清楚なんて外だけで充分です 2
雄助がアイスを買いに行った直後のこと。
「キンキンに冷えたスイカが冷蔵庫にあったんだけどさぁ、縁側辺りで食べないかい?」
離れの二階から降りてきたその少女は、深緑のタンクトップにラフに切りそろえられたショートパンツ姿でミコトの前に仁王立ちしている。ちなみに片手には立派な得物を持っていた。20センチを超える中華包丁は最近じゃなかなか見ない。
芯には作家の銘が入ってる正真正銘の業物だ。
「あー、雄助がさあ、アイス買いに行ったから待ってるんだよねぇ」
「えっ、そうなのかい? だが、それなら食べながら待ってるのはどうかな。氏もそのくらいで怒るような人じゃないし」
少しばかり迷ったが、行かせた手前、さすがに待っていたいと思うミコトだった。
「んー、そうだなぁ。でも辞めとくわ、あいつに悪いし。誘ってくれてあんがと、みーこ」
「承知した。それでは切り分けて冷蔵庫へいれとくことにするよ」
みーこと呼ばれた弥子は、そう言うと台所へ戻っていった。シャクシャクと小気味いい音と、種にあたるカチッという音がしばらく聞こえる。少し経って、スイカをのせたお盆を持ってくると、蚊取り線香を縁側に寄せて、その一角を陣取った。
「こういうのはやっぱ縁側ならではだよね」
弥子はそう言いながら、口から種をぷいっと吹き飛ばす。種はクルクル回りながら放物線を描いてストンと落ちた。
「行儀わりぃなぁ」
「そう言いながらも寄って来てるじゃあないか。食べたくなったんだろう?」
「うるせえなぁ」
軽口を言い合いながらも、ミコトはお盆に手を伸ばす。そして丁度よい大きさのを取ると、弥子の隣に腰かけて頬ばった。
「こう見せつけられて食いたくない奴なんて居ねえっつの」
そう喋りながら、リズミカルに種を飛ばす。
4分音符、付点4分音符と、ある音楽を頭の中で浮かべながら。
「革命かい?」
「当り。みーこは目ざといよなぁ」
「観察してるだけなんだがねー」
「さすが推理オタク……これで眼鏡をかけて紅白のスニーカーを履けば完璧なんだがな!」
快活に笑って種をぷっぷっと飛ばす。もはや革命は瓦解した!(演奏記録:10秒)
「どこぞの天才チビッコ少年と一緒にしないでくれたまえよっ。こっちは作り手、あっちは探偵。領分が違う」
鼻を鳴らしながら腕を組む弥子。ほどなくして具合が悪いのか、調子が狂うな、等とぼやきながら腕を逆にして組み直す。
「でもwanna be(志望者)だろ?」
「失礼な。本気も本気だよ。ただ、私は雅致も大切にするだけだ」
雅致とは【風流な趣】という意味を持つ。つまり弥子は粋を尊ぶ文学少女なのだ。
「ほんと掛詞すきねえ」
そこで、話が切れた。
ミコトは足の指先で砂地に絵を描きはじめ、弥子は塩気が欲しくなったと言って台所に下がった。
戻ってくるとまた軽口合戦になったが、さっきよりも言葉は少なく気はあらくなってきた。
「こっちは別に行けなんてゆーすけに言ってねえって言ってるだろうがっ!」
「君のそういう態度が、彼をあんな遠路に行かせるように仕向けたんじゃないかと、私はそう言ってるだけだ」
この2人は熱くなり易い。弁が立つのは弥子だが、勢いがあるのはミコトなので、いつもギスギスする。
「ホントお前ら、似たもの同士というか。喧嘩以外にすることねえのか、喧嘩マニアか、ミコト、みーこ」
だからこそ、その原因が目の前にやって来ると、取り繕おうと必死になって言葉に詰まり、何も言葉が出なくなる。しおらしくなろうとヘタに空回る。その結果が、この惨状だ。
2人とも下を向いて、目線が泳いで定まらない。言葉も出るには出るが、意味を持たない有声休止が大半だ。
「なんだかなぁ。ほら、アイス。みーこの分も買ってきたから3人で一緒に食べよ?」
だから雄助はいつも、こんな立ち回りになる。
彼女たちに振り回されながら、母親にも似た世話を焼く。
「ミコト、また膝で畳を歩いただろ。膝に畳の跡が付いてる」
時にはクスッと笑わせ、
「それからみーこ、幾らなんでも塩かけ過ぎ。将来病気になるから止しなとあれほど……」
勿論、フォローは欠かさない。
「まあ、こんなんだから貰い手が居ないんだけどな!」
「氏は重いからねえ、何がとは言わないが、愛が」
「うるせえ! 余計なお世話だ! それとなぁ……重い言うなぁっ」