟の時と変わらない。
それぞれの顔が見えるようにと、真ん中に明かりが置かれている。
ただ洞窟よりましとはいえ、それでも暗い。照明を切ってろうそくを立てているようなものだ。
それよりも更に暗い席があった。
お父さん、微妙に離れてない?
それでお母さん、食卓の上に謎のツルが置いてあるのは何故?
そういう事ですか?そういう事としかとれないんですが?
二人の食事のスピードも明らかに違う。
今食べ始めたんですかってくらい、お父さんの匙が重い。
これは心のケアが必要では?今後のこのパーティーでの行動を考えたら。
メンバーのケアをするのもリーダー必須スキル!習得のためにも僕は頑張ります!
今日の星空は機嫌が悪そうに控えめに光っている。
二人の男が並んで座っていた。それも同じように膝を抱えて。
その間を冷えた空気が通り過ぎていった。
(僕ではお父さんを救うことは出来ませんでした…)
いやだってね?口利いてくれないの!
最初は頑張ったんだけどね、何話しても答えが返ってこないの!
これはね、嫌われてるとかじゃないんだよ。
下手に僕としゃべると、後が怖い。そんな空気を感じるんだよ。
(お母さん…一体何者?調教スキルとか持ってんの?実はラスボスとかか?)
「ひっ?!」
お父さんが身を縮こませ、ぶるぶる震えている。
涼しくはあるが、寒いわけではない。
それがTシャツのような薄い生地の服を着ていたとしてもだ。
(今、家の中から鞭の音が…。今後これについて考えるのはよそう…。今度は僕の身が危ない)
見ると穏やかになるようになった空を眺める。
おかげで思考に集中できる。
あの光は何だったんだろうなぁ…。
妄想タイムが出来たからね、つい考えちゃうよね。
何か大事なことがあった。それは分かる。
思い出さなくちゃいけない。それも分かる。
だめだ…頭の中がもやもやーと霞がかったようで何も出てこない。
こういう時は…。
素振りじゃーい!何もかも忘れて素振りじゃーい!!
交代の時間までひたすら稽古に明け暮れてました。
震えていた父はその音に耳を傾け、時折彼の様子を見ていた。




