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驟雪

「これくらいでいいかな……」


 ハルと別れてから三十分ほど悩んだ挙句勇介が手にしていたのは歴史の単語帳と英文法の参考書の二冊だった。彼の勉強スタイルは数をこなすよりも一冊を完璧にする、というものだったので、これまで買った参考書も数えるほどしかない。その二冊を精算して外に出ようとドアの前に立った時、視界に何かが舞っているのが見えた。


「マジかよ……」


 今、ドア一枚を隔てた向こう側ではまるで別世界が広がっているかのようだった。雪が降っていた。それも、ふわふわと優しくではなく、まるで冬の厳しさを教えてやらんとばかりに吹雪いている。路面はもちろん、道路標識も吹き付けられた雪により片面だけ真っ白になっていた。

 しかし、いつまでもドアの前で立ち止まっているわけにもいかない。意を決して、カランという音と共に扉を押し開けると、一気に風が吹き込んでくる。その余りの風圧に一瞬その場で立ち止まってしまうが、背後から「ありがとうございましたー」と若干嫌そうな声が聞こえてきたため、急いで通りに出た。

 実際に外に出てみると、ドア越しに見ている時よりもずっと強く吹き付けているように思えた。風は轟々と音をたて信号機すら揺らしている。

 前を向くと顔に雪が吹き付けられ息ができない。マフラーを口元まであげることでどうにか呼吸は出来るようになったが、相変わらず目は開けることができず、よろよろと歩く。

 こんなことならば天気予報を見てから家を出るべきだったと後悔する。取りあえず、一旦雪風を逃れようと駅構内へ入る。

 だが、勇介と同じ考えの人や電車の遅延により待ちぼうけを食らっている人等で溢れかえっていた。雪とはいえ所詮は水分であるため、構内は雨の日と同じような、濡れた服独特の嫌な臭いが立ち込めている。

 その臭いがとても鼻に付いた。普段は気にならない喧噪さえも気に障る。入り口付近に居たのがいつの間にか人の波に流されぐいぐいと中に押し込められていた。そのおしくらまんじゅうの様な状況に耐え切れず、勇介はまた雪の中へと出ていった。



 帰宅する頃には、既に雪は小降りになっていた。母親には「もう少し待ってれば濡れずにすんだのに」という小言と一緒にタオルをもらったが、勇介はそれを受け取りながら「そうだね」とだけ返してさっさと自室に上がっていった。

 部屋に入ると、取りあえず鞄を降ろし、時間を見ようと携帯を取り出す。ポケットから取り出したそれは、まるで水でもぶっかけたかのように濡れていたが、軽く拭い画面をオンにしてみると問題なく稼働した。


「最近の防水機能はすごいなぁ……」


 そんなどうでもいいことを呟きながら画面を操作していると、メールが一件来ていたことに気付く。一瞬、手が止まる。


「まさか、な……」


 と言いつつ、見て判るほどに期待が顔に出ている。それを、勇介自身も理解していた。期待したらその期待が外れるんじゃないか、だから期待しないでおこう、でもそう考えてる時点で既に期待してしまっているのではないか、と思考がグルグルと巡る。いつまでもそうしているわけにもいかず、思い切ってメールを開いてみる。


『あなたの運命、占ってみませんか?』


 この一文を見た時点で勇介は画面を切り携帯を放り出した。このがっかり感は、余程自分が期待していたのだなと思い知らせてくれる。もうその日は何もやる気が起きず、携帯と同じように自身の体も投げ出すと、そのまま眠りについた。



 それからしばらくは、冬休みという事もあり、ゆきと会う機会自体なかったため、これといって気に病むこともなく、彼女から連絡が来ることもなかったので、勉強に没頭することで彼女の事を頭の中から追いやっていた。

 それでも、休憩中や入浴中など、ふとした瞬間に思い出して独りで切ない気持ちになる事はあった。年が明けて、冬休みも終わり、再び登校するようになった時には、周囲も自分も余計な事を考えている余裕などなく、皆勉強をしていた。

 センター試験や前期日程が終わっても、まだ前期が落ちていたらまずい、という事で後期日程の勉強に勤しんだ。そうこうしている内に、ゆきの事を考える時間は次第に減っていき、遂には忘れたようにも思えた。

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