クラスメイトの巫女さんが所構わずお祓いをぶっかますのを止めさせて差し上げろ!
「もしもし、お子さんに旧日本兵の亡霊が取り憑いてますよ?」
「な、何ですかこの人!?」
小さな商店から逃げ出す親子。少女は「あ、お祓いがまだ……」と寂しそうに手を伸ばし空を掴んだ。
「ウチで何をやってるのかな……神城さん?」
「何って……いけないものが子どもに憑いてたから……」
少女は当たり前の事をしたまでと言った顔で買い物を続け、レジにカゴを置いた。
「お客さんに変な事を言わないでね? 唯でさえ不景気でお客さん減ってるのに……」
ぶつくさと不満を垂れながら手慣れた手付きでバーコードをスキャンしてゆく少年。ピポパとレジスターのボタンを押し「847円です」と呟いた。
「はい」
お金入れがあるにも拘わらず、少女は少年の手を取り、掌に小銭を一枚一枚ゆっくり乗せていく。
「…………」
少年は黙ってそれを見つめ、小銭を確認しレジスターへと仕舞い込んだ。そして業務スマイルで「ありがとうございました」と発すると、少女は「またね、小林くん♪」と買い物袋を下げた腕を持ち上げ、手を振った。
神城あかり。高校二年生。地元の歴史ある神社の娘として巫女の仕事を手伝いながら父と二人暮らしで生活をしている。
『見える』血筋は母譲りで、その特質故の短命で母を数年前に無くしたが、母は今日も彼女の傍……父の背中に居る。だから少しも寂しくはなかった。
ただ、彼女自身『見える』力をどの様に使ったら良いか分からず、取り敢えず悪霊の憑いた人達に声を掛けるも、軽くあしらわれるか気味悪がられ避けられている。
小林祐希。あかりのクラスメイトであり、地元に店を構える小林商店の一人息子。小林商店は寂れゆく商店街から生き残る為、ご老人向けの配達サービスを始めとした地域密着の商店として地元から愛され何とか店を続けている。
小林少年はタダ働き当然の賃金で店を手伝わされ、配達や仕入れまで割と普通にこき使われている。しかし、彼は「賃金貰ってないんだから好きに働いて良いよね?」と勝手なサービスを始めたり店のレイアウトを変えたりと自由奔放にやっており、何だかんだでそこそこ評判は良い。
で……今はあかりの父から袖の下を貰ってあかりの監視人を務めていた。
ある日、「オジサンは『見えない』けど、人の動かし方は知ってるぞぉ?」と財布から五千円札を一枚祐希に手渡された。普段タダ働きで真面な小遣いすら貰えない小林少年にとって、五千円は大金だった。
「イエッサー!」
小林少年は最敬礼で監視役を打って出た。
「『見える』って事は、向こうからも『見られてる』って事なんだ。だからね、危ない目に遭わないように見てて欲しいんだよ。オジサンが近くに居ると何故か直ぐにバレちゃってダメだし、君なら娘とも仲が良いんだろ? この前も娘の事をチラチラ見てたじゃないか……」
「いや……あれは…………」
たまたまクラスのマドンナである『市村由美』とあかりが一緒に居るタイミングでそっちを見ていただけとは言えず、小林少年は五千円を握り締めあかりの監視を始めたのだった。
「何故小林くんがココに居るのかしら?」
「……たまたまだよ」
小林少年は女性の下着売場に居た。たまたまにしては酷い偶然である。最早ストーカーとしか言いようのない尾行も直ぐにあかりにバレてしまい、開き直って一緒に居ることにした。
「僕も買い物に付き合うよ」
「いや……これから下着を買うんだけど…………」
と、嫌そうな顔のあかり。当然である。そして数着を試着しようと店員の所へ向かうと、ハッとして懐から御札を取り出した。
「あなたには悪い霊が憑いてます……」
何処か具合の悪そうな店員の肩に御札を貼り付け「かしこみかしこみ~」と手を払う。すると店員はスッキリとした顔付きになり「肩の荷が降りた様にスッキリだわ!」と肩をグルングルン回した。
「ちょっと……何やってるの?」
小林少年が不思議そうに問い掛けた。
「この店員さんに尋常じゃ無い肩こりに悩む霊が憑いてましたので……」
「このお札は?」
「サロ〇パスに私が『健康第一』って書いた物よ?」
湿布特有の匂いを放つ白い御札には、達筆すぎて逆に読めない文字でありがたい御言葉が書かれていた。
「もしかして……ウチの招き猫に変な落書きしたの……神城さん?」
「そうよ。私が『商売繁盛』って書いたのよ。どう? 効果あったでしょ?」
「まあ……うん。ありがとう」
どうやら御礼を述べる程の効果はあったようだ。
「さて、試着をお願いしても良いかしら?」
「あ、はい。かしこまりました」
あかりは試着室へと入り、カーテンをサッと閉めた。そしてパサッと音が鳴り足下が少し暗くなる。
「店員さん」
「はい、何で御座いましょう?」
「この布を挟んで向こう側で女子が服を脱いでいると思うと、どうしようも無く興奮するのは僕だけですか?」
「……私に聞かれましても…………」
「どうやら小林くんはスケベな霊に取り憑かれたみたいね? かしこみする?」
「『かしこみする?』って何!? て言うか『かしこみ』って何!?」
「祭事で神様に対して使う言葉よ」
「……え、さっき霊に使ってなかった?」
「いいのよ。適当にかしこみしてても除霊出来るから……」
「バチ当たりも甚だしいね……」
着替えの音が止み、カーテンの隙間から手が伸びた。その手首には袖が見えず、上着を着ていない事が窺えた。
「……見たい?」
あかりはカーテンの端を掴み小林少年の返事を待った。
「店員さん」
「はい、何で御座いましょう?」
「僕には心に決めたクラスのマドンナが居るのですが、目の前に居る女性が僕を誑かしに来ています。そして僕の好奇心はそれに負けそうです助けて下さい」
「……私に言われましても…………」
──サッ!
「!?」
小林少年が顔を隙間だらけの手で覆い、まじまじと見つめた先には半袖を着たあかりが居た。
「あら? 何を期待したのかしら?」
「お客様お似合いで御座います」
「……服着てるのに分かるの?」
少し残念そうな小林少年はわざとらしく悪態を突いてみた。
「あら? 小林くんは分からないの?」
満面の笑みで挑発するあかり。小林少年は言うまでも無く気付いてた…………。
(くっ……僕には心に決めたマドンナが…………でも悔しい。ついつい見ちゃう!!)
あかりの胸をチラチラと見る小林少年。胸、顔、胸、足、盛塩…………何故か試着室に盛塩が置いてあった。
「何で盛塩が!?」
「この前小林商店で買った特売の塩よ?」
「あ、うん。いつもお買い上げありがとう……ってそこじゃ無くて……」
「ちょっと良くない霊が居たから……ね」
上着を着てそのまま会計するあかり。元々着ていた下着は袋へと入れて貰ったようだ。
「じゃ、行きましょうか?」
「へ? 僕も行って良いの?」
「父に監視を頼まれてるんでしょ?」
「……さぁね? 何の事?」
既に何から何までバレバレであるが、それでも小林少年はとぼけてあかりの隣を歩いた。
そして、店を出た所で急にあかりは胸を押さえて苦しみだした!
「グッ……!! な、なに……これ……!?」
「ど、どうしたの神城さん!? 大丈夫!?」
蹲るあかりの目にはボロを纏った痩せ細った裸足の老人が映っていた。
「だ、誰……なの……?」
老人はニタリと笑いあかりを指差した。
「俺が見える……のか? お前の魂は実に美味そうだ……食ってやるぞ? ぞぉ?」
ニタニタニタと汚い笑いがあかりの周囲を取り巻くが、あかり以外の人間には何も感じられず、小林少年も訳が分からずあかりの背中を摩ってみるも具合は一向に良くならない。
「か……かし……こ……」
辛うじてお祓いを試みるも、老人が指を下から上へと向けるとあかりの喉は締め付けられたように細くなり、息も出来ず言葉はそこで途絶えた……。
「が……あ……っ!」
ジタバタと藻掻き苦しむあかり。手提げバッグがずり落ち、服は乱れ髪を振り回し酷く暴れている。小林少年は酷く困惑したが、一つの結論に辿り着いた。
(きっと、さっき買った下着が合わなかったんだ!!)
小林少年はあかりの背中に手をやり、プチッとホックを外す。すると、服の裾から小さな紙が二枚地面に落ちた。
その紙には達筆すぎて逆に読めない文字で『私だけを見て』と書かれており、小林少年は何故かその紙から目が離せなくなってしまった。
「……む? 何故かその紙から目が離せん……ぞ? ぞぉ?」
老人も同じく落ちた紙から目が離せなくなり、ビューッと風が吹き抜け紙が二枚とも何処か遠くの空へと吹き飛ばされると、老人はその紙を追い掛けるように走り出した。
「うおお! 目が離せん!! せんん!!」
そして走り出した老人があかりの手提げバッグを偶然ムニュッと踏み付けると、バッグの口からサラサラと塩が袋から溢れだし、風に乗って老人の体へと付着した。
「ギエェェェェ!!!!」
老人はそのまま消え失せ、あかりは瞬く間に具合が良くなり立ち上がった。
「……ありがとう。小林くん」
「え? あ、うん。大丈夫?」
「小林くんのお陰で助かったわ……あれは多分死神か何かかしら? 危うく死にかけたわ」
「何か良く分からないけど、ブラは体に合った物を選ぼうね?」
そう言われてハッと下着のホックを戻したあかり。頬を赤らめ恥ずかしそうにモジモジと小林少年を見つめた。
「店員さん」
しかしそこには店員は居ない。
「別に何とも思ってないクラスメイトがメッチャ可愛らしく思えた瞬間って本能に従っても大丈夫ですかね?」
しかしそれに応える者は居ない。
──バッ!
「かしこみかしこみ~!」
あかりがバッグから取り出した御札を小林少年の額に貼り付けた。さらに頭の上に特盛の盛塩を乗せ手を払う。
「こ、今度はなに……かな?」
「危なかったわ。小林くんの後ろに翼の生えた全裸の子どもが弓で小林くんを狙っていたわ」
あかりは危機一髪と言った感じで額の汗を拭う素振りを見せた。
「……それ、矢の先がハートになってなかった?」
「なってたわ」
「……払って良かったの?」
「良いのよ。この恋は誰にも邪魔はさせないわ。だから明日も買い物に行くからね?」
「……ご来店お待ちしています」
小林少年はいつもより心のこもった営業スマイルで笑ってみた。
読んで頂きましてありがとうございました!
他にもアホ臭い短編が山ほど御座いますので、お気に入り登録やら評価やらブクマやらレビューなんか頂けたら嬉しく思います!!
(*´д`*)