にっか
なるべく間隔が開かないように投稿したいと思います。
今回も暖かい目と心と頭でお読みください。
この世は残酷だ。
初めてこう表現したのは誰だったんだろう?
私が生まれたときにはもうすでにそうなっていた。
子供のころ両親に尋ねたことがあったが、二人にも分からないらしい。
何故この世はこんな風になってしまったのか…。
だけど、私にはそうは思えなかった。
両親がいて、暗い洞穴の中でも笑顔が溢れ明るかった。
二人が私に教えてくれたのだ。生の喜びを。
だから、私も守りたい。二人の笑顔を。
この力はその為にある。神様がその為に私にくれたんだ。
枯草の近くで石と石を打ち合わせ火種を作る。続いて、外でよく乾燥させた木の棒の先にそれを移す。あとはその棒を燭台に刺して明かりを作った。
その木の特性か激しく燃えることは無く、小さな炎が少しずつ侵食し、周囲をほんの少し照らす明かりとなる。
そのわずかな光の中で、紙の上を金属の棒が走る音がしていた。
「ふぅ…」
私はいつもの日課を済ませた。
母が教えてくれた日記というものだ。この世がこうなる前は普通にあったものらしい。ただ今のこのご時世、日記をつけているのは私だけかもしれない。みんな心に余裕がないからだ。
だけど私は、二人のおかげで明るく元気に育ちました。なので今日も…。
外から光が差し込み、暗闇と境界線を作っている。その陰の中で二人の女性が立っている。光の傍に立っている女性の背には木の枝を編んで作った籠が背負われていた。
「気を付けてね。無理しちゃだめよ?」
「大丈夫!母さんも知ってるでしょ?それに、いつものことじゃない!」
心配そうな顔で私を見つめる母を安心させるため、笑顔で答える。
毎日のことなのでそろそろ慣れてはほしいと思うのだけど、心配するのが親心なのだろう。
まだ私には分からない感情だけど。
「まぶしっ」
住処として使っている洞穴を出ると眩しい光が私を襲う。癖のように自然と手をかざし目を保護する。
毎日のことなのになかなか慣れないなぁ…。暗いとこにいる方が長いからしょうがないのかなぁ。
目が慣れてくるまでその場を動けなかった。その間、指の隙間から目を瞬かせながら周りの景色を見ていた。
色とりどりの草木が生える森の中で、ご機嫌な声が聞こえてくる。それはどこか鼻歌のようにもとれた。
「今日は何食べようかなぁ…」
私の外出の目的である食料の確保である。
普通の人間ならこれは贅沢な悩みだ。自分で食べるものを選択できるのだから。
といっても、木の実か野草の中から数種類の選択肢しかないのだけど。
他に何が食べれるのか分からないんだよなぁ。二人は危険だからあまり外には出られないし…。
「あ、そうだ。木の枝も補充しておこう」
木の枝といってもどれでもいいわけではない。火をつけても煙の少ない種もあるのだ。
うん、今日はちょっと遠くまで行ってみよう。何か変わったものが採れるかもしれないし。
この選択が運命だったのかもしれません。もし近場で済ませていたら彼には会えなかったのかもしれないから。
少女は一転して不機嫌な顔になっていた。肩を落とし落ち込んでいるようにも見える。
「…失敗したなぁ」
私は後悔していた。近場で済ませておけばよかった。
そうしておけば、今こんなことにはなってなかったのに。
私の周りにいるヤツラ…。コイツラがいるから私たちは…!
異変を察知したこの森の住人たちは悲鳴のような鳴き声を上げ、逃げ回っている。
普段木の枝で羽を休め歌を歌う鳥たちも、愛くるしい毛もくじゃらの動物達もみな一様に恐怖で身を縮こませていた。
少女の周りにいる生物はそれぞれ独自の形をしていた。それらはこの森に生息する動物たちとは明らかに異なった生態をしているようだった。
その生物たちの体の一部が赤く発光している。それぞれに二つずつあるそれらが目のように目の前の少女を睨みつけていた。
周りで不気味に蠢くヤツラは様子を窺いながら私を狙っている。捕食する気なのだろう。
見回すといろんなのがいる。ぬるぬるしたヤツや木に化けたヤツ、どう表現したらいいか分からないほど独特な形状をしているヤツもいる。ソイツラはゆっくりとだが、確実に私に近づいてきていた。
私はふぅとため息をつく。そして、左右に両手を広げ手のひらに意識を集中させた。
力を集める、それを頭に思い描く。すると、周りのヤツラの体から光が溢れる。それはとてもきれいなものには見えず、薄汚れて見えた。
その光は渦となり吸い込まれるように私の手のひらへと消えていった。
光を奪われたヤツラは、その体がぼろぼろと土塊が崩れるように崩壊していき、そのまま消滅した。
「…私の邪魔をするから…!」
私はそう吐き捨てその場を後にする。食料探しを再開するためだ。
またいつアイツラが現れるか分からない。別に大したことはないんだけど、時間を取られるのは癪だし。さっさと終わらせて帰ろう。
「ふふ!」
さっきとは打って変わり私はご機嫌だった。
私の目の前には木の枝や赤や黄色の草などで満杯となった籠が置かれていた。底の方には硬い殻に覆われた木の実もある。遠出の成果だ。
私はそれを背負い、帰り支度を始めた。
今日は良い日だなぁ。遠出もたまには悪くないね!これだけ取れればしばらく安心だよね。
あれからアイツラも出てこなかったし、ホント今日は良い日!
その少女は感情のまま素直に表情に出していた。青い空が照らしていたのもあって輝いている笑顔を見せていたが、顔を伏せた途端暗くなる。
ころころと変わるその変化は彼女にとっての日常だった。
私だけが…良いんだろうか?この力はもっと多くのみんなのために…。
私以外に外にいる人を見かけない。アイツらがいるから――――戦う力がないから…。
毎日考えていた答えの出ない問い。だけど、これは私にしか分からない…。
ずっとそう思っていた。
考え事をしながら帰路についていた時だった。
誰かの叫び声が聞こえた。それは明らかに助けを求めているものだった。
まさかアイツラに襲われている人がいる?
いつもの問いの答えを考えていたせいか居てもたってもいられず、その声の方へ駆け出していた。
草木をかき分け、手遅れにならないよう全力で走る。住居から遠く離れても変わらぬ景色が横目に流れていく。その中には珍しい植物もあったのだが、それには目もくれず先を急いだ。声のした方を忘れないよう、その声を心に刻みつけながら。
「見つけた!」
その声の主はぬるぬるしたヤツにまとわりつかれていた。逃れようと体を暴れさせている。生きている。何とか間に合ったようだ。急ぎヤツに手を向け集中する。
ヤツの体から見慣れた光が溢れる。だが、それと同時に初めて見る光もあった。
え?光が二つ?どうして?…でも。
きれいな光……。初めて見たはずなのに初めてじゃない感じがする。この光は一体…?
何の汚れもない空のように澄み切った光。それに見惚れてしまっていた。
二つの光が私の手のひらへと消えた。片方の光はもともと私のものだったかのように自然に体に馴染んでいく。
けどどこか違う。私のものとは違うぬくもりを感じる。
心がその温かいもので満たされていく。それは初めての感覚だった。
それに囚われていた私はしばらくぼうっとしていた。その人が声をかけてくるまでは。
それに気づき、その人を見た時、また別の感情が私の心を支配した。
その時の私はその感情を知らなかった。でも今ならそれが何なのか分かる。
何故ならそれを教えてくれたのは目の前にいる彼だから。
そう、これが私の…最初で――――最後の恋だった。