可愛いぃ
「ようこそ、我家へ」
玄関に入った瞬間、ローズの低くも柔らかな声が響いた。
だが狭霧はそれよりも、未だに自分の手を握られていることの方が気になっていた。
「あの、着いたのならそろそろ手を放してもらえませんか...」
「ん? ああ、そうだね」
ローズは名残惜しそうに手を離すと、じろりと狭霧を見上げる。
「それであんたいつまでその格好でいるのだい?」
そこでようやく狭霧は、自分が【空間認識阻害】を解除していなかったことに気づく。
(これ、便利だけど切り忘れが多いのが難点なんだよなぁ)
「戻りましたか?」
ローズは興味深げに目を細めた。
「本当に便利なスキルだねぇ。諜報活動とかにうってつけじゃないか」
「ええ、まぁそうですね...」
(後でこれについて詳しく話さなきゃならないと思うと、頭が痛い…)
「色々聞きたいとこだけど、まずはご飯でも食べましょうか。ちょうどルシアが料理しているみたいだから、私も手伝ってくるよ。あんたはリビングで待ってな。くれぐれも逃げないように――ニコニコ」
「もう、流石に諦めましたよ...」
「そうかい、ならゆっくりとしていってくれ」
ローズは奥のキッチンらしき方へと歩いていく。
(にしても…でっかい家だな。あの男、貴族って言ってたけど執事やメイドはいないのか?)
リビングのソファに腰を下ろし、ふぅと一息つく。
程なくして、キッチンから料理の香りと共に足音が近づいてきた。
「サギリさぁぁん! 聞きましたよ! 今回の事件のこと!」
両手に皿を抱えたルシアが、ぱぁっと笑顔を咲かせてテーブルに料理を並べ、そのまま隣に座って身を乗り出してくる。
興奮と好奇心が入り混じった瞳が、こちらをまっすぐに見つめていた。
「あっ!すいません...お名前をお母さんから聞きまして...その...秘密でした...よね...」
(うぉ、改めてよく見るとめっちゃ可愛い...しかも何?そのもじもじした感じ...可愛い...)
「い、いやぁ、もういいんですよ!全然秘密じゃ無くなったので!もう、何でも聞いていいよ」
「ほ、ほんとですか!よかったぁ、てっきり怒られるかと...」
「いやぁねぇ、もうその笑顔見たら怒れないよぉ」
「やっぱり...怒ってたのですか...?」
(ちょ、そんな子犬みたいなうるうるした目しないでよ...可愛いぃ...)
「おら、あんた達そんなとこでイチャイチャしてないでご飯食べますよ」
気づけばローズがテーブルの向こうで腕を組み、呆れ顔をしていた。
その横には、温かい湯気を立てる料理がずらりと並べられている。
「あっ、ごめんなさいお母さん! サギリさん、一緒に食べましょ!」
ルシアに腕を引かれ、狭霧は半ば強引に席へ着く。
「さぁ、沢山お食べなさい。今日は沢山作ったからね」
テーブルの上には山盛りのサラダ、香ばしい肉料理、香り高いスープなどが所狭しと並ぶ。
思わず喉が鳴った。
「とりあえず食べながらでも、今回の事件について教えてくれないか?」
フォークを手に取り、狭霧はローズとルシアに事件の経緯を語り始めた――
「なるほどねぇ、ルシアあんたもモテモテだねぇ」
ローズがからかうように笑うと、ルシアの肩が小さく震えた。
「私のせいでお母さんに呪いをかけただなんて、うっ……ごべんなさいぃ、お母さぁん」
堪えきれずに涙が頬を伝い、ルシアは声を上げる。
「今回の件は相手が一方的に悪かったからルシアは関係ないよ」
ローズが柔らかく諭すと、ルシアはさらに泣き声を大きくした。
「お母さぁぁん」
感情の波に呑まれたまま、ルシアはローズに抱き付き、泣きじゃくる。
「さぁ、ルシア泣くのもそれ位にして片付けは任せてもいいね?」
「う、うん」
涙をぬぐいながら、ルシアは小さく頷いた。
「じゃぁ、今から私と狭霧は秘密の会議があるからね」
ローズは立ち上がり、隣の会議室のような部屋を指さして歩き出す。
(会議って...一方的に質問するだけじゃんかぁ...あぁ、ルシアちゃん可愛いなぁ...)
狭霧は心の中でぼやきながら、その背を追った。
会議室に入ると、すでにローズは席についていた。重厚な机の中央に置かれたランプが、オレンジ色の光で部屋を満たしている。狭霧はその隣に腰を下ろした。
「あんた、何してんだい。正面に座るんだよ」
軽く頭を叩かれ、狭霧は慌てて席を移る。
「そう、あれは何もない草原で目覚めた所か...」
「何言ってんだい、あんた。私が聞きたいのはあんたのスキルについてだよ」
話をそらそうとしたが、ローズの眼差しは鋭く、逃げ道はない。
「あっ、スキルですね。いやぁ、この話を聞くと驚きますよ?驚く準備はできてますか?」
「はよ、言わんかい」
「あ、はい...結論から言うと俺のスキルは何でもできるんです」
「あほなこと言ってないで...」
「いやいや、本当ですって。【エディッタ】っていうスキルを使うと、対象物のステータスを確認できて、なおかつ変更できるんですよ。だからローズさんのステータスを確認して、呪いを消したんです」
「信じがたいねぇ...今何かできないのかい?」
「じゃあ、その後ろにある観葉植物を見ててください」
エディッタを使用すると観葉植物は淡い光に包まれ、みるみるうちに葉の形が変わっていく。
「なっ?!あんた、これ!ヒーラ草じゃないか!何をしたんだい?!」
「だから言ったじゃないですか、何でもできるって。観葉植物をヒーラ草に書き換えたんです」
「戻せるのかい?」
「もちろん……って、名前わかります?」
「……いや、忘れてしまったよ」
「あっ、じゃぁ無理ですね」
「不便じゃないかい」
狭霧は肩をすくめる。
「名前が分からないと、そのまま枯れちゃうんです。この世界に存在する名前じゃないと駄目なんですよ」
「なるほどね。それで呪いなんかも消せるのかい」
「他にも攻撃力や防御力、スキルの追加作成や消去もできます」
「そんなことまでできるのかい!てことは私のスキルを消すこともできるってことかい?」
「ええ、もちろん」
ローズの目が一瞬だけ細くなる。
「だから、あの時はまだなんて言ったのかい」
一人、納得したようにうなずいた。
「でも、鑑定ではあんたのスキルは何故見れなかったのだい?」
「たぶん、言語スキルしか見れなかったみたいで、自分で作ったスキルや弄ったステータスは見えない仕様になってるんだと思います」
「なるほどね、で今あんたは何個スキルを持っているのだい?」
「今は合計で9個ですね」
「9個もあるのかい!それぞれどんなスキルなんだい?」
狭霧は一つずつ説明を始める。ローズは腕を組み、真剣な表情で耳を傾けていた。
「……今ので全9個です」
「それ、私にも追加できないのかい?特に次元収納だね。物凄く便利じゃないかい」
(やっぱりそうなりますよねぇ...)
「いやぁ、できないことは無いんですけどねぇ、こうなるの分かってたからあまり話したく無いんですよ...」
「まぁ確かに、そんなスキルあったら言いたくもなくなるわね。すまないね。まぁ気が向いたら追加してくれると嬉しいよ」
(謝っときながらちゃっかり要求してくるんですね...)
「そういえば、今回の犯人ですけど面白いスキル持ってましたよ。『転生術』って言って、一度死んでも復活できて、一定期間経つとまた復活できるみたいです」
「ほう、それは面白いことを聞いたよ。ありがとうね」
(何か物凄く悪い顔してるなぁ...)
「もう外は暗いがあんた何処に住んでるのだい?」
「ん? 冒険者ギルド近くの宿に泊まってます」
「宿かい?ならこれからはうちで泊まりなよ。空いてる部屋なら沢山あるからね」
「いやいや、そんなお邪魔するわ――」
「嫌なのかい...? ニコニコ」
「?!...今後ともお世話になります。」
こうして、狭霧の新たな生活が幕を開けた。
後日、ローズは城へ赴き事件を報告する。
黒峰に下った判決は――「定期的に殺す」という、奇妙すぎるものだった。
次回もよろしくお願いします




