教室
次の日、カーテンの隙間から差し込む陽の光に、起床を促される。時計をちらと見ると、目覚ましを設定した時間は過ぎており、時刻は七時半を差している。カーテンを開けると、昨日の雨など夢であったかの様に、青空が広がっていた。しかし、眼下の路面や草木は、昨日の雨露を未だ失くしておらず、夢でなかった事を思い出させる。
「はぁ」
息を吐くと窓が曇った。それを見て寒さを思い出したかの様に己の肩を抱き、擦り出す。「寒い寒い」と言いながら制服を抱えて階下に降りていく。
「あら、おはよう。今日は遅いのね」
母親がのんびりとコーヒーを啜りながら挨拶をする。
「おはよう。いや、何か昨日寝つけなくってさ……」
朝食は食パンが準備されていた。席に着くと、母親がニュースを見るのをやめ振り向く。
「コーヒー飲む?」
「いや、今日は遠慮しとく」
そう言ってテーブルの上に置いてあった牛乳をコップに注ぐ。
「どうかしたの?ここ一週間はコーヒーばっかり飲んでたのに」
「今日はたまたま、気分じゃないだけだよ」
そう言うと、食パンを勢いよく口に運ぶ。さっさと食べ終えてしまった勇介は、食器を台所まで運ぶと、水に浸け登校準備に取り掛かる。歯を磨き、顔を洗い、髭を剃り、寝癖を直し、着替え、パジャマを洗濯機に突っ込む。いつも通りの一連の流れだ。
「行ってきます」
そうして、いつも通りにいつも通りの通学路を行く。ただ、時間はいつもより少し遅い。足早に見慣れた景色の中を進む。まだ陽が登り切っておらず、気温が低い為吐く息は白い。手袋をしていない手をポケットに突っ込む。
いつも通りに登校し、いつも通り教室に入る。友人との談笑も普段通りを心がける。ここ一週間で生まれた変化については何もなかったかのように振舞った。
ゆきとも一週間とちょっと前に時計を巻き戻したかの様に、友人関係に戻った。そもそも彼女との交際を公にはしていなかったため、変に遠ざかると周りに気を遣わせてしまう、という配慮のもとだった。
お互い気を遣って、以前と同じように振舞おうとするが、どこかぎこちない。周りの反応を見る限り、誰も気が付いていないように思えたが。
そうして授業もいつも通り受けるふりはして見るものの、全く身が入らない。途中、先生に当てられても、「解りません」と答えるのが精一杯だった。
「受験前にそんなんで大丈夫か」とひどく心配されたが、彼は「すみません」とだけ言って席に着く。彼の頭の中は現在、一面の銀世界で吹雪が吹き荒れているような状態だった。
放課後になっても生徒たちは各々自分の机に向かっている。受験生にとってこの時期のこの時間は生死を分けることになる。私立大学の推薦組やAO組以外の生徒は残って自習に励む。
勇介も普段ならそうするところだが、今日のこのコンディションで自習した所で意味はないと思い、早々に帰ることにした。




