ケイネスさんは頭も切れるみたいです
23層目 雨
階段を下りた狭霧たちを迎えたのは、濃い霧と大粒の雨だった。
視界はほとんど利かず、耳に届くのは地面を叩く雨音だけ。
――ただ、その中に、かすかに鈴のような音が混じっていた。
「この階層は視界が悪いですね。これでは魔物が来ても対応が遅れそうです。
ですが、ここで待っても晴れる見込みは薄い……進みましょうか?」
ケイネスがそう言って辺りを確認すると、狭霧の姿がぼやけて見えた。
彼は霧の奥へと数歩進んでいる。
「サギリさん!? 離れすぎです、霧が濃いので見失いますよ!」
「え? あ、すみません。なんだかこの先から……懐かしい音が聞こえて。つい、気になって歩いてました」
「音……? 私は雨音しか聞こえませんが……。今はぐれると捜索が困難になります。気をつけてくださいね」
「はい、すみません……」
ケイネスは地図を広げ、方角を確認する。
「では、今見えている階段を目印に、東の森を抜けた先を目指しましょう。
皆さん、決してはぐれないように。もし見失ったら、大声か、目立つ魔法で位置を知らせてください」
「「「はーい!」」」
彼らはいつもよりもゆっくりと歩を進めた。
ぬかるんだ地面を踏む音だけが、静かな階層に響く。
......チ..ン.......
「ほら、今の音! 聞こえませんでした? カラン、とかチャリン、みたいな……」
「サギリ、お前寝不足で幻聴でも聞いてんじゃねぇのか? ガハハハ!」
「オルドロスさんは元気そうで何よりです……でも、少しずつ近くなってる気がするんですよ。きっと……たぶん……いずれ……そのうち……もうすぐ……」
「はは、随分と段階を踏みますね。けど、確かに他の冒険者が音を鳴らしてる可能性もあります。
迷子防止かもしれませんね。そう考えれば近づいてくるのも納得です」
「なるほど、ケイネスさん天才ですね!」
「ハハハ、それほどでも。あと一時間ほど歩けば、下層への階段が見えてくるはずです」
濃い霧の中、休むことなく進む。
魔物の影はなく、ただ鈴の音だけが、少しずつ近づいていた。
……一時間後
「お、皆さん! 階段が見えてきました! 何事もなくてよかった……」
霧の向こうに、他の景色とは不釣り合いな石造りの階段が現れた。
一行は安堵の息をつく。
......チリン
鈴の音が響いた瞬間、霧がぱっと晴れた。
狭霧たちの背後――そこには、白い大型の魔物が立っていた。
「――っ!」
全員が身構える中、ケイネスが階段を指さして叫ぶ。
「こんな低階層で!?すぐに逃げますよ!!」
彼の声で全員が我に返り、戦闘態勢を解いて階段へと駆け出した。
「え、ちょっ……ま、待って! 僕も逃げますから置いてかないでぇぇぇ!」
白い狼はその様子を興味なさそうに眺め、ひとつあくびをした。
全員が階段を下り終えたのを見届けると、ゆっくりと同じ方向へと歩き出す。
24層目 曇り
「……ハァ、ハァ。皆さん、無事に24層に到着しましたね。
階層をまたげば、魔物はこちらには来られません。ひとまず安心です」
「さっきの……あんな魔物、見たことないわ。あの威圧感……最深部のボスって言われても信じるわよ」
「ああ、俺もだ。今までどんな話でも、あんな化け物は聞いたことがねぇ。
帰りも気をつけねぇと死人が出るぞ……」
階段前で息を整えていると、曇り空からひとしずくが落ちた。
「……え?」
ぽつり、ぽつりと雨が降り始める。
同時に、再び霧が立ち込めた。
24層目 曇り → 24層目 雨
先ほど下りてきた階段の上――
そこから、あの音がまた聞こえてきた。
......チリン……チリン……チリン
次回もよろしくお願いします。




