せんせい
青空が広がって良い修練日和だなぁ。洞窟内だと危険だからね。
昨日一昨日と、何一つ変わらない恒例行事を済ませた朝。
トスファの手を引き、外へと出ていた。
見上げれば、雲一つない空。
ただ同じ青でも元の世界とは違って見えた。
さて、まず何から始めるか。
いつもと変わらぬポーズで考える。
約5秒ほどで出した答えは――――
トスファ、女王への道、第一章!
まさかのタイトルコールから!
ババーンという効果音と派手なエフェクトをバックにキヲクが立っている――――つもりのようだ。
まずは彼女にその魔力を自覚させるところからだろうか。
そして正しく使えるように指導すると。
力に溺れ悪の道を進む、なんてのはよくある話だからね。彼女を独裁者にしないためにも、そこはしっかり教えないとね!
ふふ、僕好みに調教してやるぜ!
キヲクはR18作品でよく見られる、悪い顔をしている。
――――フゥ。
あ、なるほど。このためにツル鞭が出てきたのか。あれはフラグだったんだな!
お父さんへのフォロー終わり!
よく分からない自問自答をし、トスファと向き合う。
自分がイメージする指導者像のように、腰に手を当て指導を開始した。
「トスファ、君は自分の力が何なのか理解しているかい?」
もちろんですわ!この力はあなたを守るために神様がくれたもの…。つまりあなたの力ですわ!
「これはあなたのために奮われる力。すなわち王子様の力ですわ!」
即座に頷き、出した回答がこれだ。
彼女の瞳に一片の曇りもなかった。
自然と下顎が下がる。
(僕が独裁者ルート入っちゃうぅ?!これはなかなか難敵の予感…)
しかーし!僕はこれでも道場の跡継ぎ!
この設定覚えてますか?
……人に教える、指導することが出来なくては跡継ぎ失格!今こそ僕の真の力を見せるとき!
掌で下顎を上げて口を閉じる。
わざとらしく一つ咳払いをしてみせた。
「君が奮っている力は魔力っていうんだ。誰もが持っている力なんだよ?」
言い終わった後で一瞬間が空く。
二人して黙ったままだった。
そういえばまだ指導した経験なかったわ。
初めは誰もが初心者!彼女とともに僕も成長していく物語!ええやん?
やたらと前向きなキヲクとは対照的にトスファは顔に影を落とす。
「…誰もが持っている…?私が特別じゃない…?」
何故そんなこと言うの?
この力は両親や…あなたを守るために神様が…。
む…彼女が落ち込んでしまっているぞ?
でも、分かるわ。僕も主人公なのに無双できないとか扱いがひどいとかいろいろあったからねぇ…。
キヲクは何度も縦に頷いている。腕を組み目を閉じて感慨深そうにしている。
とはいえ、いきなり現実を突きつけるのは失敗したな。飴と鞭って言葉もあるし。
「いやいや君は特別だよ?君の持っている魔力はおそらくこの世界で最も強いんだ!」
キヲクは賞賛するように両手を広げ、トスファを精一杯持ち上げる。
彼女はまだ悲しそうな目で彼を見ていた。
間違ってないよな?
あのフウマですらトスファの魔力をその身に宿したナディに何一つできなかったもんな?
何も心配いらないと笑顔を作る。
「ただ君はその魔力を上手く扱えてないように思うんだ。それを僕が教えようと思う」
偉そうなこと言ってるけど、僕も使い方分からないよな?知ってたらスライムなんぞに遅れは取らんし。
雰囲気とイメージで何とかなるやろって最初は思ってたけど…。
今度はキヲクが下降曲線を描こうとしていたが、トスファが彼の言葉で上昇気流に乗った。
――――フゥ。
王子様が教えてくれる?手取り足取り…。
これはお母様が教えてくれた『せんせい』というものでは?
『せんせい』とその『おしえご』は禁断の…の末、深く結ばれると…!
つまり私たちは王子様とお姫様であり、せんせいとおしえごだったのね!
お!彼女が元気を取り戻したぞ!
さすが僕だな!飴と鞭の使い方が完璧だ!
指導者としての才能もあったとは…。自分が怖いZE!
相乗効果のように気分を高め合う二人。
そして頂点に達したトスファの頭の中が黄昏色に染まっていく。
ほうかごのきょうしつで見つめ合う二人…。
いいですわ!いいですわぁ!!
トスファは赤くなった頬に両手を当て、うっとりしている。
ひと段落ついたのか、彼女はキヲクに詰め寄る。
絶壁の前で握られた拳がやる気を示していた。
「さっそく始めましょう!」
やる気あっていいねいいね!
よーし、僕もがんばるぞい!
勢いに任せ、オーと右手を上げる。
彼女も真似をしていた。
(で、何を?………んん?)
この辺りでは珍しい冷たい風が吹いた。
トスファが人生初かもしれない、可愛いくしゃみをしていた。
ノープラン!
ノープラン!!
ノープラン!!!
アンコールみたいに言わないでくれるかな?
実は今思い出しているんだよ。これまで読んできたラノベや漫画、それに加えアニメやゲームといったものを!
トスファは彼の前でしたくしゃみのせいで、恥ずかしさと戸惑いでいっぱいだった。
それに気づかないキヲク。
――――ハァ。
とりあえず静寂が良くない空気を生むので彼女に聞いておこう。
「トスファはその魔力を使うとき、どうやってるのかな?」
その問いが彼女の気を紛らわさせた。
人差し指を顎に当て、空を見上げている。
マモノを仕留めるときのことよね?
「意識を集中させるのですわ。そして力を集めると頭に思い描くのです」
確か子供の時よね?使えるようになったのは…。
彼女は昔を思い出すように目を閉じた。
そう、子供の時の話だ。
生まれてからずっと洞穴で暮らしていた私は外の世を知らなかった。
そのままだったら外に出たいなんて思わなかったかもしれない。
だけど、毎日のように母さんが聞かせてくれたお話が私に外の世を教えてくれた。
それからだ。私が外の世に興味を持ったのは。
ある日のことだ。
両親から外は危険だからと言われていたにもかかわらず、興味に負けた私は一人、外へと出てしまったのだ。
今でも覚えている。初めて外に出たときの喜びを。
火で照らされた洞穴とは違い、明るく私を照らす空の色。木々のざわめき、お話に出てくるような他の生き物の声。その目に映る全てが生きていた。
それらの美しさに囚われた私は自然と足が動いていた。
…忍び寄るものに気付いていなかった。
突如私を襲うものがいた。マモノだ。
初めて見る異形のものを前に、私は怯え竦むことしか出来なかった。
助けて、と叫んでも返ってくるのは風に揺れる草木の声のみ。私を助けるものなどいなかった。
じりじりと迫ってくるマモノに対し、私が出来たのは来ないで、と叫ぶことだけ。マモノには何の意味もない。
いやマモノの動きはその私の反応を楽しんでいるかのようにも取れた。
腰を抜かし立てない私を少しづつ追い詰めるマモノ。
気づけば木の幹に背中を預けていた。
そしてマモノは一気に飛び掛かってきた。
直前、私は前へと手を伸ばしていた。助けを求めるように。
「いやぁああああああああ?!」
必死だった。私はまだ生きたかった。
だって私はまだこの世を知らない。今知ったのはまだほんの一部。
もっと知りたい。この美しい生を。
だから…だから神様!私を助けて!!
その願いが天に届いたのか。彼女の体から力が溢れる。
その力は今まさにその牙を突き立てんとしていた魔物を吹き飛ばし、その体を地面へと叩きつけた。
何が起こったのか理解できない魔物の瞳に映ったのは、溢れる強大な光を纏いゆっくりと立ち上がる彼女の姿であった。
無意識に魔物へと手を伸ばし、力を集中させるトスファ。
その異様な空気を本能で感じ取った魔物は逃げ出そうと試みるが、その体は自分の意思では動かなくなっていた。
彼女がカッと目を見開いた瞬間、魔物の体から光が溢れその体はボロボロと崩壊した。
そして行き場を失った光は、魔物の体とともに地へと還った。
それから今のような生活が始まったのでしたわね。
あの後お父様にこっぴどく叱られて、お母様には大泣きされたのよね。
でも、だからこそ二人を守るために力を使うと決めたんだけど。
そしてその対象はもう一人…。
トスファは懐かしむように細めていた目を、キヲクへと向ける。
その際、彼の姿をしっかりと収めるために目を大きく開いて。とびっきりの笑顔を添えて。
キオク…あなたのこともっと知りたい。初めて会ったあの時からあなたは私の世の一部なのだから…。
彼女から向けられる笑顔の意味に気付かず、キヲクは自分の世界に入っている。
――――ハァ?
(ふーむ、頭に思い描く、か…。魔法ものだとよくある設定だな。それなら何とか教えられるかな)
その答えに異を唱えるようにあの時の光景が浮かんできた。
あーでも…魔法って教えていいのかな?
あの時の戦闘の感じだと魔法より物理って感じだったよな。
でも武器に魔力込めたりしてたな…。
魔法物理ってことか?
うーん、魔法の盾っぽいのも出してたし…。
(決めた!教える!)
いざとなれば修正力さんが力を発揮するでしょう。
それがもし大幅な修正が必要なことだったとしても…。それでも修正力なら…修正力ならきっと何とかしてくれる…!
10秒で決めた理由は思考の放棄だった。
で、だ。魔法と言えば属性魔法だよな。火とか水とか。
洞窟内では火を明かりにしていたから火がイメージしやすいか?
氷は…この辺りは温暖な気候だから見たことないかな…。
とりあえず火からいってみるか!
安易な理由で大事なことを決めた後は早かった。
彼は動きを加えて説明を始めた。
「いつもやってるように頭で思い描くんだ。ただし今回は火を」
「分かりましたわ!火……火ですわね」
彼女は目蓋を閉じて想像する。自分の部屋を。
しかし今は一人だけの部屋ではない。
辺りが暗い中、灯された火…。
その光は何とも言われぬ雰囲気を生み出し、二人は手を取り合って…。
感情を抑えきれない王子様はその激情のままに私を…。
(ああ、ダメですわ!)
妄想を抑えきれず、火照る体を押さえるためではないだろうが、トスファは自身の体を抱きしめている。
(何故だ…?火を思い浮かべるだけでなんであんなに体がくねくね動く?彼女のことを分かったつもりでいたがそれは片鱗にすぎなかったのか?)
キヲクはポカンと口を開けて、答えの出ない問いを自らに課す。
しかしそれは更なる問いを生み出すだけだった。
それとも僕の教え方が悪かったのか?どう言えばよかったんだ?
そもそもですよ。扱い方と魔法を教えるのは違うのでは?
いやそれは間違ってないはずだ。魔法を使えるってことは自分の魔力を上手く扱えてるって訳で…。
俺は間違ってねぇっ!
新任の先生と問題児の戦いは今始まったばかり…。次回へ続く!




