終雪
合格発表当日。いつになくそわそわと動き回る勇介を母親が嗜めたり、パソコンの更新ボタンを押しすぎてフリーズしたりと落ち着かない様子だったが、発表時刻の一時間後には無事合格を確認できた。
「ちょっと学校行ってくる」
とあくまで冷静ぶって先生方へ合格を伝えに行く。だが内心はウキウキだ。学ランを羽織ると、ボタンも締めず寒さなんて関係ないとばかりに飛び出す。
後ろから「今日は雪が降るんだから傘を持っていきなさーい」と叫ぶ母親の声も無視して自転車をこぎだす。これで自由だ、と叫びだしそうになるのをぐっと堪え何時もの道を行く。
十分もしない内に学校に着くと自転車をその辺に適当に停めて職員室に向かう。スキップでもしそうになるがキャラでない事を思い返し自重しつつ、職員室の戸を開ける。
「失礼します」
中ではすでに何人かの生徒が先生に報告を行っていた。ニコニコ顔で先生と談笑している生徒もいれば、涙ながらに報告をしている生徒もいた。その後ろを通り抜け中央あたりにある担任の机へと向かう。
先生はどうやら電話で他の生徒の結果を聞いているらしく、時折頷きながら答えている。がちゃり、と受話器を置くとどうやら残念な結果だったらしく溜息をついてなにやら紙に書き込みだす。背後から覗いてみるとどうやら名簿のようだ。クラス全員分の合否をメモしているのだろう。詳細を見る前に担任は勇介に気づいたらしく名簿を裏返す。
「こら、勝手に見ちゃいかん」
そういう彼は何処となく疲れているようだった。
「皆の合否ですか?」
「そうだ。何せ三年生を持つのは初めてでな……。中々疲れる」
また溜息をつくと、反対側のデスクの先生がこっちに視線を送ってきた。彼女は勇介のクラスの隣、八組の担任だ。
「どうしました?」
視線に気付いた担任が向かい側に声をかけると、彼女は少し言いにくそうに語りだした。
「いえね、うちの学校、一応進学校なんて言ってますけど、国公立に受かるのなんて一握りじゃないですか。それも私たちが受け持つ文系は毎年二、三人しか国立にいけないから、毎年余り期待はしてないんですよ」
突然の暴露話に担任も勇介も驚いた様子だった。確かに毎年の進学データを見れば誰でもそんな事は解るが、はっきりと教師の口から期待していない、などと言って良いものではないだろう。担任もそう思ったのか、咎めるような視線を向ける。
「先生、いくらなんでもそれは言い過ぎです」
別に嫌味で言っているわけではないのだろう。彼女は本当に期待していなかったのだ。昨年の担任がこの教師だったので、勇介もその辺りはよく解っていた。
向かいの教師は失言を撤回するでもなく、肩をすくめるだけで自分のデスクに向き直る。
「お、そうだそうだ。で、勇介はどうだったんだ?」
担任は呆れた様に一瞥すると、彼女の事を無かったことにしたいのか、話題を勇介の合否へと移した。
「それはもちろん、合格したからここまで来たんですよ」
落ちたのに学校まで出向いて報告するのは辛いだろう。だから、彼がにこやかに現れた時点で恐らく全員が悟っていたと思われるが、敢えて言葉で言わせるのは、形式的なものだろうか。
「まぁでも、本当に受かって良かった!独り暮らしだろ?こっち離れる前に友達と遊んでおいた方がいいぞ。多分、滅多に帰ってこなくなるからな」
「……先生がそんなんで良いんすか」
安堵による気の緩みからか、怒涛の様に一人で喋りだす担任。それに便乗して中々止まってくれない教師達の口に、辟易しながらも愛想笑いを返していると、いつの間にか三十分ほど経ってしまっていた。
「お、もうこんな時間か」
「ですね、そろそろお暇します。家で母が飯作ってると思うんで」
「あぁ、気を付けて帰れよ?特に今日は、な」
「……?はぁ、まぁ気を付けます。じゃ、失礼します」
意味ありげに別れの挨拶をしてきた担任の意図は勇介には伝わっていないらしく、きょとんとしている。しかし、職員室を出て昇降口へ向かっている途中で、嫌でも理解させられた。
「うっそ、めっちゃ降ってんじゃん」
廊下の窓から外を見ると、もう三月中頃だというのに雪が降っていた。はらはらと、何処か切なさを漂わせる降り方ではなく、正に自然の猛威と言うべき状態だった。廊下に居ても、外の轟々という音が聞こえてくる。
「これ、雪って言うか吹雪いてんじゃん……」
圧倒的な光景の前につい独り言ちる。昇降口に来たは良いが、靴を履いてその場に座り込んでしまう。「きゃー」とか「うぉおう」とか言いながら何人かの生徒が入ってくるが、彼らは親に送り迎いしてもらっているようで、頭や服にそれほど雪は積もっていない。
しかし、この中を自転車でこいで帰ろうと思ったら、すぐに真っ白になってしまうだろう。ましてや勇介は手袋を持っていないので、手がかじかむし、この風量では雪が降っていなくとも自転車を漕いで帰るのは不可能だ。そんな風に考えていたら、益々腰が重くなってくる。
「はぁ……。止みそうにないなぁ……」
暫くそうして外の様子を見ながらぼーっとしていると、プルルル、と携帯が鳴りだした。
「もしもし?母さん、どしたん?」
相手は母親だ。
『どうしたじゃないって。いつ帰ってくるの?』
「いや、先生への報告自体は終わったんだけどさ、雪が凄くて学校から出たくないなぁって」
『だから出るとき言ったのに。アンタ傘も持って行かなかったでしょ』
「うん、けどまぁ、しばらく様子見て止みそうにないなら頑張って帰る」
『じゃあ出る前に連絡頂戴。お風呂沸かしとくから』
「ありがと、じゃね」
ぶつり、と母親の返事も待たずに切る。電話の間にも雪は降り続けていた。空ばかり見上げ、天気を確認していた勇介だったが、ふと地面を見ると二,三センチは積もっていた。
「早めに帰った方が良いか……」
そう呟くと、まだつー、つー、つー、と音をたてている携帯の画面を切り替え、メール画面を呼び出した。
『ゆき止みそうにもないし、今から速攻帰るわ』
メール画面にそう打ち込むと、送信ボタンに手をかける。が、勇介は一瞬目を見開くと文面を一度全部消して画面を切る。苛立たしげに髪を掻くと、もう一度メール画面を呼び出し、先程と同じ文面を、何故か慎重に打つ。
『雪止みそうにもないし、今から速攻帰るわ』
今度は躊躇わず送信ボタンを押す。
「もう、振り切ったと思ってたのにな……」
そう言いながら立ち上がると、携帯は濡れない様鞄の奥に仕舞う。幸い、自転車置き場までは屋根があるので、自転車を取りに行く間はそこまで酷い事にはならないだろう。と言っても、風が強い為全く被害なしとはいかないだろうが。




