書店
それから数日が経った。学校は昨日が終業式だった。その為、勇介は暇を持て余していたのだが、大抵の同級生は、この時期が追い込み時だということで塾の冬期講習に行ってしまっている。
遊ぶ相手も居ないのなら、と家で勉強をしようとしたのだが、未だゆきの事で頭を悩ませている彼はとても集中できる状態ではなかった。そんな経緯もあって、気分転換がてら、街に散歩に出たのだった。
クリスマスまであと二日と迫った今日、世間はクリスマスムードで一色だ。街角を歩けばどこからともなくクリスマスソングが流れてくるし、サンタの格好でビラを配っている人たちもいる。ちょっと足を伸ばして繁華街まで来てみれば、まだクリスマス当日でもないというのに街は人で溢れていた。
しかも皆揃って幸せそうな表情をしている。ある者は恋人と腕を組みながら。ある者は嫁との間に娘を挟みながら。またある者は友達同士で集まって賑やかに騒ぎ立てながら。各々が精一杯、クリスマスというイベントを楽しもうとしていた。
クリスマス当日まではあと二日あるというのに、彼らはまるで十二月一日から二十五日は全部クリスマスだと言わんばかりに盛り上がるのだ。無論、ゆきに振られる前の彼もその様に振舞ってはいたのだが、いざ独りきりでクリスマスを迎えるとなると、そんな彼らの振る舞いが無性に腹立たしく思え、つい早足で通り過ぎてしまう。
「はぁ……」
手袋をしていない手を擦りながら、白い息を吐く。別に忘れてきたわけではない。ただ、期待していたのだ。その為、今年はどれだけ寒くなろうと自分では買わないと決めていた。
そうして、十二月も後半に差し掛かってから振られてしまったものだから、今更買うのも馬鹿らしい気がして、もう今年は手袋を諦めていたのだった。そのまましばらく歩いていると、大型の書店が見えてきた。丁度いいので参考書でも見ていこう、と書店の入り口に吸い寄せられていく。
「いらっしゃいませー」
入り口付近で本の整理をしていた店員がちらりと振り返りながら言う。店内のポップには「クリスマスフェア」とかかれているが、特に値引きされているわけでもないようだ。
店員達の格好も、普段のエプロン姿に申し訳程度にサンタの帽子を被っているだけだった。しかしそれでも、今の勇介には十分クリスマス感漂う空間に見えた。
表のクリスマスムードの余波がこんなところまで来ているなんて、と少しがっかりした様な心持になる。目立つ位置でクリスマス特集として積み上げられているコーナーには目もくれず、参考書の置いてある場所へと歩を進める。
そろそろ新しい参考書を買おうと思っていたのもあるが、なによりもこのクリスマスの雰囲気から抜け出したかったというのもあった。そこなら勇介と同じで受験を控えた学生しかいないだろうと思ったからだ。
「あっ……」
参考書コーナーに辿り着くと、先客が一人居た。最早この時期に新しい参考書に手を出す受験生は少ないのかもしれない。その先客は、少し厚手のコートに身を包んでいるが、店の空調で暑くなってしまっているのか、手でパタパタと仰ぎながら参考書を選んでいる。
ヒール付のブーツを履いてはいるが、直立しても勇介の首筋くらいだろうか。その小柄な体躯と真剣な顔には見覚えがあった。直接的には余り関わりはなかったが、ゆきの親友ということで良く知っている、ハルだった。
彼女は勇介の足音に、ちらりとそちらを見やる。すると、向こうも気付いたのか、前傾姿勢だったのを起き上がらせ、勇介の方に向き直る。
「や、勇介君。奇遇だね」
軽く手を挙げとたとたと歩み寄ってくる。ヒールに慣れていないのか、カツカツという小気味良い音はしなかった。
可愛らしい言動のゆきとは逆に、ハルは普段の振る舞いはサバサバしているが、このように時折見せる少し抜けている様な可愛らしさに男子の人気も高い。
「おう、参考書探し?」
聞かれると、彼女は片手に持っていた数冊の参考所を顔の高さまで掲げて、その横から首をひょっこりと出す。
「うん、勇介君も?」
「そうだよ。お互い、クリスマスだってのに色気のないことだね」
「仕方ないよ、受験生じゃない。それにクリスマスまではまだ二日あるよ」
悪戯っぽく笑う彼女に、勇介は一瞬顔をしかめる。
「当日に何か予定あるの?」
ハルも勇介と同じく受験生らしいクリスマスを過ごすものだと思っていたものだから、勇介は思わず低い声で聴いてしまう。
「そんな怖い顔されても……。ちょっとね」
言葉を濁すハルを見て、自分の境遇と彼女の境遇を思い出す。
「そっか。にしてもそんな噂全く聞かなかったが、いつの間に彼氏できたんだ?」
勇介は強がってそんな質問をする。ハルは彼のそんな心境を見抜いてなのか、一瞬悲しそうな眼をするが、すぐに笑顔に戻る。
「そんなんじゃないよ~。友達とクリパするだけ」
「そうなんだ。君は彼氏とか作らないの?」
彼の近況を知っている身としては余り恋愛話はし難いのだろうか、ハルは視線を外し言葉に詰まる。
「……そう、だね。当分は作れないかなー」
すぐに視線を戻すと、おどける様に笑って見せた。勇介は彼女のそんな機微には全く気付かない。
「まぁ受験生だし仕方がないか」
「うん、仕方がないね。じゃ、そろそろ私これ買ってくるよ。バイバイ」
「おう、じゃあな」
入り口の方へと向かうハルを見送ると、勇介は自分の参考書を選び始めた。




